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キスされて大混乱に陥ったが、次の日以降も特にアシェルは変わったことはなかった。帰り際にまたキスされたけれど。
むしろ、変わったのは王宮の使用人達だろう。光にも劣らぬ速さで広まった話で、アシェルの男色疑惑は一旦払しょくされたようだ。すれちがう使用人の中にたまに挙動不審な人がいる。
「王妃様の行動はいびりにしては温いわね」
あのキスってどういうことなのかと悩みながら過ごし、母のいる領地に戻って来た。キスされなくても悩むし、されたらされたで悩んでいる。何故こんなに悶々としているのか自分でもはっきりとは分からない。
アシェルは策略家ではないから、男色のウワサを吹き飛ばすためにあのタイミングでキスしたとも考えづらいし……誰かの入れ知恵? それともまさか、単なる気分? 気分ってそもそもどんな?
「姑の嫁いびりってすごいわよ。嫁の悪口や無視は当たり前。代表的なのは、後継ぎ早く産め攻撃でしょ。自分の息子と孫に食事は出すけど嫁だけ出さない、出しても腐ってたりクズや切れ端だったり、わざと嫁の嫌いな物や食べられない物を出したり。妊娠中の嫁に草抜きやリンゴの収穫等の重労働させる。ハンバーグだと言ってタワシ食べさせようとする。こんな風にそりゃあもう壮絶よ」
「最後のタワシは冗談じゃない?」
「あら、ここの領地に来てから女性たちに聞いた話よ。全部事実よ~。あ、うちではそんなの無かったわよ。義両親は私達が結婚してすぐに隠居されたもの。訪問も最低限だったから程良い距離よ」
「え、他ではそんなに?」
母に言われて青くなった。それらに比べたら王妃様の行動は絶対にいびりではない。
母はクッキーを口に入れながら思い出す仕草をする。
「いびっておきながら足腰弱ってきたら嫁に介助させるみたいよ。息子を取られたのが嫌なのかしらね。婿入りしたら婿が義両親からネチネチいびられることもあるみたいね。まぁ、嫁にとって一番腹立たしいのはそれに何も言わない旦那なんだけど。殿下の場合は守ってくれるんでしょ?」
「うん。それに、皆に良くしてもらっているし」
「じゃあひとまずは大丈夫ね」
アシェルはエリアスのように王妃にケンカを売るような真似はしないが、王妃に従ったりスルーしたりすることもない。こう考えると、母である王妃をあまり相手にしていない感じがする。
「エリーゼがバイロン公爵家やウェセクス侯爵家のご令嬢達と仲良くなってるから王妃様もいびりづらいのかしらね。王妃様って育ちが良いからいびり方が分からないのかしら」
母はそんな怖いことを言う。ブレスレット騒動の後に領地に来た時は長かった髪を、母はバッサリ切って短くしていた。髪型のせいか、それとも領地に馴染み過ぎて伯爵夫人としてのお上品な喋り方でなくなっているせいか、以前より快活に見える。
「それよりもあなた、マリッジブルーなの? 以前とは違う意味で自信がなさそうね。王妃様はあなたのその様子が我慢ならなくていびってるのかも。発破をかけているとも受け取れるけど……そこまで王妃様を美化していいのか分からないわね」
一緒の時間を過ごしていなくても母親の勘というのはあるのだろうか。痛いところを突かれた気がした。




