悩む王女
「な……そんなこと言われても……」
突然の告白に王女様はおろおろとうろたえて、困惑したような顔をしている。
それもそうだろう。
彼女は一国の王女で、次期女王。
身分の低い者から正面切って愛の告白をされたことなどないだろうし、自分も臣下や民も“王女は政略結婚をするものだ”と考えているだろうから。
「貴女様を困らせてしまうのもわかっていましたし、周りから良く思われないのも重々承知しています」
滑らかな頬から手を離して苦々しい笑みを浮かべると、王女様は押し黙って視線を落としていく。
それを横目に、僕はまた口を開いた。
「王女殿下に想いを伝えることで、祖国に害が及ぶ。僕はずっとそれを懸念していました。ノースランドの大尉が一国の王女に手を出したりなんかしたら、国を巻き込む大事件になるでしょう?」
「それは、そうかもしれないけど……」
「だったら僕はもう、国籍も築き上げてきた地位も、全部捨てようと思った」
「でも、そんな簡単に捨てていいものじゃないでしょう? どんなに願っても、二度と取り戻せないかもしれないのよ……」
僕の未来を不安視したのか、王女様は悲しげに目を伏せていく。
その隣で僕は、大きく首を横に振った。
「簡単なんかじゃないですよ。決めるのにどれほど悩み、苦しんだことか。ですが、それほどに僕は殿下を愛してしまっていた」
「そんな……よりによって、なんで私を……? 貴方にずっとひどい態度をとって、一時は国を壊そうとまでして。貴方には、私なんかよりももっと素敵な女性が……」
言葉に詰まった王女様をまっすぐに見つめ、柔らかく目を細めて静かに微笑む。
「貴女を超える女など、いままでもこれからも現れません。僕はそう確信しています」
「──っ」
ロザリア王女は途端に声を失い、どこか苦しげな表情で膝の上で重ねた自分の手を見つめている。
その手を包みこむようにして僕の手を重ね、王女様の横顔を見つめた。
「ロザリア殿下。貴女はご自身が思ってらっしゃる以上に美しいお方です。さらさらとした金の髪や琥珀に似た瞳、みずみずしい唇もそうですが、何よりも僕は、国を想い、努力される貴女様の心に惹かれました」
「カイル、でも私は……」
王女様は返答に困っているのだろう。
こちらを見ようともせず、強くまぶたを閉じていく。
そりゃそうだよな、と小さく息を吐き出して、微かに笑った。
「いまは答えは言わないでください。わかってるんで」
僕の言葉に安心したのか王女様は顔を上げ、何も言葉を口にしないまま申し訳なさそうにうなずいた。
「でも……僕は貴女を諦めたりしませんし、これまでのように耐えたりなんかしませんから。覚悟なさってくださいね」
「え?」
困惑するロザリア王女へ顔を近づけ、唇を重ねた。
こんなことをされるなど予想外だったのか、王女様の手がぴくりと微かに動く。
欲しくてたまらなかった柔らかな唇に“もっと先へ”と、心がはやる。
それを必死に抑えつけて離れていくと、名残惜しげに唇が小さくちゅ、と鳴った。
王女様を見ると、目を見開いて、顔もこれ以上ないほど赤く染まり、口も半開きになってしまっている。
まるで、時を止めてしまった蝋人形のようだ。
「そんな顔をしていると、もう一回しますよ?」
にこりと微笑みかけると王女様はびくんと大きく震えて立ち上がり、僕に背を向けてきて。
うつむいているせいで短くなった金髪が前に落ち、細く白いうなじが見える。
逃げたつもりなんだろうけど、こんなにも無防備で、男を誘う色香が漂っていることに、王女様は自分で気付いているんだろうか。
どうにも我慢できずに、ロザリア王女の背後から腕を伸ばして抱きしめた。
「嫌だったら逃げてください。その時は諦めるんで」
細く柔らかな感触に胸が高鳴り、次から次へと欲望が増していくのを感じる。
諦める、と言いつつも、正直なところ本当に諦められるか自信が無いくらいだ。
「どう、して、こんなことするのよ……」
王女様はいつものような威勢もなく、蚊の鳴くような声で聞いてくる。
されるがままの王女様から逃げるそぶりは見られなくて、ほっと息をついた。
「身分の差や国籍という大きな壁を越えて、一日も早く貴女に“好きだ”と言ってもらえるように、僕も必死なんですよ。他の男に盗られるなんてゴメンですから。それに何より……」
後ろから王女様の首元に顔を埋めて、囁く。
「ずっと、こうやってロザリアに触れたかった」
香水の匂いだろうか。
花のように甘くて柔らかい香りが鼻腔に広がる。
もっと彼女の香りと熱に触れていたくて、さらにきつく抱きしめた。
途端、されるがままだったロザリア王女は身をよじらせて僕の腕から逃げていき、赤い顔で睨みつけてくる。
「カイル! 貴方調子に乗りすぎよ! うぬぼれて勝手なことをしてくるのも大概になさって!」
「そんな真っ赤な顔で言われても、説得力ないですよ?」
「もう、うるさい! 私は帰りますから」
ずかずかという音が聞こえそうな歩みで、王女様は僕の元から去っていく。
怒りと困惑とが貼りついた背中に、最後にそっと声をかけた。
「もしも僕のことがお嫌いでしたら、ここから追放してください。貴女様には、それをできる力がありますから」
王女様は一瞬足を止めたものの振り返ってくることなく、庭の木々の中へとまぎれてしまう。
まだ辺りに残る柔らかな香りに目を閉じると、愛しい気持ちがさらに募っていった。
ここのところ毎日更新していましたが、明日は更新できそうにありません。
明後日以降、書き上がり次第投稿させていただきます。




