二人の時間
結局、奪い取れないと王女様は悟ったようで、カバンを持つ権利は僕が勝ち取ることができた。
そのあとは二人で町の端にある小さな紅茶の専門店に行き、王女様はずいぶんと長く悩んだ末、薔薇の香りがする珍しい紅茶をプレゼントすることに決めたようだ。
「ありがとうカイル。ティアも喜んでくれるといいけど……」
店を出て、王女様はラッピングをしてもらった茶葉の缶をきゅっと握りしめて、小さく息を吐き出す。
店内で端から端まで香りを確認して選んでいたことを考えると、ティア王妃殿下に受け入れてもらえるのかどうか、心配で心配で仕方ないらしい。
「大丈夫ですよ、王妃殿下ならきっとお喜びになってくださいます」
「そうかしら……ノースランド、来週には向かっているのよね。行かなくてもいい方法があるといいのだけれど……」
“明日の訓練が、嵐で無しになればいいのに”と考えた過去の自分の姿と重なってしまい、思わず笑みが溢れてしまう。
「ロザリア殿下。この時期なら、運が良ければ雪が見られるかもしれませんよ」
「雪、もう?」
王女様は不安げな表情を一変させて、今度は不思議そうに小首をかしげてくる。
肌寒さはあれど、まだ何枚も着込むような寒さではないため、疑問に思ったのだろう。
「ノースランドは土地柄よく雪が降るんです。僕好きなんですよ、雪」
空を仰ぐと、はけで白く塗ったような雲が見える。
今日は晴天。雪が降る気配はまるでない。
ふふっと、王女様は僕の横顔を見つめてきて笑った。
「雪が好きなんて、子どもみたい」
「よく言われます。辛いのが苦手な甘党ですし」
じつは、パスタに唐辛子が入っているのを見つけたら一つ一つ避けておくくらい、僕は辛いものが大の苦手なのだ。
「私も辛いものよりは、甘いもののほうが好きよ」
甘いものが好きだと微笑む姿を見て、ふと、甘いもののお店が近くにあったことを思い出す。
「そうしたら、少し店で休憩してから帰りませんか。僕がご馳走しますんで」
──・──・──・──・──・──
そこは町の小さな喫茶店。
扉を押して開けると、ウェルカムベルがちりんちりんと音を立てた。
「あら、カイル君。いらっしゃい。どこでも空いてるとこ、いいわよ」
腰にエプロンを巻いた、三十歳くらいのどこか妖艶な雰囲気を漂わせた女性がやってくる。
この人は、アンヌさん。
ここの店員だ。
「アンヌさん、お久しぶりです。ホットチョコレートを二ついいですか」
「もちろん! 久々に来てくれて嬉しいから、今日はサービスでマシュマロもつけてあげる」
小走りでやってきたアンヌさんは、嬉しそうに僕の肩を小突いてきて満面の笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございます。ロージィ、あっちの窓際の席でどうですか……って、何か怒ってます?」
振り返って王女様を見ると、なぜかむすっとした顔をしていて。
怒っているのかという僕の問いかけに、ますます面白くなさそうに口を曲げてきた。
「どうして、私が怒らなきゃいけないのかしら?」
にこりと王女様は微笑んでくるけれど、声色はどこか刺々しい。
こんな華奢な身体のどこからこの威圧感が出ているのか、不思議でならなかった。
窓際の席で向かい合って腰かけると、王女様はメニューが書かれたボードを眺めて口を開く。
「そういえば、ホットチョコレートって何?」
「最近、城下町で流行っている飲み物なんですよ。お城だと紅茶を出されるから、あまり召し上がられたことないかなと思いまして」
「飲み物なの? チョコは好きでよくティータイムにつまむけれど、飲んだことはさすがにないわね……」
王女様は難しい顔をして、食い入るようにメニューボードを見つめている。
まさか、固形のまま飲むのを想像しているんじゃないだろうかと考えてしまい、思わず笑いが漏れだした。
「はい、お待たせ。熱いから気をつけてね」
アンヌさんが机の上に二つ、カップを置いてくれる。
暖炉の火で室内はかなり暖かいが、それでもカップからは微かに湯気が立ち上っていた。
王女様は興味津々な様子でカップを見つめ、香りをかいでいる。
そしてそのまま唇をつけて、品よく少しだけ口に含んだ。
「おいしい……これ、どうやって作っているの?」
王女様は、ぱあっと顔を明るくさせて前のめりになりながら、アンヌさんに尋ねていく。
どうやら、かなり気に入ってくれたらしい。
アンヌさんは褒められて嬉しかったのか、ふふふと得意気な笑みを見せた。
「じつはね、温かいミルクでチョコレートを溶かすだけなの。簡単だけど、おいしいでしょ?」
「私も作ってみようかしら……」
これなら私にもできそう、と、王女様はどこかはしゃいだような表情だ。
かつて“下々の元へ下りろと言うの!?”と言い放った人と同一人物とは、とても思えない。
ロザリア王女も様々な経験をへて変わりつつあるのかもしれないな、と思いながら美しい横顔を見つめていると、王女様への想いがバレてしまったのだろう。
アンヌさんが丸いトレーを抱きしめながら、ニヤニヤと笑っていた。
「ねぇ、カイル君。こっちの美人はもしかして、彼女なの?」
「ち、ちちち違うわ! 友人よ!!」
王女様は、がしゃんと大きな音をたててカップを置き、慌てた様子で立ち上がる。
「友人、だそうです」
予想通りの回答に頬杖をついて“こんな時くらい、恋人の振りをしてくれればいいのに”と、口をとがらせた。
アンヌさんは、そんな僕らを交互に見つめてきていたずらっぽく微笑み、僕の後ろに回って肩を抱いてきて。
「それなら、私がもらっちゃおうかしら?」
「――ッ!」
王女様は声にならない声を上げ、目を丸くしている。
その姿はなぜか、高貴なネコが全身の毛を逆立てているようにも見えた。
「嘘よ、う・そ。カイル君は美形だしイイ男だけど、私にはぽちゃっとして可愛い旦那がいるもの」
アンヌさんは僕から離れていき、人差し指を口元で可愛らしく立て、笑う。
「……騙したわね」
「ふふ。でも、私が既婚者じゃなかったらアプローチしていたかもね。カイル君は優しいし、人たらしな人気者だから。大切なら、ちゃんと捕まえときなさい。それじゃ、ごゆっくり~」
アンヌさんは王女様の鋭い視線にもたじろがず、ひらひらと手を振って厨房の方へと消えていった。
「ろ、ロージィ、悪気はないんだと思……」
苦々しく笑って王女様へと視線を送り、すぐにはっと息を飲み込んだ。
「何よ!」
いまは面白くなさそうにむくれているけれど、気のせいだろうか。
一瞬だけだけど、ほっとしたような顔をしているように見えたんだ。




