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ナディアはそっと書類をチェックする男に目を向ける。
「パーフェクトですぅ~。さっすがナディア様」
目つきは悪いのに喋り方が間延びしている、夫であるロレンスの側近。
幼い頃から一緒にいただけあり、ロレンスとの距離は他の側近達よりも相当近い。
全幅の信頼を寄せるべきなのだろうが、信用してはいけないとナディアの頭のどこかが警鐘を鳴らす。
ダラス・カリスト。
カリスト侯爵家の次男。
ロレンスにも遠慮のない物言いをする珍しい男だ。喋り方以外の遠慮のなさはエリアスの側近であるクリストファーに通じるところがある。
「処理が早くって助かりますぅ。あ、こちらザルツ王国からのお手紙ですよ~」
ダラスから手渡されたのは家族や友人達からの手紙の束だ。
「いつものご友人方からも届いていますよぉ。仲がよろしいんですねぇ」
セリフだけ聞いたのならば頭の足りない令息なのかと疑うが、ダラスのセリフだと表情と相まって嫌味なのだろうかと勘繰ってしまう。
失礼なことを考えているとダラスはさらにニヤニヤした。
「もしかしてぇ、この前の茶会でのことを気にされていらっしゃいますか~?」
「もしかしてぇ」だなんてよく発音できるなと変に感心する。
この前の茶会。該当する記憶を手繰ってナディアは首を振る。
「いいえ。私なりにその場で対処しましたが、不満でしたか?」
「いえいえ、そんなことはありません~。お見事でした。ですが、あの方がご令嬢方にご立腹でぇ。今は孤児院で奉仕活動をしてもらっていますよぉ。注意したってどうせまたやるんですから、有効に使いませんとねぇ。何でしたっけ、バカとハサミは使いようって言うんでしたっけ?」
「……それは意味が違うのではないかしら? それは人の力量を見極めてからそれに見合ったことをさせるのでしょう? ご令嬢方の力量をしっかり見極めて、ふさわしい所に行かせたのなら話は別だけれど」
「あぁ、そうでしたかぁ。じゃあ言いたいことと違いますねぇ。いくらバカでも使えるところがあれば思い切り使い倒さないといけない、と言いたいのでぇ。能力発揮や能力開花のお話ではないですねぇ」
なんだろう、これは。試されているのだろうか。この人、かなりいい性格をしているわよね。
ナディアはダラスとは比較的よく接する。だが、まだまだダラスのことは苦手だった。
ダラスが書類を持って足取り軽く退室してから、手紙の封を切る。
隣国の公爵令嬢では王妃にふさわしくないという声は、ロレンスと結婚した今でも残念ながらくすぶっている。この前の茶会でのご令嬢達のように、ナディアに面と向かって言ってくるのは珍しい。ナディアに不満を持つということは、ロレンスや王家の決定に不満があるということなのだ。
最近ではナディアを評価する声も多いが、まだまだ気が抜けない。
まず手に取った手紙はクロエからだった。もうすぐ結婚というだけあって惚気がびっしり書かれている。これは手紙にするより本人に言った方がいいのではないかというほど、惚気ばかりだ。彼女の事だから本人にも言っているんだろうが。
次はブルックリンだ。彼女は幼いころから当主教育を施されているせいか、手紙ではかなり他人行儀で生真面目だ。時候の挨拶やナディアの体調を気遣う文面が目立つ。ナディア以外が読んだなら親しい友人からの手紙とは思わないだろう。
フライアからの手紙はよく話が飛ぶ。喋っているとそんなことはないのだが、書きたいことがたくさんあると手紙ではこうなってしまうようだ。ナディアはある一文にひっかかる。
「スチュアート殿下とエリーが接触したのね」
他国に出す手紙なので、隠語が使われている。ナディアはフライアの意図を正確に読み取った。
アルウェン王国に嫁いでしばらくして、スチュアートから謝罪の手紙が届いた。
全く期待しないで封を切ったが、意外にも真摯に反省している文言が目立った。綺麗事は心に響かないが、本心からの言葉は心に響く。スチュアートは間違いなく反省しているようにナディアには映った。
だが、それで元通りになるなんてわけにはいかない。
「信用って一度失ったら取り戻せないわね」
人生でたった一度の過ち。ナディアの中でスチュアートへの信用は地に落ちていた。
謝罪の手紙でその信用が回復することなどない。
エリーゼからの手紙にはお菓子のレシピが入っていた。
スチュアートについては、ナディアを心配させないためか、それとも大したことではなかったのか何も触れられていない。何かあったらエリアスやアシェルが対応するだろう。
第二王子の婚約者としていろいろ大変だと思うが、手紙で見る限りは元気そうだ。
「あら、みんなでレモンパイを食べたのね。羨ましいわ」
甘さを控えめにしたらロレンスとも一緒に食べられるのではないかと書いてくれている。
ロレンスは心配性なので、キッチンになかなか入らせてくれないのだ。
「これでパイを作ってもらおうかしら」
独り言を言うナディアの口元には柔らかい笑みが広がっていた。




