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「昼間は楽しそうだったね」
エリアスは服を着崩し、リラックスした様子でソファに身を投げ出している。
「うむ。姉上にやり返せたからのぅ」
メイメイの手にはジュース。エリアスは気だるげにワインを飲んでいる。側近たちは帰しており、執務室に二人だ。
「一日に二回も池に落ちるなんてそうそうできる体験ではないよ。君のお姉さんも懲りたんじゃない?」
「そんなわけなかろう。あんなことで姉上の山より高く海よりも深いプライドが折れるわけがない。帰国までにまた何かやらかすぞ」
「強烈な王女様だねぇ」
エリアスは呆れたように肩をすくめる。
「それにしても君がエリーゼ嬢とあんなに仲良くなるとは思ってなかった。正直意外だよ」
「ほぉ、なぜじゃ?」
メイメイはジュースを飲みながら悪戯っぽく笑ってエリアスを見た。口調とその幼げな表情のギャップがとても可愛らしい。
「エリーゼ嬢とメイメイって真逆の性格だからさ。エリーゼ嬢は以前よりはマシだけどオドオドしていて自信がないし、今日みたいなことが起きても場を収めることができない。母上にもなかなか意見できないし、強い女性ではないからね。たまに見ててイライラしない?」
エリアスはワインを一気に飲んだ。その様子を見てメイメイは顔をしかめる。
「ワシはお子ちゃま舌じゃからワインはまずくて飲めん」
ジュースの入ったグラスを置くと、メイメイはエリアスの向かいのソファにどっかりと座る。座り方は淑女らしいというより、とても偉そうだ。
「のぅ、エリアスよ。ワシにはよく分からぬ」
「うん?」
「確かにエリーちゃんは自信がない。オドオドしとるし優柔不断じゃし人に流されやすいし、一般的に言えば王子の婚約者らしくないのぉ」
「俺はそこまでは言ってないよ? ナディア妃くらいしっかりしてくれればと思うこともあるけどさ」
「あぁ、ナディアちゃんか。あの者はなかなかの女子じゃ。頭も切れるのぉ。ワイマーク王国に来てくれたことがあっての、面白い女子じゃ。ワシはいじわるされてドレスをズタズタにされたから、ナディアちゃんの参加する夜会に出席できずに木の上から見ておっての。ナディアちゃんは気付いて抗議してくれてワシは夜会に参加できたのじゃ」
「え、なにそれ。聞いてないよ?」
ワインを口にしようとしたエリアスはあやうく咽かけた。
「そりゃあ言っておらんからの。そんな小さいいじめをいちいちあげつらっておれば夜が明ける。ま、ワシも嫌がらせで普段着のボロボロのワンピースかブカブカの姉上のドレスを盗んで夜会に乗り込んでも良かったんじゃがの」
「うわぁ……」
エリアスにしては珍しく引いている。いつもは側近たちを引かせているエリアスにしては大変珍しい。
「でものぅ、エリアスよ。ナディアちゃんを見て分かったことがある。あの女子はとんでもなく優秀かもしれん。でもとんでもなく孤独じゃ。ワシには分かる、感じたぞ」
「う、うん? そりゃあ知り合いのあまりいない他国に嫁いだからね? メイメイもそこは一緒だろう?」
「有能な者は孤独じゃ。のぅ、エリアスよ。ワシには分からんのじゃ。有能であれば愛されるのか? 無能であれば愛されないのか?」
「有能な方がそりゃあ周囲からは頼りにされるし、俺は重宝するよ。俺からすると無能といえばスチュアートだな」
メイメイはスチュアートとは誰なのか一瞬思い出すような素振りをした。無事思い出したようで満足げに微笑む。
「ふむ。エリーちゃんを最初に見た時、子供の頃のワシを思い出したのじゃ。姉上たちにいじめられても泣くだけで反撃などしなかった弱い、とても弱い自分を。エリアス、お主に会ってからワシは強くなれた。弱いワシはもうどこにもいなくなったと勘違いしておった。単に、弱いワシを押し込めてしまっておっただけじゃった」
話の内容はしんみりしているのに、メイメイはグイッとジュースを呷る。エリアスはおちゃらけることもできたが、何となくそれをせずに口を挟まないでいた。
「踊り子の娘というだけでいじめられるなんておかしい、ワシだって王女で他の王子や王女と平等なはずじゃと強くなったはずじゃった。でものぉ、心の隅に追いやられた弱いワシは、弱いままでも愛されたいとずっと泣いておるのじゃ。エリーちゃんを見ているとそれを突き付けられる。押し込めたはずの弱い自分を。嫌って捨てたはずの己を。だからのぅ、ワシはエリーちゃんを愛することで子供の頃のワシを愛しておるのじゃ。子供の頃の弱いワシを救うために、な。だって誰もワシを救う事なんてできんじゃろう? ワシを救えるのはワシだけじゃ」




