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晩餐の空気は微妙……いや凍ったまま終わった。
エリアスは王妃を煽り続けたが、今夜の件が嫌がらせだったのかどうかは分からずじまいだった。エリアスと王妃だけがずっと喋っていて、他の面々は黙々と食事をするという構図だ。国王はいつも大して喋らないので、エリアスが大体喋り倒しているそうだ。
晩餐の後は客室に泊まるために移動する。
「エリーゼも結構飲んでたみたいだけど、大丈夫そうだね」
私の足取りがしっかりしているのを見てアシェルが言う。もし、王妃からの嫌がらせであっても私にはあまり意味がなかったのだ。ふわふわ浮ついた感覚もない。
「クロエ達とこの前一緒に飲んで……その時に初めてたくさん飲んだけど結構強かったみたいです」
「そっかぁ。クロエ嬢はお酒強そうだね」
「彼女は強かったですね」
うっかりキス寸前までクロエの顔が近づいてきた時のことを思い出して顔が赤くなる。慌てて違う話題を振った。
「スチュアート殿下やエリアス殿下は強いんですか?」
「兄上は体調によるかな。疲れているとすぐ酔うね。酔うと今日みたいによく笑うだけだから別に問題はないんだけど。スチュアートはそこそこじゃないかな」
アシェルも量は飲んでいたはずだが、顔は赤くなっておらず足取りもしっかりしている。エリアスが「アシェルはザル」と言っていたのは本当のようだ。
「陛下とアシェルはよく似ていますね」
三人の中でアシェルは一番国王に似ていた気がする。
人目があるところでなかなか敬語は抜けないが、アシェルの名前を様や殿下ナシで呼ぶのはやっと慣れてきた。人目のあるところで敬語なしで喋っていたら、王妃の耳に入って「二人きりではないのだから敬語で。あなたはまだ婚約者なのですからはしたない真似は控えるように」と釘を刺されてしまう。
「あー結構似てるかもしれない。お酒どれだけ飲んでも酔わないし。母上よりは父上に似てるかな。そういえば、エリーゼは伯爵夫人に会いに領地に行くんだったよね。いつから?」
「来週半ばからです」
隣国に行っている兄・クリストファーからの手紙によれば、婚約解消や破棄は免れたようだ。結論しか書いていないので修羅場が起きたのかは分からない。私が領地に行くあたりで帰ってくるだろう。
私は結婚式の準備などが本格的に忙しくなる前に、母に会うために領地に向かうのだ。領地の様子見もある。母は父と一緒に住むことはなく、今も相変わらず別居状態である。
「僕も数日位は合流したいな。あのニンジンまた食べたいんだよね。城で出るニンジンはあのニンジンほど甘くない気がするんだ」
「収穫してすぐのものを料理して食べるのもありますが、肥料にもこだわってますから」
「やっぱりそこだよね。庭に畑作るのもいいなぁ」
「育てるならニンジンとジャガイモと……あたりですかね」
アシェルは土いじりが性に合っているようだ。うちの領地でもスローライフをひたすら楽しんでいた。
晩餐では皆無だった他愛もない話をしていると、客室に到着する。
「じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
いつもならここでサラッと彼は立ち去るのだが、今日は立ち去りかけて戻って来た。
何か言い忘れたことでもあったのかと私が首をかしげると、以前のクロエのように顔を近づけてくる。
アシェルの向こうに、ここまで案内してくれた使用人がポカンとした顔をしたのが見えた。瞬きする間に唇に何かが触れる。
混乱している私を見てアシェルはちょっとだけ笑うと「おやすみ」と今度こそ去って行った。使用人は表情を取り繕っていたものの、動きがぎくしゃくしていた。
私は熱の残る唇にそっと手を当てる。今のって……キスだったの?? さっきまで白いヤモリやニンジンの話しかしていなかったのに??




