カイルの誓い
はじめは嫌々だった剣術指南だが、あっという間に終わりの日はやって来た。
基礎トレーニングでへばっていたロゼッタ兵たちも最終日ともなると別人のように強くなり、他国の兵にも劣らないレベルにまで成長していた。
ジェームズ中佐もこの状態を維持向上していくことを約束してくれたし、ロゼッタ兵のことで不安視することはもう何もない。
あと数年任せてくれれば、旧ジュピト帝国兵に勝るとも劣らないレベルにまで引き上げられたかもしれないということが、唯一の心残りだろうか。
最後の剣術指南を終えてロゼッタを発つ前夜、一人でヘレナ女王陛下のもとへと向かう。
女王陛下から直々に呼び出しを受けたのだ。
謁見の間で膝まづいて女王様を待っていると、凛とした声で「面をお上げなさい」と、声をかけられる。
静かに顔を上げていき、目の前の信じられない光景に、はっと息を飲んだ。
女王陛下は玉座にはおられず、僕の前に立って、柔らかく微笑まれていたのだ。
「カイル、予想以上の働き、感謝しています。このまま、ここにいてくれてもいいのですけれど」
ヘレナ女王のお言葉に、ぴくりと震える。
僕だって、いられるものならいさせてもらいたい。
あれもこれもそれも、何一つとして解決していないのだから。
そんな悔しい思いを押し込め、薄っぺらい笑顔を顔に貼り付けてゆったりと口を開く。
「ありがたきお言葉ですが、私はノースランドの大尉です。クライブ陛下の王命がない限り、ロゼッタにはいられません」
「そう……残念ね」
「私も、残念です」
視線を落とし、ぎり、と歯噛みして呟く。
謁見の間は途端に静かになり、沈黙があたりを包みこむ。
いつまでも続くと思われたそれを破ったのは、女王陛下の明るく柔らかい声だった。
「そういえば……ロザリアが変わったのも貴方のおかげ、かしら?」
ぴくりと身体を震わせて顔を上げると、ヘレナ女王は穏やかな表情で僕のことを見下ろしてきている。
「いえ、私は何もしておりません。ご自身の力でお変わりになられたのです。ロザリア王女殿下は『国のために生きる』とおっしゃられていました」
柔らかく語った言葉に、女王様は目を丸く見開いてきた。
次期女王失格の烙印を押した王女の口からそんな言葉が出るなど、とても信じられなかったのだろう。
「驚いた。あの子がそんなことを……。やはり貴方は惜しいわ。けれど、引きとめるわけにはいきませんね。カイル大尉、三ヶ月間お疲れさまでした。国に帰ったらゆっくりなさってくださいね」
女王陛下はにこりと微笑みかけてくださり、残念そうに言葉を重ねていく。
「明日は婚約の儀であわただしいと思いますし、もしかしたら見送りが出来ないかもしれません」
寂し気なお顔で話される女王陛下を見上げて、にっと微笑む。
「いえ。私としても、盛大な見送りでない方がありがたいです」
――また、すぐにここへと帰って来られるかもしれませんから。
言いかけたその言葉を、僕は必死に飲み込んでいったのだった。
――・――・――・――・――・――・――
ロゼッタ第一王女の婚約の儀式の日。
つまり……ノースランドの兵士たちが祖国へと発つ日。
その日は、よく晴れた朝を迎えた。
第一王女の婚約の儀が行われるというだけあって、城内は朝からあわただしく、侍女たちは右に左にせわしなく動き回り、外では護衛に選抜された兵士たちが真剣な表情で、最終訓練を行っている。
儀式は今日、ロゼッタから徒歩で一時間程度の場所にある『女神の塔』というところで行うらしい。
塔の最上階である五階に礼拝堂があり、そこで神父、シスター、王女、王子の四人で婚約の儀式を行うのだそうだ。
その間に、三階ではロゼッタ女王がジェームズ中佐一名を護衛に従えて祈りを捧げ、三階と五階でそれぞれ婚約成立のサインをし、ようやく婚約の儀式が終了する。
そんな流れらしい。
使うことのない一階と二階、四階も人の出入りは許されず封鎖され、塔の内部にいられるのはこの六名のみ。
侍女たちは城で待機、護衛の兵士たちも塔の周囲で見張りをすることが義務付けられている、とジェームズ中佐が昨日教えてくれた。
この儀式が終われば、王女様はシュタールの王子と婚約……いや、結婚したも同然になってしまう。
悶々とした気持ちのまま三ヶ月間過ごした部屋を出て、荷物の入った袋を担ぎ、何度も通ったあの廊下を歩いていく。
そして、以前王女様をよく見かけていた庭で足を止めた。
光射す静かな庭には、主が不在のベンチがひっそりとたたずんでいる。
ぼんやり見つめていると、ふと、ロザリア王女が一人で静かに泣く姿が浮かびあがった。
不器用で、ずっと孤独だった王女様。
そんな彼女がいま、自分を変えようと必死に努力しているのだ。
サウスの商人や国、他の誰が何を企んでいようと関係ない。僕は必ず、貴女を守ってみせる。
もう二度と、あんなふうに一人で泣かせたりはさせませんから。
誰もいないベンチを見つめて誓いを立てた僕は、強くこぶしを握り、城門へと歩みを進めていった。
――・――・――・――・――・――・――
婚約の儀式の準備で忙しいのか、ロザリア王女やヘレナ女王には会えないままで、城門にたどり着いてしまい、その時を迎えた。
「三ヶ月間ありがとうございました」
荷物を馬に乗せて、僕と部下たちは振り返る。
やはり僕たちを見送るだけの時間はないのか、見習いの兵士や隙間時間に手の空いた侍女など、集まってくれたのはごく少数だ。
「皆様、ぜひまた遊びにいらして下さいね」
「寂しい、寂しいっすよ――ッ!」
「俺、もっと強くなって、いつかカイル大尉に絶対勝ちますから!」
こんなに忙しい中でも皆、よそ者の僕たちに温かい言葉をくれる。
お高くとまっていけすかない国だと思っていた、過去の自分を殴りつけてやりたくなった。
「とても楽しい三ヶ月でした。また、会いましょう!」
大きく手を振りながら馬をひいて歩き、ロゼッタの城へと別れを告げる。
城門を出たあとすぐ、もう一度振り返って城を見つめると、小さな窓から長い金髪の女性が僕を見ていたような、そんな気がした。




