豹変
「メリ、ダ……?」
王女様が不安げな様子でシスターへと視線を送る。
一方のシスターは困惑した顔で僕を見つめてきていた。
「ええと、メリダさまとはどちらさまでしょう……? わたくしの名はサリィなのですが……」
丸眼鏡のシスターは可愛らしく小首をかしげて言ってきて、それに神父と王女様も同調した。
「この娘は間違いなくサリィ、ここのシスターです。もう何年も私の下で働いてくれていますよ……?」
「カイル、貴方いったい何を言っているの……? 彼女はメリダと見た目も髪の色も全然違うじゃない」
信じようとしない二人に深くため息を吐き出して、あきれ笑いを浮かべながら口を開いた。
「さっきの王子の話、お忘れですか? これは数年がかりの計画で、部下を教会に潜り込ませていた、と。それに、貴女の髪色に、僕は覚えがあります」
深い森のように神秘的で美しい緑。
仮面舞踏会の日、大きな帽子から覗いていた王女様の前髪の色だ。
ロザリア王女も気づいたようで、はっと小さく体を震わせた。
「まさか、あの日私に貸してくれた染料の……」
「……やぁねぇ、貸さなきゃよかったわぁ。はー、しくじった」
シスターはようやく観念したのか、頭巾と丸眼鏡をとって、袖でぐしぐしと顔をぬぐう。
頭巾の下に隠れていたのは赤茶髪。
化粧がとれてあらわになったのは、王女様の侍女であるメリダさんが苦笑いをしている顔だった。
「──っ! メリダ……」
「やはり、あなたでしたか。最後まで信じたくはなかったのですが……」
愕然とする王女様と悲しむ僕とを見つめてきたメリダさんは、はぁ、と深いため息をこぼしてきた。
「ねぇカイルクン、どうしてわかったの? 変装も完璧だし、バレるはずないと思ってたんだけど」
「マバルの葉巻き、ですよ」
「マバルの?」
メリダさんは見当もつかなかったようで、眉を寄せながら聞いてくる。
「ええ。先月メリダさんは“マバルの葉巻きを王女殿下の部屋と、エリィさんの部屋から見つけた”って言ってましたよね? ですが、それはありえない話なんです」
「どうして? 間違いなく王女サマの手には渡っていたわ。怖じ気づいたのか、吸ってくれなかったみたいだけど」
その言葉に、王女様は声を無くして立ち尽くしている。
無理もないだろう。
一番信頼していた臣下に、手酷く裏切られてしまったのだから。
「王女殿下が葉巻きを吸おうとしたのはたった一度きり。僕はその時に偶然居合わせることができましてね。全て処分させていただいたんですよ。だから、王女様のお部屋から見つかるはずがないんです」
「そう……余計なこと言っちゃったわね」
メリダさんは困ったようにため息をついていたけれど、走り出そうとした王女様を横目でとらえるとすぐに駆け出し、蹴り倒した。
「きゃっ!」
「ロザリア殿下!」
王女様は急いで立ち上がろうとしたけれど、メリダさんがどこからか短剣を取り出して頬に突きつけてきたため、それは叶わなかった。
「逃げようとするなんて、傷つくわぁ。これまでずうっと隣にいてあげたじゃなぁい。最期まで近くにいてちょうだいよ」
メリダさんは目の前でひざまずく形になっている王女様の髪を乱暴につかんで、引っ張り上げていく。
「痛……ッ!」
「馬鹿なことはやめろ!」
「貴様、王女殿下によくも……一刻も早くその手を離せ!」
ロゼッタ第一小隊の者たちも怒りを抑えられなくなったのか、こめかみに血管を浮かせ、武器を手に取っていく。
それなのにメリダさんの目は楽しそうに笑っていて。
どんな説得や交換条件にも応じるつもりは、一切なさそうに見えた。
「離す、ですって? 嫌ぁよ、私地位のある女って大嫌いなの。どうせ反逆罪で死ぬことになるのなら、一緒に連れて逝っちゃったほうが面白いでしょ?」
「メリダ、どうして。幼いころからずっと側にいてくれてたのに……」
王女様の問いかけにメリダさんはくすくすと笑う。
「そうね、ずうっと一緒にいたわ。シュタールの密偵として、ね」
「そんな……」
「アタシに課せられた仕事はロゼッタを壊し、最終的にはシュタールの領土とすること。ずっと思惑通りに運んでいたわ。性格が最悪な第一王女を演出し、臣下の信用を失わせることも成功。裏で根回しして、第二王女ティア殺しの疑惑を周囲に抱かせることも成功。あとは王女が自滅し、ロゼッタが弱り狂えば簡単だったのに」
メリダさんはどこまでも深いため息をつき、僕を強く睨み付けてきなから、再び口を開いた。
「せっかくマバルの葉をあげたってキミに回収されちゃうし、長年の洗脳までといてくれちゃって、ほんと迷惑極まりないのよ」
「もしかして、存在価値を失うのを恐れる王女殿下へティア王妃殿下の上をいけばいい、と言ったのもあなたですか?」
「そう。悪くなるようにアドバイスしてたのは全部アタシ。外づらだけはいいからさ、誰もアタシを疑わなかった。王女が女王を殺さなかったのだけは誤算だったけど、神はシュタールを見捨てていなかったみたい」
「どういうことですか?」
うっとりと見えない空を見上げるメリダさんに問いかけると、メリダさんはあごでロザリア王女をさし示していった。
「この女がディーノ王子殿下と婚姻関係を結ぶって、突然言いだしたの。誤算はあれど当初の計画に戻れてカンペキのはずだったのに、まーたキミが邪魔をした。おかげで計画丸潰れよ」
「ねぇメリダ……貴女操られてるの? そうでしょう? 貴女はそんな人じゃない」
「残念ながら、アタシはそんな人よ。何でも持ってるアンタのことがずっとずっとずうっと、大嫌いだった」
メリダさんは、これまでの飄々とした様子を一変させ、憎らしげに顔を歪ませる。
彼女の出身国であるシュタール王国は、ここいらでは最も貧富の差が激しい国だ。
ひょっとしたら、メリダさんが王女様を貶めようと躍起になるのも、こういうところが関係しているのかもしれない。
「ねぇ、カイルクン。孤独な女を落とすのって、面白いくらい簡単だったでしょ。ちょっと優しくしただけで、何でも言うこと聞いてくれるようになっちゃうんだもんね。どうせキミもそうやって、王女のことを利用してたんでしょう。何回か抱かせてくれた? あっ何十回、かな?」
からからとメリダさんは笑い、それに反論しようと口を開くと、声を発する間もなく王女様の声が聞こえてきた。
「違う!」
「ロザリア、殿下……?」
「カイルはそんな人じゃない。エリィみたいに、いけないことはいけないと言ってくれたし、私にもそんなことしてないわ。耳心地のいい甘い言葉で惑わしてきたあなたとは違う」
「チッ、うっさいわね、この女!」
メリダさんはロザリア王女の腹を蹴り、王女様の口から呻き声が漏れる。
急ぎ駆け寄ろうとしたがメリダさんが刃を王女様へと向けたため、全員その場ですぐに足を止めた。
「はー、どうしよっかなー。どこを最初に斬ってみる? 私の命もアンタのせいで奪われるんだから、存分に楽しませてよね」
メリダさんはくすくすと笑いながらまた、痛みでうずくまった王女様の髪を引っ張り上げていったのだった。




