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「オランジェットが卵を産んでるんだ! いますぐ見て!」
「えぇ!」
キラキラした表情で走ってくるアシェルに「今!?」と言いたくなる。
振り返ると、メイメイはニヤニヤ笑っていた。再度池に落ちたルルティナは護衛騎士の手を借りようとしながら、アシェルを見て目を輝かせている。
あぁ、こういうところがルルと重なったのか。恋人や婚約者ではなく男性に息を吸う如く自然に媚を売る姿に。
ゼインはうんざりした様子だったが、ずぶ濡れで池から上がろうとしているルルティナを見てわずかに困惑した表情になった。
「エリーちゃんよ、オランジェットちゃんが鳥か何かは知らんが行くといい。姉上は被害者力がそこらへんの山より高いからのぅ。そろそろ誰かに突き落とされたと喚き出すぞ。あ、そうじゃ、そこの者。なぜ姉上は池に落ちたのじゃ?」
「あ……え?」
突然問われたワイマーク国の護衛は困惑している。
いや、そもそも二回目はメイメイが突き落としたから本当に二回目だけは彼女が被害者では……?
「お主じゃ、お主。ザルツ王国の第二王子とその婚約者の前で嘘をついたらどうなるか分かっとるんじゃろうな?」
護衛を脅しているのか、現実を突きつけているのか。
同時に、メイメイは口を開こうとしたルルティナを邪魔するように池の水を素早くかけるという芸当まで見せている。王女の技ではない。
「メ、メイファアウラ王女殿下が……突き落としたように見えました」
「最初はどうじゃ?」
「さ、最初は……ルルティナ王女殿下が足を滑らせて……」
「嘘よ! 二回とも突き落とされたわ!」
ルルティナも水をかけられるだけでは黙っておらず、メイメイの言った通りになった。メイメイは、今度は土を投げている。これは単なる姉妹のケンカなのか、メイメイによる復讐なのか。
「彼女は誰? 使用人じゃなさそうだね」
アシェルの興味がなさそうな声がカオスな状況に響く。ゼインはツッコミを入れたそうに口を薄く開いたが、すぐに閉じた。
「一回目は彼女に突き落とされました!」
アシェルが興味を示したと思ったのかルルティナは嬉しそうに私を指差してきた。
いや、そもそも一回目の時は私もメイメイもこの場にいなかったはずだ。アシェルに突き落とされたと主張するのかと思っていたエリーゼはお門違いだが少し安堵した。
ルルティナのこの性格を分かっていたからメイメイは大勢の前でわざと突き落としたのか。
「僕の池じゃないから入るのは別にいいけど、ショコラがよくいる池だから荒らしてびっくりさせないでね」
アシェルはルルティナの発言を完全にスルーした。ゼインのつばを飲み込む音がはっきり聞こえる。
なるほど、アシェルにとって池は突き落とされるものではなく……入るものだった……。常識が違った……。アシェルはそもそも人が池に突き落とされるなんて思っていない。
「あと、その服で池に入るのは良くないよ。もうちょっと動きやすい服と靴にしないと。次から注意してね」
「そうじゃのぅ。ヒールを履きなれておらんから姉上の脚が生まれたての子鹿のようじゃ。ところでさっきからお菓子の名前が出てくるから腹が減ったのぉ」
まさかの、次回池へ入るための服装へのダメ出し。
ポカンとした顔をしているルルティナと護衛達と残された侍女が若干不憫になった。
やっとタオルを調達した侍女達が走って戻ってくる。
「あ、あの……姫様……その……髪にカエルさんが……」
息を切らしながら気まずそうに侍女が指摘する。私達からは見えない側のルルティナの髪にカエルがひっついているようだ。
次の瞬間、庭にルルティナの悲鳴が響く。
「やっぱり池に入ると元気になるよね」
「それは殿下だけでしょう。はぁ、なんというか久々に強烈な人を見ました。大抵の事には驚かないくらい慣れているはずなのに。ひとまず着替えが必要でしょうから後は任せましょう」
「うむ、任されたぞ。それと、オランジェットちゃんを見たらお茶にしようぞ。小腹がすいてかなわんのじゃ。晩餐までとても持たん」
「あ、は、はい。じゃあお茶にしましょう」
「そうだ、エリーゼ。さっきショコラが跳ねていたからショコラにも会ってからにしよう」
「殿下の空気の読めなさっぷりで何とかなりました」
「空気は吸うものだろう?」
オランジェットがいる方向に引っ張られながら振り返る。
ルルティナの姿はタオルを持った侍女達に囲まれて見えなかったが、二階の部屋の窓が開いていた。その窓からエリアスがこちらを面白そうに眺めていた。




