交渉
「推薦? どこの国のどなた?」
途端、空気がぴりっとしたものになったのを扉越しに感じる。
女王陛下もまさか、口を挟まれると思っていなかったのだろう。
それでも王女様は怯まずに、凛とした声で話し出した。
「その者に爵位はなく、国籍さえもありません。名はカイル。ノースランドの大尉をしていた男です」
思わず息が止まり、目を見開いた。
女王陛下も驚いてしまったのか返答はなく、王女様がまた真剣な声色で言葉を重ねた。
「彼は自棄になった私に“人はいつでも変われる”と、言ってくれて、こんな私でも女王の器だと信じてくれました。カイルがいなかったら、きっと私はいまも深い闇の中をさ迷っていた」
「そう……カイルを……」
女王陛下の声は静かなもので、賛成なのか反対なのか、さっぱり読み取れない。
だが、王女様は負けじと言葉を続けた。
「強国の王子を選ばず、国籍すらあいまいになってしまった者を王配に迎えようとするのは、次期女王として失格なのはわかっています。ですが、私にはカイルが必要なのです」
「だけど彼は、帝王学を学んでいないし、元々王族として生まれたわけではない。周りの見る目も自ずと厳しいものになるでしょう。険しく苦しい道になるかもしれませんよ」
女王陛下は声のトーンを落とし、厳しく諭すように話していく。
当然のことだ。
可愛い娘と大切な国がいらぬ苦労をするところなど、見たくはないだろうから。
「全て承知しております。ですので、私が彼のぶんも立派な女王になって……」
王女様のその言葉を聞いたとき、もう我慢ができなくなってしまい、思いきり扉を開けて王女様を睨み付け、口を開いた。
「僕のぶんも立派に? それは聞き捨てなりませんね」
「カイル! 出てこないでって言ったでしょう!?」
王女様は目を白黒とさせていたけれど、僕が怒っているとわかると、しゅんとした様子を見せて視線をそらしてきた。
「僕は貴女に守られないといけないような、弱い男じゃありません。そもそも帝王学や国に関することなど、学べば良いだけの話でしょうに」
ムッとしながら反論すると、王女様も同じように眉間にシワを寄せてきた。
「だけど、王配として生きる道は辛く険しいわ。大丈夫、お母様だって一人でもやっていけているのだから、私にだってできるはずよ」
王女様はいっこうに退こうとせず、それどころか覚悟したような目で僕を睨み付けてくる。
一方の僕は一国の王女が相手だというのに、つい深いため息をこぼしてしまい、声をわずかに荒らげた。
「王配の道が険しいから、何なんです? それこそ余計なお世話ですよ。どうして貴女の重荷を僕に分けようとしない」
僕の問いかけに王女様はこぶしを強く握りしめて、怒りのままに口を開いた。
「好きだからに決まっているでしょう、このバカ!」
「王女……殿下……?」
ずっと欲しかった言葉を思いもかけない場面で放たれて動揺し、声をなくして立ち尽くしてしまう。
「カイル、人の上に立つのは、辛く苦しいことのほうが多いわ。嫌われもするし、憎まれもする。何もかもが上手くいって当たり前。失敗したら、すぐに愚王の仲間入り。何の覚悟もないのに、簡単に言わないで!」
王女様は感情の渦に巻き込まれてしまったのか、いまにも泣き出しそうに大声を出してきて。
そんな王女様をなだめようと女王陛下が近づき、優しく背中を撫でていった。
「ロザリア。彼は恐らく、ちゃんとわかっているわ。そこいらの貴族なんかよりも、ね」
「お母、様……?」
「彼は元々ノースランドの大尉。ノースランドと言えば、武に秀でた国。そんな国の軍の大尉になるというのは、剣の腕がたつだけでは絶対に無理なことよ。人柄や知力も当然求められるし、逃げ道もない。並大抵のプレッシャーじゃないわ」
