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「これはなにしてゆの?」
「クッキー!」
「私もしゅる!!」
「おねーちゃんはお姫様なの?」
「おしめさま?」
「お姫様じゃないのよ。この国には王子様しかいないからお姫様はまだいないの」
「えぇ~!」
エリーゼはクッキーの型抜きをしながら少年・少女たちに囲まれていた。王妃の公務を急に振られてバタバタと慌ただしく王妃の運営する孤児院にやってきたところだ。
キラキラした純粋な目と舌足らずな口調で質問攻めにあう。
突然代打を任されたのだが、子供たちの純粋な反応は貴族の腹の探り合いに比べて気が楽だ。「単なる社交辞令かもしれない」「これはあの件に対する嫌味かも」と余計なことを考えなくていい。
「でもね、他の国からお姫様が来てくれているのよ。私は最近いつもお姫様の話し相手をしてるの。結婚式の時はパレードがあるからみんなも見れるかも」
メイメイの話し相手はどうするのかと思ったら、アート様がフライアに話を通して彼女が登城してくれるようだ。この前仲良くなっていたようだし、フライアの方がしっかり教えてくれるかもしれない。
ルルティナ王女は池に二度落ちたせいで熱を出して寝込んでいるので、何かしてくる可能性は低い。「おとなしいからずっと寝込んでおればよいものを」とメイメイは笑っていた。
「おしめさまってどんなしと?」
「とっても強くて優しい人よ」
クッキーの型抜きをみんな楽しそうにしながら会話をする。
メイメイはとても強くて優しい人にエリーゼには見える。池にルルティナ王女を突き落としたメイメイに驚きはしたが、同時に眩しく見えた。あの強さが羨ましい。
私にはあんなことはできない。私にあんな強さはない。いや、前の婚約者とのことで私は使い果たしてしまったのかもしれない。
「ねーねー、クッキーまだ~?」
「これをあとは焼き上げないとね」
クッキーの焼き上がりをメリーに任せると、絵本を読むために移動した。
「ねぇ~、これってイモリ?」
「いや、それはトカゲだ。捕まえよう!」
「え! すばしっこいよ!」
「大丈夫だ。トカゲの気持ちになって! そうしたらどの方向にトカゲが動くか分かるはずだ!」
「おーじさま! 泥んこ遊びが途中だよ!」
孤児院の責任者と話していると思っていたアシェルが、泥をつけながら庭で男の子たちと一緒になって走り回って遊んでいる。
責任者は心配そうに見守り、ゼインに至っては諦めて達観した表情だ。
「トカゲの気持ち」で通じてしまっているところがすごい。
アシェルは楽しそうにしているので、別室で子供たちに絵本を読み、クッキーが焼き上がってからみんなで食べるべく庭に出た。
「ねーねー、おーじさまとけっこんするならおひめさまじゃないの?」
「そうだね、お姫様だね」
食べる前に手を洗うよう男の子たちに促していると、女の子がアシェルに質問していた。
「やっぱり! おひめさま!」
女の子はアシェルから望んでいた答えを得られて嬉しそうだ。
エリーゼが自ら「お姫様です」と宣言するのも違うし、子供たちに臣籍降下の話をしても分からないだろうし……。
「好きな人と結婚出来たらみんなお姫様だよ」
あぁ、なるほど。そう言えば良かったのか。
感心していると、アシェルは手を泥だらけにしたまま近付いてきた。服にも泥が付着してしまっている。
アシェルはねだるように口を半開きにした。クッキーをねだっているのだろうと思い、端を砕いて毒見してからアシェルの口に入れる。事前に毒見がしてあったけれど、一応である。
キャーっと女の子たちが声を上げる。
え、何かまずかっただろうか。手を洗いに行っていない子たちにはすでにクッキーを分けているんだけど。
ゼインを見るとタオルを差し出そうとしたポーズのまま、首だけ違う方向に向けている。
「もう一枚。やっぱり、オレンジピールが入ってるのが一番美味しい」
「じゃあ今度どこかのタイミングでオレンジピール入りを作りましょう」
もう一枚、口に入れる。
「お二人は仲がよろしいんですなぁ」
「あ……」
責任者がにこやかに近づいてきて我に返る。
アシェルの口に食べ物を入れるのはたまにしていたことなので、子供たちの前でもいつも通りやってしまっていた。
「仲の良い夫婦を見れるのは子供たちにとっていいことです」
年長の女の子たちは目を輝かせており、「まだ夫婦じゃないです」と言える雰囲気ではなかった。




