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「お元気ですよ」
出鼻は挫かれたものの、エリーゼはしっかりと自信を持って答える。
まさかナディアのことをすぐに聞かれるとは思っていなかった。
ただ、ここで「お茶会に頻繁に招かれて大変だそうです」という事実や「ロレンス殿下にクッキーを焼こうとして危なっかしくて型抜きしかさせてもらえなかったそうです」なんていう惚気っぽいことを言う必要はない。
「そうか」
余計なことを言わないように唇を結んでいると、スチュアートは目を伏せると寂しそうに笑った。
ひとまず、ナディアに対して逆恨みはしていないようだ。彼も謹慎や再教育を経て思う所があるのだろう。
「なぜ、学園であのようなことをされたのですか?」
エリーゼはどうしても聞きたかった。なぜスチュアートはナディアではなくルルに惹かれたのか。なぜ脅迫まがいのことをする必要があったのか。指が震えてるのを感じてドレスをぎゅっと握る。
「なぜ……か。お前、王族で一番ダメなのは何だと思う?」
急に質問を振られて答えに詰まる。沈黙がおりるが、スチュアートは急かすわけでもなく黙って答えを待っている。
「国民のことを考えないことでしょうか」
「それも一理あるな。俺は無能が一番ダメだと思っている。そして俺自身が無能であることも分かっている」
無能という強めの言葉に何も答えられないでいると、スチュアートは続けた。
こういう時に気の利いた返しができないところがよく王妃から何度も注意される部分でもある。
「ナディアは有能だ。1を聞いて10いや30、50を知る、そんなタイプだな。エリアス兄上もアシェル兄上もそうだ。でも俺はそうじゃない。1を聞いても1しか理解できない。それに理解するまで時間がかかる」
はぁ……とため息に似た息をスチュアートは吐く。
「無能な俺でも認められたかった。愛されたかった。でも周囲は無能の王族など認めてくれない。頑張れ、努力しろ、努力すればいつかできるはず、とな。ずっと兄上たちと比べられて蔑まれている気がしていた。ナディアが婚約者になって、彼女なら無能な俺でも愛してくれるんじゃないかと期待した。でも、やっぱり蔑まれている気がした。どうして無能でも俺は愛されないのか……犬猫は何もできなくてもあんなに愛されているのに……長い間そんな思いだったな。まぁ学園でのことはそれで周囲に攻撃していただけだ。壮大な八つ当たりだな」
一気に吐き出すと、スチュアートはテーブルの上から足をどけ、今度はイスの上に足をのせる。
「……さきほど王妃殿下の愛を愛ではないと仰いましたが……王妃殿下はスチュアート殿下のことを愛していらっしゃったのでは?」
「母上の愛が本物の愛だったなら、あんな騒動は起こさなかったさ。だからちゃんと今は周囲に八つ当たりせずに元凶のテーブルに足を乗せ、ささやかなやり返しをしているわけだ」
ナディアに酷い言葉を吐いていたのは、魅了のブレスレットの効果もあるだろう。しかし、侍女たちがいるせいか、それとも魅了を信じていないのか、スチュアートはブレスレットのことは口にしない。
でも彼はあの騒動の後、己と向き合ってたくさん考えたのだろう。テーブルに足を上げるのが正解とは言わないが。ただ「無能でも愛されたい」というスチュアートの言葉は本心である気がした。
「ルルに惹かれたのはなぜですか?」
「ルルは一人じゃ何もできない、ヘラヘラ笑って異性にすり寄る無能。俺がもっとも嫌い、同時に好ましく感じるものだ。正直羨ましい、あんな風に楽に生きれたら。無能をさらけ出して生きれたら……でも同時に思うだろう、あんな王族なんて嫌だと」
あんな王族は嫌だというところには一切反論できない。それにしても彼がこんなに饒舌とは知らなかった。
「ま、こんな無能な俺にはケイファ王国への婿入りはお似合いだ。あそこは女王に複数の夫がいる。既にいる二人の夫は有能だ。金髪碧眼の俺は愛玩動物扱いだろう。これまでで一番気が楽だ」




