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王女の更生も楽じゃない!  作者: 星影さき
第三章 葛藤
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王女の決意

 調査を進める僕に残された時間は、あと数日。

 

 訓練が午前で終わる今日は、午後からずっと城下を調べていたのだけれど、やはり結果は出ないまま。

 敵もそう簡単には尻尾を見せないだろうし、こうなるともう、無闇やたらに探し回っても仕方ない。

 体力を無駄に消耗するだけだ。


 寝てみれば何か名案が思いつくかもしれない。

 そう思って、昼寝をしようと人気(ひとけ)の無い場所を探してさ迷う。

 冬に片足を突っ込んでいるこの季節でも、場所を選べばまだ暖かいのだ。


 ベンチや芝生、花壇の隣……とにかく日の当たっているところに片っ端から視線を送っていると、誰かを探しているかのように庭をうろついている王女様とメリダさんが視界に飛び込んできた。



「誰かをお探しですか?」

 二人に近寄って声をかけると、王女様はなぜか僕の顔を見て嬉しそうに微笑んできた。


「カイル! ちょうど貴方を探していたの」


「僕を、ですか?」

 僕に何の用があるのだろうか、と首をかしげる。

 すると、メリダさんは気を使ってくれたのか、僕らから少し離れた木の下へと位置どっていった。



「あのね、話したいことがあったのよ。私の、婚約話について」

 彼女の言葉に、ずきりと胸が痛むのを感じ、一瞬目の前が暗くなったような気がした。


「シュタール王国のディーノ王子殿下と婚約をされるそうですね」

 平静を装って微笑むと、王女様は得意気な顔を見せてきた。


「ええ。いい相手でしょう?」



 心を(えぐ)ってくる言葉にわずかに(いら)つき、王女様に聞こえない程度に小さく息を吐いた。


「確かに、国益を考えればよい相手でしょう。ですが、どうして結婚を急がれるのです? 貴女様なら地位もある。相手選びを急ぐ必要はないでしょうに。周りからの圧力でもあったんですか?」


 僕の問いかけに、王女様は困ったように笑う。

 その姿は、駄々をこねる子どもを、呆れたように見つめる母親のそれによく似ていた。



「急ぐも何も、私はもうとっくに適齢期を迎えているわ。それに、勘違いしないで頂戴。この結婚は誰の意見も聞かないで、私自身が考えて決めたんだから。私も次期女王として、国のためになることをしたいと思ったの!」


 勘違いするな、と話す彼女の顔はわずかにむくれていて、普段見せないその表情がたまらなく愛おしく思える。

 やはり僕は相当、このひとの毒にやられているようだ。


 しかも、彼女はそれを無意識に撒き散らしてくるもんだから、始末に負えない。

 本当の毒なら薬で治るが、こればっかりはどうやっても治りそうにない。


 懲りもせずに彼女に触れたくて仕方なくなる自分に呆れ返ってしまう。



 そんなこっちの葛藤など知らない王女様は、僕を見上げてふわりと柔らかく微笑んできて。


「ねぇ、カイル。いままでありがとう。貴方のおかげで私は道を踏み外さずに済んだ」


「道を……踏み外す?」

 その言葉を疑問に思い、そのまま言葉を返していくと、王女様は視線を落として自嘲するように笑った。



「もし貴方に会えなかったら、私はきっと、マバルの葉で自分を狂わせていたか、もしくは母を殺していたわ……そうしないと孤独の痛みに耐えられないと思っていたから」


「ヘレナ女王を殺すとは、なぜです?」

 物騒すぎるセリフにそう聞かずにはいられなかった。

 王女が女王を殺すなど、決してあってはならないことだし、彼女が母親を殺す理由が何一つ思い浮かばなかったのだ。


 僕の問いに王女様はしばし沈黙していたけれど、意を決したのか、静かに口を開いた。



「ティアやクライブだけじゃなくて、あの頃の私は、とにかく全てが憎くて仕方がなかった。自分の心を殺して頑張っていたのに人は離れていくし、自分でもどうしたらいいのかわからなくなっていて。だからいっそのこと、ロゼッタもノースランドも、全てを壊したくなって……本当に愚かよね」


 思いもよらないカミングアウトに言葉を失ってしまう。

 そこまで思い詰めるほど、彼女は自身の地位に踊らされ、孤独に疲れていたのだ。


 確かに王女様は本音を隠そうとする癖があるけれど、どうしてこうなるまでに誰も気付いてやれなかったのだろう。


 そう思いかけた一方で、人のことを言えない自分に気付く。

 言われてようやく気付いた僕も同罪なのだ、と。



「貴女様の苦しみに気付けなくて、申し訳ありません」

 悔いる僕に、王女様は柔らかい表情を浮かべて首を横に振ってきた。


「だけど、貴方に会って気づいたの。私がずっと欲しかったのは、クライブでもなく、ティアが大切にしているものでもなかった。私はずっと、こんな弱い自分をも認めてくれる誰か、つまりはきっと……貴方を探していた」


「僕、を……?」


「ええ。カイルが認めてくれたから強くなれる気がしたし、私も貴方のように、自分の信念に従って生きたいって思ったの。いつか私が女王になったら、ロゼッタを今よりももっと豊かな国にしたいなぁ。貴族も平民も、兵士も、誰もが笑って幸せに暮らせるような、そんな国に」


 ロザリア王女は広がる青い空をキラキラとした瞳で見つめていく。

 その笑顔は清く、儚くも美しい。凛と咲き誇る一本の薔薇の花のようだった。



 空から徐々に視線を落としてきた王女様は、まっすぐに僕を見つめてきて。

 琥珀(こはく)に似た澄んだ瞳は、出会った頃とは違い、強い意志の光が宿っているように見える。


 そして、何も言えないままの僕に、にこりと微笑みかけてきた。


「これまでロゼッタに迷惑をかけてきたぶん、一番良い国の王子を結婚相手に選択したつもり。私はロゼッタの次期女王として国のために生きるわ。だから、カイル……貴方も祖国のために生きて。会えなくなるのは寂しいけれど、お互いにそれぞれの場所で頑張りましょう」


 色白の滑らかな手が、僕の目の前に差し出されている。


 けれど、僕はその手を取らないまま、睨みつけるように王女様を見つめた。



「……ですが、やはり結婚を急ぐ必要はないのでは。ディーノ王子殿下は、貴女が愛した人ではないのでしょう?」


 こんな説得をしたところで何の意味もないのはわかっている。

 ロザリア王女は一度決めたら絶対に引かない頑固なひと、そんなことは僕が一番知っているのだから。


 それでも僕は……愛する人の心を変えようとせずにはいられなかった。



 だが、僕の予想通り、ロザリア王女の意思は決して揺らぐことはない。

 表情一つ変えることもないまま、王女様は差し出した手を静かに引っ込めて、そっと自身の胸へとあてていった。


「そうね。この婚約に愛はないわ。でも、だからこそ今すぐでなければいけないの。これ以上……この心が奪われてしまわないように」


「どういうことです?」


 意味を問うと、王女様はにこりと微笑んできて。



 久しぶりに見た、見る者全てを(とりこ)にしてきた、完璧なほどに美しい顔。

 それは――僕の大嫌いな、あの作り笑顔だった。


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