雪舞う庭で
二人と別れてふらふら城内を歩いていると、今度は直属の部下だった者たちに再会し「戻ってきてください」と口々に懇願された。
なんでも新しい大尉は、フランツ氏にも負けず劣らずの鬼教官な人物らしい。
だけど、戻る気なんかさらさらないわけで。
部下たちには悪いけれど、苦笑いをしてかわしていくことに努めた。
あれほどノースランドに行きたくないと言っていたロザリア王女も無事にプレゼントを渡すことができたようで、ティア王妃殿下は大層お喜びになられたらしい。
それからというもの、お二人はこれまでの時間を埋めるかのように、いつも一緒にいらっしゃった。
お二人が笑うたび城内は華やぎ、ぽうっと見惚れる使用人や臣下、兵士たちが後をたたなかった。
そんなこんなであっという間に時は過ぎ、明日はいよいよロゼッタへとたつ日だ。
ロゼッタに戻れば恐らく、近いうちに女王国軍のお偉いさんが“軍に入らないか”と提案してくることだろう。
そうなったらもう、ロゼッタにはいられない。
この恋も破れ、王女様の姿を見ることさえ叶わなくなってしまい、彼女の面影と共に、見知らぬ土地で孤独に生きる……
そんなこと、想像すらしたくない。
待つことしかできない状況がもどかしくて、鉛色をした分厚い雲の下、ぎゅっとまぶたを閉じてこぶしを握りしめた。
――・――・――・――・――・――・――
その日の夜、寒さが急激に増していき、雪が降りはじめた。
一年ぶりの雪に庭へ出ると、真っ暗な空から綿のような白い雪がはらはらと降り注いできている。
次第に雪の粒は大きくなっていき、あたりにうっすらと積もりはじめた。
「先を越されちゃってたみたいね」
後ろから愛しい声が聞こえてきて振り返ると、柔らかく微笑む王女様と侍女のエリィさんがいた。
「ロザリア殿下……」
「雪が降り始めたから、教えてあげようと思ったの。貴方、雪が好きなんでしょう?」
王女様は肩にかけた真っ白な毛皮のケープを寒そうに手繰り寄せて尋ねてくる。
何気なく話した過去の一言を覚えていてくれたことがたまらなく嬉しくて、上がっていく口角を抑えられない。
「それで僕を探してくださっていたのですか?」
「ええ」
王女様は無邪気に微笑みかけてくれる。
可愛らしい笑顔に目を奪われ、心臓が切なく締め付けられてしまう。
僕たちのやりとりを無言のまま見ていたエリィさんは、柔らかく微笑んで大きく一歩踏み出し、深々と頭を下げてきた。
「カイル様、私どうしても外せない用事を思い出しました。しばしの間、王女殿下をお頼み申し上げます」
「はい。安心してお任せください」
「え、エリィ?」
王女様の身辺の世話よりも優先する用事などあるはずがなく、そんなことを言われたことなどなかったのだろう。
王女様は、わけがわからないといった様子で首をかしげた。
「あの子、どうしちゃったのかしら……」
「さぁ、どうなんでしょうねぇ。せっかくですので、少しここで雪を見ていかれませんか?」
エリィさんが気を利かせて作ってくれた機会だ。
まだ部屋に帰りたくなんかないし、共にいたい。
「そうね。あまりちゃんと雪を見ることなんてなかったし」
王女様は僕の想いを知ってか知らずか、寒そうに頬を赤く染めながら微笑んでくれた。
空を仰ぐ王女様は、降り注いでくる雪を見つめて薔薇色の唇をそっと開く。
「降ってくる雪もなかなかいいものね。花びらが舞っているみたいで綺麗だわ」
「でしょう?」
僕の好きなものを気に入ってくれたことが嬉しくて、にこりと笑う。
赤みがさした色白の肌も、指通りの良さそうな金の髪も、真っ白な雪に映えて綺麗で。
息をのみ、王女様の横顔をただただ見つめ続けていく。
音もなく舞う雪が王女様の鼻先にとまり、じわりと体温で溶ける。
そんな何気ない一瞬も、僕には特別なものに思えた。
「ねぇカイル。どうして貴方は雪が好きなの?」
真っ白な息を吐き出しながら、ロザリア王女は振り向き尋ねてくる。
予想外な質問に、自分のあごに手をあててうなり、首をひねった。
「うーん。自分が汚れているからですかねぇ? こうやって真っ白な世界に立つと、その時だけでも浄化されたような気になれますし」
冗談交じりに言って笑うと王女様は寂しげな顔をして、首を横に振ってきた。
「汚れてなんか、ない」
「汚れてますよ。兵士なんて皆そうです。誰かを殺したり、抑えつけたりして、生活してるんですから」
「だけど、それで助かる人もいるわ」
王女様は顔を上げ、すがるように言ってくる。
僕が兵士という仕事を選んだことを後悔しているのかも、と王女様は考えているのかもしれない。
そんな王女様を安心させようと微笑み、そっと口を開いた。
「それで助かる人がいる。僕もそう思っていますし、兵士という仕事にも誇りを持っていました。殿下のお仕事も同じですよね。綺麗なままの手では、何も守れない。澄んだ瞳のままでは真実を見抜けない。汚れの全ては民を平和へと導くため」
「お互い、難儀な仕事を選び、選ばれたものね」
王女様はどこか困ったような、清々しいような、何とも言えない不思議な顔で笑う。
こくりと頷いた僕もきっと、彼女と同じような顔をしているのだろう。
空を仰ぎ、花のように舞う雪を僕らは無言のまま見つめ、どちらからともなく手を繋いでいく。
冷たい景色の中で重なる手のひらだけが温かく、確かなものに思えた。
「そろそろ帰りましょう。お風邪を召されてしまいます」
金の髪にうっすら積もった雪を手で優しく払って微笑むと、王女様は言いづらそうに口ごもる様子を見せ、呟くように声を発する。
「カイル、あのね。貴方がもし……」
「なんです?」
王女様は続きが言えなくなってしまったのか押し黙ってしまう。
深刻そうな表情が心配で尋ねると、王女様は不安げな微笑みを浮かべ、口を開いた。
「ううん、なんでもないわ。ロゼッタに着いたら伝えたいことがあるの。聞いてくださる……?」
あと3話ほどで完結予定です!




