背中を押す侍女
ジェームズ中佐の監視のもと、僕たちは何事もなくデートを終えた。
王女様はホットチョコレートを大層気に入ったらしく、あれから何回か自分で作ったり、シェフに作ってもらったりしているらしい。
一方、無職な僕は今日もすることがなくて、ぼんやりと城内を散歩していた。
すると、侍女のエリィさんがめずらしく一人で歩いているのを見つけて。
「もうお身体はいいのですか?」と声をかけていく。
エリィさんは振り返ってきて微笑み、深々と礼をしてくれた。
「カイル様。先日は王女殿下をお助けくださり、本当にありがとうございました。私もおかげさまで、城内を歩けるまでには回復いたしました」
まだあちこちに痛々しくガーゼや包帯がついてはいるが、エリィさんの表情は明るい。
あとは良くなる一方、といった感じだ。
「あまり無理はなさらないでくださいね。では、お大事に」
長話をして負担をかけたくはなかったため、早々に立ち去ろうとすると、なぜたかエリィさんに声をかけられ止められてしまった。
「あの……王女殿下について、お話をさせていただけないでしょうか?」
──・──・──・──・──・──・──
エリィさんと僕はいつもの庭に行き、辺りを見渡す。
ここならば人の気配もなく、誰かに聞かれる心配はなさそうだ。
エリィさんも安心したのか警戒をとき、病み上がりだというのに勢いよく頭を下げてきた。
「な、急にどうされたんです!?」
慌てて尋ねると、エリィさんは小さく震えながら申し訳なさそうにぽつぽつと言葉をこぼしはじめて。
「私、王女殿下を救ってくださったカイル様に、あの日失礼なことを言ってしまいました……本当に申し訳ございません……」
「あの日? どの日のことでしょう……? あ、もしかして殿下に近づくな、と言っていたあれのことですか?」
しばし考え、ようやくそれっぽいものにたどり着いて尋ねる。
するとエリィさんは「申し訳ございません」と、さらに深く頭を下げてきたので、慌てて顔を上げさせた。
「そんなの全然気にしていませんから、大丈夫ですよ。いまのいままで忘れていたくらいです」
「本当に、申し訳ございませんでした……」
エリィさんは悲しげに眉尻を下げて、何度も謝ってくれる。
ジェームズ中佐によると確か、エリィさんは王女様に厳しく、キツい説教をしている時もあったという話だ。
きっと、生真面目な人なのだろう。
そんなことを考えていると、エリィさんは「お伝えしておきたいことがあるんです」と、呟くように言ってきた。
「僕に伝えたいこと、ですか」
「はい。……ロザリア殿下は、カイル様を避けるような素振りをしていても、貴方様に強く惹かれてらっしゃいます」
唐突に言われた言葉に思わず目を丸くして、声を失ってしまう。
エリィさんはそんな僕に構わず、再び口を開いた。
「私が以前“王女殿下に近づかないでほしい”とお話ししたのも、王女というお立場では自由な恋愛ができないと思っていたからで、いたずらにお心をかき乱さないでほしかったからなのです。ですので、どうか王女殿下のことを……」
そこから先は言いにくかったのか、エリィさんは口ごもってしまい、僕はにこりと微笑みかけた。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。どんなに避けられていても、殿下が僕を多少なりとも想ってくださっているのは、ずっとわかっていましたから」
「どういうことです?」
エリィさんは目をしばたたかせながら尋ねてくる。
あんなにも避けられてアプローチもかわされているのに、不思議で仕方ないといった様子だ。
「白薔薇のワルツ、ですよ。以前、仮面舞踏会で王女殿下は僕と踊ってくださったんです」
あの夜、王女様は悩みながらも僕の誘いを断らず、最初の一曲だけ踊って去っていったのだ。
「カイル様、ロゼッタの伝統のこと、ご存じだったのですか?」
「いいえ。ですが、一曲目だけ周りの雰囲気が少々異質だったので、のちほどジェームズ中佐に尋ねてみまして。それでわかりました」
舞踏会での最初の一曲目は、愛する者と踊るものなのだ、と。
「ですが、どんなにロザリア王女殿下がカイル様にお心を奪われていても、貴方様をお選びになることは難しいかもしれません……」
「まぁ、そうでしょうね……」
「全部、おわかりになられていたのですか?」
僕の返答が予想外だったのか、エリィさんはぴくりと跳ねるように顔をあげてくる。
「ロザリア殿下は誰よりも、女王の器であろうとされる方。そんな女性が、ただの下流貴族だった男で、国籍もあやふやになった男を王配にしたがるはずがありませんから」
声に出すとそれが現実になりそうで、胸が痛い。
苦笑いを浮かべていると、エリィさんが困ったような顔で微笑みかけてきた。
「ええ。ですが私は、殿下にとっての障害はそこだけではないと思うのですよ」
「そこだけではない、とは?」
「こればっかりは、私の口からは言えません。ですが、カイル様をお選びになられないことも、あの方なりの優しさのつもりなんです」
エリィさんは、目を細めて柔らかい笑顔を向けてくれる。
その顔は、王女を慕う侍女ではなく、妹を思う姉のような優しい笑みだった。
「エリィさん。それってほとんど答え、なのでは?」
「ふふ、そうかもしれませんね。でも、私もなんだか少し、見てみたいような気がしてしまって」
くすくすと可愛らしく笑うエリィさんを見つめながら首をかしげると、彼女は僕の疑問に答えようと再び口を開いた。
「ロザリア王女殿下とともに、国籍すらもあやふやになってしまった男が治める、次のロゼッタ女王国を、です」
そう言ってエリィさんは、ぺこりと頭を下げて去っていく。
ジェームズ中佐にマルク少佐。
アンヌさんにエリィさん。
たくさんの人が背中を押してくれた恋。
「これは、絶対に勝ち取らないといけませんね」




