溢れるほどの幸せを
「え、あの、お母様、それじゃあ私も……」
撤収しようとする女王様に続いてロザリア王女も後ろを追いかけていくけれど、「また明日、ごきげんよう」とすぐに扉を締められてしまい、部屋に置いていかれてしまっていた。
「……ええと、カイル。いろいろごめんなさい」
ロザリア王女は不安そうに振り返ってきながら、たどたどしく謝罪の言葉を述べてくる。
説明もなくここに連れてきたこと、勝手に王配に推薦したこと、一人で何でも解決しようとしていたこと。
きっと全部をひっくるめての“いろいろごめんなさい”なのだろう。
「まったく……どうして何も相談してくれなかったんです?」
苦笑いをして尋ねると、王女様は僕が怒っていなかったことに安心したのか、ほっと小さく息を吐き出した。
「……最初は、こんな重い荷をカイルに背負わせたくないって思ったの。それに、カイルが重圧を嫌がって、離れていっちゃうんじゃないかって思ったら怖くなって」
「僕を見くびりすぎですから」
「そうだったみたいね。でも、受け入れてくれてよかった」
王女様は、心底嬉しそうに微笑みを浮かべていく。
あんなに好きだと僕は伝えていたのに、それでもまだ僕から拒絶されることを恐れていたのだろう。
「当たり前ですよ。僕には貴女が必要なんですから」
にこりと柔らかく目を細めると、王女様は突然緊張したように顔を強張らせ、呟くように僕の名を呼んでくる。
「あのね、カイル」
「はい」
また何か余計な心配でもしているのだろうかと、うつむく王女様の顔を遠くから覗きこむようにしていく。
すると、王女様は顔を真っ赤に染めながらスカートをきゅっと握りしめ、いまにも消え入りそうな声でたどたどしく話しだした。
「あの、その、好き……よ」
もう我慢なんてできなくて、駆け寄って強く抱き締めた。
ずっと欲しかった彼女も僕を求めてくれて、いまこの腕の中にいる。
それを思うだけで胸が満たされ、どうにかなってしまいそうだ。
「カイル……ずっとずっと貴方に好きだって伝えたかった」
王女様が僕の背に手を回してきて、すがりつくように抱きしめ返してくる。
甘い香りに甘い声、甘い言葉に強く鼓動が跳ねる。
細い首元から手を差し入れ、ゆっくりと唇を重ねた。
静かに唇を離していくと、ロザリア王女はこれまでのツンとした表情が嘘のように、とろけたような顔になっていて。
「キスは感触が嫌いだったんじゃなかったんですか?」
僕だけに見せてくれるその顔が可愛くて、愛しくてたまらない。
ついついこうやって、意地悪を言っていじめたくなってしまう。
だけど変に素直な王女様は、ムキになって弁解してくることもなく、いつものように照れながら視線をそらして口を開いた。
「気持ち悪くて、嫌いだと思ってた。でも、貴方とのは違う。頭がフワフワして胸が切なくなって、なんだか不思議でおかしな感じなの」
僕の中で、何かがプツンと切れた。
どうしてこの人は僕を煽る言葉をよく知っていて、それを無自覚に放ってくるのだろう。
「な、なに? ちょっとカイル!? 一体どうしたのよ!」
暴れる王女様を抱え上げて、先ほどまで隠れていた隣の寝室へと向かう。
「少しの間だけでも、貴女をもっとおかしくさせたくなったんです。地位とか責任とか全て忘れて、僕のことしか考えられなくなるくらいに」
静かにベッドの上に下ろして、柔らかな頬をそっと撫でていく。
「どういうこ……、んっ」
立ち上がろうとしたロザリア王女を押し倒して覆い被さり、優しく口づける。
「ロザリア、愛している」
まっすぐに瞳を見つめて囁くと、ロザリアも途端に勢いをなくし、無言のまま僕を見つめ返してきて。
とろんと、した甘い顔が、僕の心をかき乱してくる。
