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「なぜってすり替えてきたのよ」
「しかし! まだ研究中のものを!」
「あら、しばらく前にこの研究は終わったわよ」
王妃がブレスレットを机に置く。シャランと音がする。
「一応当事者であるあなたに伝えられていないなんて、よほどエリアスはあなたを無能扱いしているのね」
「……それはそうでしょう」
「無能」というワードに、拳を握りながらも声はなんとか震わせずにスチュアートは答えた。
「あまり私を失望させないでちょうだい」
「どういう、意味でしょうか?」
聞こえよがしにため息をつくと王妃は豪奢なイスの背もたれに体を預けた。
「スチュアート、あなたには一度激しく失望しているの。だからこれを持ってきてあげたわ」
「っ! 頼んでおりません」
「それはそうね。あなたではすり替えなんてできないもの。思いつきもしなかったでしょうね。騒動の後、あの下賤な女のことも聞いてこないくらいだしね」
王妃の言葉にスチュアートはまた拳を強く握りしめた。
「エリアスにはもっと由緒正しい王女と結婚して欲しいわ。でも、あの子は人の言うことを聞く子ではないもの。なんだってあんな正妃の娘でもないハズレで頭のおかしな王女と婚約なんて」
スチュアートはブレスレットを見つめたまま何も答えない。
「アシェルだってそうよ。もっと力のある家の娘と婚約したらいいのに。私の整えた婚約はすべて潰してしまって、よりによって選んだのが伯爵家の何もできない娘だなんてね」
「ハズレの王女も何もできない娘もどちらも言い過ぎではないでしょうか」
スチュアートはさすがに黙っていられず、口を開いた。
「あら、違うのかしら。あんな喋り方をしたり、姉を池に突き落としたりするなんて王女としても人間としても恥ずかしいわ。それにエリーゼという娘は特筆すべき点が何もないではないの。ナディアに比べたらあんなのは貴族令嬢ではないわ……今まで一体何を学んできたのかしらね。それとも、無能扱いされているあなたから見たらどちらも優れているということかしら?」
「母上は思い通りに息子を支配したいだけでしょう。だから自分の思い通りにならない兄上たちが不満で、俺に理想を押し付けた」
スチュアートは挑発じみた言葉には反応せずに、王妃を睨んだ。
「母上が俺に勝手に期待して、勝手に失望しただけだ」
「そうかもしれないわね。子育てって難しいわ。政治と社交の方がよほど簡単」
最後は独り言のように呟くと、王妃は立ち上がった。
「どこへ行くんですか」
「出来の悪い息子たちに疲れたから休むのよ。当たり前のことでしょう。エリアスの様に働いてばかりでは下も大変だわ。明日の公務はアシェルとあの何もできない娘に代わってもらいましょう。いい? スチュアート。あまり私を失望させないでちょうだい」
ブレスレットを置いたまま、王妃は出て行ってしまう。
スチュアートはしばらくブレスレットを見つめたまま、歯を食いしばっていた。やがて、スチュアートは迷いながらも魅入られるようにブレスレットに手を伸ばした。




