黒幕
敵はあらかた片付いていたようで、誰にも会うことなく最上階へとたどり着く。
そこには三階にあったのと同じ、金で装飾された扉があった。
恐らくこの向こうにロザリア王女がいるのだろう。
息を潜め、少しだけ扉を開けて中の様子をうかがう。
中にいるのは四人。
ロザリア王女と、ディーノ王子、神父とシスターだ。
どうやら全員無事なようで、粛々と儀式を進めている。
ディーノ王子はこれといった特徴のない、民の噂通り温厚そうな見た目の男。
にこにこと柔らかな笑みを浮かべながら立ち、神父に指示された通り誓約書にペンを走らせている。
神父はほっそりとした老齢の男で、年相応の落ち着いた見た目をしていて、シスターは大きな丸眼鏡をかけて、白と黒の頭巾から深緑の前髪を覗かせた純朴そうな女性だった。
四人がいる場所の奥には大きなステンドグラスがあるだけで、他には講壇くらいしかない。
敵が隠れられるスペースはなさそうで、三階のように混戦することがなさそうなのは幸いだ。
中ではちょうど二人が誓約書のサインをし、婚約が成立したところのようだった。
静かで厳かな空間にかたんとペンを置く音がして、噴き出すような声が聞こえてくる。
くつくつと笑う声は次第に大きくなり、高笑いと呼べるほどの大きさになって幾度も反響していく。
肩を震わせながら嬉々とした笑い声をあげるディーノ王子に、ロザリア王女と神父が言葉を無くし、おろおろとうろたえていくのが見えた。
「これでようやく、ロゼッタは俺のものだ」
その言葉に、騒動の黒幕がはっきりした。
きな臭いにおいを漂わせていたサウスの商人はただの下っ端でしかなく、全ては王子が仕組んだことだったのだ。
「どういうこと……!?」
王女様は目を白黒させながら尋ね、ディーノ王子は温厚な仮面を脱ぎ捨てたように、悪者らしく嫌味な笑みを見せてきた。
「そろそろ下で、ヘレナ女王が死んでいるってことだ」
「お母様、が……?」
王女様がハッと息を飲み込み、青い顔で愕然とする。
老齢の神父は、信じられないとばかりに首を大きく横に振って口を開いた。
「王女殿下、外は大勢の兵士が見張っておりますゆえ、そんなことは起こり得ません。ディーノ王子殿下、どうか物騒な戯言は……」
「いや、外の見張りなんか関係ないね。先に塔内に俺の部下を潜ませていたんだから。教会に部下を潜りこませ、数年がかりで隠し部屋や通路を調べ上げたかいがあった」
面白くて仕方がないとばかりに、王子はまた高らかに笑った。
「なんてことを……」
司祭は力を無くし、へなへなとその場に座り込んでしまったが、一方の王女様は負けじとこぶしを握りしめて、王子を強く睨み付けていた。
「ヘレナ女王は暗殺され、残された可哀想な娘は今日からお飾りの女王になる。アンタは何もしなくていい、ただ座っているだけの女王になるのさ。楽でいいだろう?」
ディーノ王子はロザリア王女の頬に触れようとするが、王女様はそれを平手で弾いた。
「何をふざけたことを……! 臣下たちにお前の本性をバラすわ! それで全部おしまいよ」
王女様の脅しに王子は動揺することなく、それどころかニタニタと楽しそうに笑う。
「臣下がアンタの言うことを信じると思う? これまでずっと散々なことをやってきてさ、嫌われているんだろ? なぁ、薔薇のお姫様さんよォ」
「――ッ!」
「はは、黙っちゃった。臣下どころか、妹にも嫌われて、幼馴染にまで見離されちゃってさ。その上、ヘレナ女王にも次期女王失格って言われてたんだろ? ああ、みっともねぇ。もし自決して死ぬんなら、俺の子を産んでからにしてくれよ」
王女様の傷を抉るディーノ王子に沸き上がる怒りが抑えられなくなってくるが、いまここで出ていくわけにはいかない。
未だにアイツの隙が見えないし、下手に飛び出すことで王女様を危険に晒す可能性だってあるからだ。
奥歯をぎりと噛みしめて、隙が見えるその時まで、気配を消そうと努めた。
「あなたの子なんて産む気もないし、死んであげるつもりなんてもっとない。もしも本当に……本当に、女王陛下が暗殺されたのならば、ここは私が治める国。あなたに乗っ取らせたりなんか、絶対にさせない」
王女様は声を震わせながら言い放つが、ディーノ王子はあざ笑うかのように見下していく。
「いや。ロゼッタはもう俺のモンだ」
「汚らわしいその口で、ロゼッタの名を呼ばないで! 誰に信じてもらえなくとも、嫌われようとも、国を守り民を思う心はもう二度と捨てないって、あの時決めたの! 絶対にお前なんかに負けたりしない!!」
これまでにない剣幕で、王女様は声を荒らげた。
凛と立ち敵を強く睨み付けるその姿は、戦場の女兵士のようにも見える。
自身の境遇を嘆き悩んでいた頃とは別人のようで、ロザリア王女は女王の威厳に満ち溢れていた。
「あーあ。泣いて頼めば、まだ可愛げあんのによォ」
「私が泣いたらあなたに屈したことなります。何をされても絶対に泣く気はありませんから」
「意地張るなって。ホントはひとりぼっちで寂しいんだろ? これから毎晩可愛がってやるよ」
……さっきから黙って聞いていれば、好き勝手なことを!!
ディーノ王子の言葉に、腹の底から怒りが込み上げてきて、こぶしをきつく握り締め、睨み付ける。
殺気が抑えきれなくなってきているのか、ロゼッタ兵たちが「ひっ……」と小さく息を飲んで、僕から距離をとってきた。
「ひとりぼっちで結構。あなたみたいな薄汚れた血を王家に混ぜるくらいなら、生涯一人でも構いません」
王女様がツンとした顔で言い放つと、ディーノ王子は面白くなさそうに舌打ちをして、王女様を突き飛ばした。
「おいおいおい、自分の立場がまーだわかってねェようだなぁ! お前は嫌われ女王、今日からお飾りの人形として生きる他ねェんだよ! 死ぬまで黙って俺の言うことに従ってろ」
地に頬をつけた王女様に、王子は上から罵声を浴びせていく。
王女様は無言のまま唇を噛み締めて強く睨み返しているが、その表情も苦しげで。
それをいいことに、王子は乱暴にロザリア王女のあごを掴んで顔を上げさせ、目の前でまた罵っていく。
「アンタみてーなクソ女、王女じゃなけりゃ何の価値もねーし、誰もいらねーんだよ!!」
ああ、もうだめだ。
好きな女が傷つけられ、汚い手で触れられているのにこのまま黙って見続けるなど、もうできそうにない。
結局アイツの隙も見つけられないまま、僕は勢い良く扉を開けて中へと入り込み、声高に言う。
「それなら、ロザリアは僕がもらっていきますから」と。