正式に婚約したかどうかなんて、もうどうでもいい。
僕は、いますぐにロザリアが欲しい。
そんなことを思った瞬間、ロザリアはぐい、と僕の頭を引き寄せ不意にキスをしてきて。
「愛しているですって? 自惚れないでちょうだい。私のほうが、もっともっと貴方を愛しているわ」
すねたように言ってまた、照れながら視線を外してくる。
ああ、無意識の煽りとは、本当に怖い。
結局、全てを忘れて君のことしか考えられなくさせられているのは僕のほうだ。
呆れたように笑い、ロザリアを優しく、それでいて強く抱き締める。
欲しいままにキスを繰り返していくと、息が出来なくて苦しい、とまたロザリアは焦りだして。
そんなたどたどしさがまた可愛く「息は止めなくていいんだよ」と笑ったのだった。
――・――・――・――・――・――・――・――
あれから無事に婚約の儀も結婚式も終え、この城で僕は“閣下”と呼ばれている。
柄じゃないけど、それも最近は気に入っているし、もっとロゼッタを平和な国にしたいと、僕なりに奮闘している。
けれど、やっぱりこの昼寝の時間は捨てがたくて。
暖かな春の日差しの下で寝転がって目をつむる。
そよそよと木が揺れる音がまた、眠気を誘ってくる。
「ちょっとカイル、またそんなところで! 臣下たちがよく探し回っているんだから、わかるところにいてあげなさいよ」
僕をたしなめる声にまぶたを開けると、愛しい妻が見下ろしてきていた。
「仕事も勉強も真面目にやっているし、少し休憩くらいいいじゃないか」
眉を吊り上げているロザリアに微笑みかけると、深くため息をつかれて呆れられた。
「貴方が頑張りすぎているくらい仕事や勉強をしているのは知っているけど、せめて部屋で休めばいいのに」
「ここは、春の風が気持ちがいいんだよ。こう暖かければ眠くもなるし、あと少しだけ……」
愛しい妻の声を子守唄にまぶたを閉じていくと、ロザリアは、何かを企んでいるかのように、ふふっと笑った。
「あら、そんなに眠いのなら、目が覚めるようなことを教えてあげる」
ロザリアは僕の隣に座り込んできて、ひそひそと話し出す。
どんな話をされても起きるつもりはなかったのに、それを伝えられた途端、目を見開いて飛び起きた。
「僕らに子どもが!?」
僕の問いに、照れたようにロザリアはうなずいて優しく微笑む。
「ほうら、目が覚めた。ふふ、あなたの力はすごいわね」
そっとお腹をさする彼女とそのなかに宿る命が、たまらなく愛しい。
「ロザリアには敵わないな」
優しくロザリアを抱き締め、二人ぶんの温もりを感じながら笑う。
悪女とされ孤独だったロザリアは、こうしてすっかり更生し、民から愛される王女になった。
そして、強く優しい母になる。
あの日ロザリアが一人泣いていたベンチを見つめていくと、僕らの子どもに微笑みかけるロザリアの姿が浮かんだような、そんな気がして。
溢れるほどの幸せを感じながら、柔らかく目を細めて笑った。
fin.
☆あとがき
拙作を手に取ってくださり、最後までお読みくださいましてありがとうございました!
『王女の更生も楽じゃない!』いかがでしたでしょうか?
楽しみながら書いた作品なので、皆様にも楽しんでいただけていたら嬉しく思います。
申し訳ないことに連載を中断していた時期もありましたが、再び筆をとり、無事に完結することができたのは、感想やブクマ、評価など何らかの形で『読んでいるよ』と教えてくださる方がたくさんいてくださったからこそ。
一人黙々と、では完結できず、ロザリアもカイルも幸せにしてあげられなかっただろうと思います。
感謝の思いでいっぱいです。
本当にありがとうございました!
星影さき




