女神の塔
僕を含めたノースランド王国兵五名は、全速力で森の中を駈け抜けていく。
ここまで速く馬を走らせたのは、ジュピト帝国との戦以来だ。
今回はあの時のように表面化された戦いではないけれど、こうなってくるともう、似たようなものだと思う。
エリィさんが聞いたと言っていた『サウスの安泰』という言葉からも、裏で国が絡んでいることは間違いない。
恐らく、ヤツらの狙いは女神の塔にいるヘレナ女王とロザリア王女だ。
女神の塔は王都から近いはずなのに、焦りからかずいぶんと遠いように感じる。
間に合ってくれ、と必死に願いをこめて、手綱を強く握った。
次第に、薄暗かった森に差し込む光の強さが増していく。
木々の数が減り、開けてきているのだ。
ふと顔を上げると、枝葉の隙間から女神の塔と思われる、大きな円柱型の建物の天辺が見えた。
「カイル大尉」
恐らく部下の目にもそれが見えたのだろう。
険しい声で僕を呼んでくる。
「ああ。スピードを上げるぞ」
「はっ!」
僕らは馬に鞭を入れて、さらに速度を増させた。
――・――・――・――・――・――・――
「あれ、あの銀髪の人……」
「もしかして、カイル大尉じゃないか?」
塔の周りはロゼッタ女王国の兵士たちが見張っている。
彼らに動きは無く、今のところ、異常は何もなさそうだ。
「ヘレナ女王陛下とロザリア殿下は、どこにおいでか!?」
急ぎ馬を下りて尋ねると、以前、武器庫に鍵をかけてきたスコットが駆け寄ってきて、不安げな顔を向けてきた。
「お二人とも、婚約の儀のためすでに塔内にいらっしゃいます。ですが、カイル大尉、どうされたんですか!? その汚れはまさか、血……?」
「王女殿下の侍女が、何者かの不穏な動きを察知して追いかけてきたところ、森で何者かに襲われました。これはただ事じゃない。塔の入り口はどこです?」
女神の塔は予想していたよりも大きな建物で、僕らのいる側はレンガの壁と窓しかない。
どうやら扉のある側ではなさそうだった。
「入り口? 大尉は何をするおつもりなんです? 私たちは誰一人として中に入れてはおりませんし、警備も完璧ですから問題はありませんよ」
「いいから、早く入口を教えてください」
ずいずいと入口を探して歩く僕をなだめるように、スコットやロゼッタ兵士たちが並んで歩いてくる。
「大尉。これはロゼッタにとって非常に大切な婚約になるんです。女王陛下からも“誰一人として入れるな”と命を受けておりますし、ここで邪魔をするわけには……」
お気楽な彼らの言葉にため息を吐き出し、ぴたりと足を止めて深く息を吸い込む。
「まったく……何のための王国兵なんですか!」
苛立ちのあまり語尾が強まってしまい、ロゼッタ兵たちはびくりと身体を震わせて途端に言葉を失う。
「ロザリア殿下の侍女が森で襲われた時点で、中も安全だとは到底思えない。それでも“儀式を守ること”が貴方がたの一番の任務だと言い張るのなら、押し通ります」
左腰の剣を抜き、ロゼッタ兵たちに切っ先を向けて言い放つと、兵士たちは煌めく剣に無言のまま後ずさりをしていく。
「何故答えない? お前らの護衛対象は、儀式なのかと聞いているんだが」
一人一人を睨みつけていくと、ロゼッタ兵たちは冷や汗を垂らしたまま、すくみあがっていて。
そして、なぜか僕の部下であるノースランド兵の四人も真っ直ぐに背筋を伸ばして、強張った顔をしていた。
「おい、スコット。答えろ」
横目で視線を送ると、スコットは跳ねるように身体を震わせて、ぴしりと挙手での敬礼をしてきた。
「はっ! わ、我々の護衛対象は、女王陛下とロザリア王女殿下、そしてディーノ王子殿下です!」
――・――・――・――・――・――・――
「カイル大尉、入口はこちらです!」
ようやく現状を理解したスコットとロゼッタ兵たちは駆け足で僕らを誘導してくれる。
どうやら入口は僕らのいたところとは反対の場所にあったようだ。
ようやく入口前にたどり着いて扉を開けさせようとすると、辺りにガチャガチャと金属音が響き渡り、僕らは一斉に森へと視線を送っていく。
息を潜めて、森に隠れていたのだろう。
続々と武器を持った屈強な男たちが現れはじめ、塔を取り囲んできている。
数えていないから何とも言えないが、ざっと百人ほどはいるように見えた。
「くっ……」
「どういうことだ、これは……!!」
ロゼッタ兵たちは皆、思いもよらぬ展開に顔をゆがめて剣を構え始める。
あれは、サウスの商人か。
それとも……
気配の消し方からして、以前ロザリア王女と僕を襲ってきたヤツよりは、遥かに実力があるように見える。
「ジェームズ中佐とマルク少佐はどこにいる」
隣で青い顔をしている兵士に尋ねる。
この護衛任務で、指揮官にあたるのはこの二人だろうと推測したのだ。
「じぇ、ジェームズ中佐は女王陛下の護衛としてお一人で中におられます。マルク少佐は……」
「おれはここだ」
長い黒髪を一つに束ねている隻眼の男が、ゆったりと隣に現れた。
「カイル大尉、異常の報告をすまない。礼を言う。礼のついでで悪いが、塔の内部にはそこの第一小隊と貴殿で向かってはくれぬか」
「マルク少佐はどうされるのです?」
「おれはここで奴らの侵入を食い止める。歯がゆいが、こうなってしまうと知略より技の勝負。手練れは恐らく塔内にいるであろうし、貴殿に頼む方が上策だ」
少佐は仁王立ちをしながら周囲の状況に目を配り、そう言ってきた。
「承知しました。ジンバ、ラキ、ハル、ゲンマ、そして、ロゼッタ第一小隊、行くぞ!」
「すまぬが、頼む」
少佐は僕の肩を力強く叩いてくる。
ずんとのしかかったその重みが、託された任の重みだと感じた。
割れんばかりの声量で指示を飛ばす少佐の声を後ろに聞きながら、僕らは重厚な扉の向こうへと侵入していった。
「剣の音だ……」
部下のジンバが、呟くように言う。
一階からは人の気配は感じられず、静かなものだったが、上のほうからは、ジェームズ中佐の怒号と金属音とが微かに聞こえてくる。
「上の階へ急ぐぞ!」
剣を片手に駆けると、二階へ向かう階段から剣を持った男と槍を持った男が二人現れる。
「行かせねェよ」
ニタニタと気味悪く笑う男たちは一階まで降りてきて、武器を構えてきた。
「カイル大尉、ここは俺らにまかせて先行ってください」
「せっかくの地の利を活かさぬヤツらなど、未熟者としか思えません。私たちで十分です」
スコットとロゼッタ兵の一人が、剣を抜いて構えていく。
僕は二人に視線を送り、うなずいた。
「ああ。軽く、のしてやれ」
それだけ言って、彼らを置いて階段へと走った。
「おい、待ちやがれ!」
「誰が、ロゼッタの雑魚なんかにのされるかよ」
二階に上がっていくと、下から敵の声が聞こえてくる。
いくつか打ち合う金属音が響き、すぐに低いうめき声が聞こえてきた。
「くそッ!」
「うぐっ……てめェ、やりやがったな……!」
二階に足をかける瞬間、最後に聞こえてきたのは――お調子者であるスコットの明るい声。
「へへっ。悪いけどさ、俺らはもう雑魚じゃねぇんだよ」