ヘレナ女王陛下は、王女様の背中をさすりながら僕を見つめてきて、柔らかく目を細めてまた口を開く。
「だから、王配の重圧がどれほどのものかくらい、想像はつくでしょう?」
女王陛下の問いかけに、にこりと微笑みながら頷き「はい」と返事をした。
「ええと、カイル、もしかして私……余計な心配をしてたの?」
王女様は混乱したように尋ねてくる。
その様子が可愛らしくて、僕はくすくすと笑った。
「そうかもしれませんね。僕は貴女が欲しいと思った時から、とっくに覚悟は決めてましたよ」
「カイル……」
僕らのやりとりを見ていた女王陛下は、嬉しそうに娘を見つめて微笑み、口を開いた。
「まさか、強情であまのじゃくな貴女が、カイルを素直に推してくるとは思わなかった。それほどまでに彼を愛しているのね」
言葉にされると恥ずかしくなってしまったのだろう。
王女様はぼっと顔を赤く染めて、無言のまま照れたようにうなずいた。
「あぁそうそう、ロザリア。先程言えなかった最後の婿候補ですけれど」
「お母様、どうか婿候補の話はなかったことにしていただき、カイルとの結婚をお許しいただけませんか……」
すがるように言う王女様に、女王陛下は両の口角を引き上げていたずらっぽく笑った。
「最後の候補者は、カイルなのよ」
「え」
「ええっ!?」
僕と王女様は同時に声をあげ、二の句がつげなくなってしまう。
どうして、と呟く王女様に女王陛下は目を柔らかく細め、口元を緩ませた。
「地位はなくとも、王族を救った実績、大尉としての経歴や人望がある。それは、ロゼッタにとって大きなプラスだわ。それに何より、ロザリアが惹かれているように見えたのが、候補にあげた理由。さ、二人ともどうする?」
「願ってもないお話です」
「え、え、えぇえ……?」
王女様は予想外すぎる展開に困惑が止まらないのだろう。
わたわたと女王陛下と僕を交互に見つめている。
「ロザリア、貴女の想いをちゃんと貴女の口から聞けてよかったわ」
「お母様! 私が誰を選ぶかとっくにわかっていたのに、わざとこんな試すようなことをしてきたのね! ひどいわ!」
王女様は面白くなさそうに頬を膨らませ、女王陛下はしてやったりと笑っている。
二人して外面は厳しく威厳で溢れているのに、こうやっているとごく普通の母娘だ。
微笑ましい光景をもっと眺めていたかったが、確かな繋がりが欲しかった僕は、王女様の前でひざまずいて「ロザリア殿下」と彼女の名を呼んだ。
「ええと、その……」
王女様は照れたように、口をもごもごとさせていく。
可愛らしい仕草に微笑み、僕はそのまま表情を真剣なものへと変化させた。
「女王陛下のお言葉通り、道は険しいかもしれません。ですが、僕は貴女もロゼッタの民も必ず幸せにしてみせます。だから……どうか僕と結婚してくださいませんか?」
右手を差し出して求婚をしていく。
この手をとってくれるものだと思っていたのに、王女様はぷいと顔を背けてこう言ってきた。
「嫌よ!」
「嫌!?」
こんな時まで予想外な行動をしてくる王女様に驚いて言葉をなくしていると、王女様は僕の右手を両手で包み込んできて口を開いた。
「私はもう孤独でもないし、不幸でもない。貴方といられることがわかってもう十分幸せなの。だから、これからは共に私の荷を背負い、民のために奮闘してくださいますか?」
「ええ。もちろんです。貴女とならば、その荷さえも愛おしい」
立ち上がって微笑むと、王女様も同じように微笑みかけてくれた。
ヘレナ女王陛下は僕たちを優しく見つめてきてそっと口を開き、扉に向かって歩きだす。
「婚約や式の日取りは近いうちにまた、決めましょう。私は邪魔モノのようだから、退散するわ」
ここまでお付き合いくださりありがとうございます!
明日完結予定です!!




