招待
長い旅を終え、ようやく僕らはロゼッタ城へと帰りついた。
居候な僕はすすんで馬の手入れや荷物の片づけを手伝ったのち、自室へ戻って横になった。
旅の疲れもあり深く眠っていると、扉を叩く音が聞こえてきて跳び起きる。
「カイル様、お休みのところ申し訳ございません。お支度をして出てきてくださいませんか」
ハリのあるこの声の主は、恐らくエリィさんだ。
僕に一体、何の用事があるのだろう。
まさか、もう王国軍入隊の交渉がはじまるのか……?
寝ぼけた頭をすっきりさせようと顔を横に振り、急ぎ支度をして扉を開けた。
「エリィさん、どうされ……って、ロザリア殿下?」
扉の前にはエリィさんだけではなく、なぜかロザリア王女の姿もあり、思い詰めたような顔をしていた。
「カイル様、申し訳ございません。ロザリア王女殿下が、急ぎお話をしたい、と」
エリィさんがちらと王女様に視線を送る。
一方の王女様は、いまにも泣き出してしまいそうな表情を浮かべ、僕を見上げてきた。
「カイル。いつか私が女王の座を引き継いだ時に、ロゼッタの民たちは幸せでいられると思う? こんな私でも、立派に役目を果たせるかしら……」
突然どうしたのだろう。
何か困ったことでもあったのだろうか?
困惑しながら、彼女の問いに答える。
「ええ。もちろんです。ロゼッタはさらに良い国になっていくと、僕は確信しています。ですが、急にどうされたのです?」
ロザリア王女は、僕の袖をちょこんとつまんできて、不安げに声を落とした。
「お願いがあるの、いまから私の部屋に来て」
――・――・――・――・――・――・――
わけもわからぬまま連れていかれ、エリィさんも途中で払われてしまい、僕一人が王女様の部屋に通された。
照明も絨毯も、テーブルもイスも、飾られている絵画も花瓶もすべてセンスの良さを感じさせる。なんとも王女様らしい部屋だ。
人に聞かれたくない話でもしたいのだろうか、と、テーブル前へ向かうと、王女様は更に奥にある扉を開けて「ここに入って」と言ってきて。
予想外すぎて、思わず目を見開いてしまった。
ロザリア王女の言うこことは、寝室のことだったのだ。
「殿下、どういうことです……?」
王女様の狙いが全くと言っていいほどにわからない。
いくら世間知らずな王女様といえど、寝室に男を招き入れればどういうことになるかくらいは、わかるだろう。
さすがにこんなことまでされたら、僕だって正直我慢できる自信がない。
「いいから! 早く!」
大荒れな頭をどうにか落ち着けようとしていたのに、王女様は僕を寝室へ押し込めてきて――
――扉を閉めてきた。僕一人を中に残して。
「間に合ってよかった……カイル、ちょっとそこに隠れていて! いいと言うまで絶対に出てこないで頂戴」
王女様は扉越しにそう言ってきて、高揚した心が一気に地へと落とされた。
「あの、説明くらい欲しいんですけど……おあずけをくらった気分です……」
深くため息をつくと、王女様はその意味がよくわかっていなかったようで、扉の向こうから不思議そうな声が聞こえてくる。
「悪いけど、説明をする暇がないの。たぶん、もうすぐだから……」
王女様が申し訳なさそうに言ってきて、一方の僕は“まいった”と額に手をあて、扉を背にして座り込んだ。
思い人の寝室に通され、辺り一帯が甘く華やかなロザリア王女の香りに包まれているせいか、頭がくらくらとして正常に働いてくれない。
欲望と理性の狭間で揺れ動いていると、遠くからノックの音がして、隣の部屋に誰かがやってきた。
「あなたの部屋に来るのは、何年ぶりかしら」
聞き覚えのある声に、身体がぴくりと震える。
これは恐らく……ヘレナ女王陛下だ。
「女王陛下、どうぞおかけになってください」
王女様の声が聞こえる。
どこか緊張しているような様子だ。
何か重要な話でもあるのだろうか、と耳をそばだてた。
「ノースランドへの視察、御苦労さま。良い旅になったようね。ああ、そうそう。ここには誰もいないのだから、そんなに緊張しなくていいわ。今日は、母娘として話したいの」
女王陛下はいつもの謁見の間での様子とは違い、柔らかな声色で話していく。
だが、一方の王女様は、こわごわとした声で呟くように言葉を放った。
「お母様……婚約者についてのお話を、と伺いましたが……」
その言葉に、思わず耳を疑った。
ディーノ王子との婚約が解消されて、まだ日が浅い。
それなのにもう、そんな話が彼女にやってくるとは思わなかったのだ。
目の前が真っ暗になってしまった僕のことなど知らない女王陛下は、楽しそうにふふふと笑う。
「そう、次の婚約者についての話。貴女ももう年頃でしょう? そろそろ身を固めてもらわないと私も心配で」
「はい……」
「あなたの率直な意見を聞かせて頂戴。謁見の間だと、堅苦しいし断りにくいでしょう?」
「お心遣いをありがとうございます……」
ロザリア王女の気乗りしない声に、ヘレナ女王は声をあげて笑った。
「もう、そんなに身構えないで。どれも、我が国のためになるいい縁談だから。一人目の婿候補はサウスのジョアン王子。国としては悪くないけど、ジョアン王子本人はちょっと悩ましいところね。二人目はリーナリ諸島のモース皇子。彼は……」
もうこれ以上は聞いていられない、と唇を噛んで項垂れた。
どいつもこいつも、地位のある者ばかり。
由緒ある王族の相手には、やはり王族と相場が決まっているのだろう。
どうにもならない壁に打ちのめされ、自嘲して笑うと、王女様の声がした。
「お母様、お待ちください。私も、王配に推薦したい者がおります」




