カイルの調査
エリィさんがマバルの葉を王女様に渡した、か。
去っていくメリダさんの後ろ姿を見つめて、小さく息を吐きだした。
ここを発つ前にメリダさんと話せて、エリィさんについて教えてもらえて、本当に良かった。
三カ月の期限はすぐそこまで迫ってきているけれど、このまま国に帰るわけにはいかない。
以前にも増してそう思う。
これは最早、僕個人の問題じゃない。
間違いなく、王女様のすぐそばで不穏な気配がうごめいている。
ノースランド王国の同盟国であるロゼッタ女王国に、危機が迫っているのだ。
メリダさんから新たな情報を得て、いてもたってもいられなくなった。
こうなってしまうと、一分一秒さえ惜しく感じてしまう。
王女様や侍女について詳しそうな人は……と考えてみたところ、はじめに浮かんだのは、口ひげがダンディで人当たりのいいジェームズ中佐だった。
彼がまだ城内にいることに賭けて、食堂や訓練場、庭など、彼がいそうな場所をかけて回った。
けれど、どこを探しても見つからないし、目撃情報すらない。
さすがにもう帰ってしまったかと肩を落としていると、城壁の陰に隠れるように立つ男の姿が目に飛び込んできた。
「ああ……こんなところにいらっしゃった」
突然声をかけたからか、ジェームズ中佐はびくりと震えて、何かを後ろに隠していく。
だが、僕の顔を見た途端、ほっと安堵の吐息を吐き出し、安心したように微笑んできた。
「良かった。君か」
中佐は後ろ手に隠したパイプを取り出してくわえ、深く吸いこむ。
「パイプ、お好きなんですか?」
口をすぼめて煙を吐き出したジェームズ中佐は、ばつが悪そうな表情を見せて笑った。
その顔は、剣を手に取った時のそれとはまるで別人だ。
「こればっかりは、どうしてもやめられなくてね。妻に禁煙したと言った手前、家では吸えないだろう? だから、こうやってから帰っているんだ。恥ずかしいところを見られてしまったな」
「そういうことなら、内緒にしておきましょう」
いつもは悠々としている彼の慌てた様子がなんだかおかしくて、思わず笑ってしまうと、ジェームズ中佐もまた苦笑いをしてきた。
「助かるよ。それより君が私を探すなんて珍しい。どうしたんだい」
柔らかな問いかけに笑顔を崩し、真剣な表情を浮かべた。
「エリィさんとメリダさん。お二人について、うかがいたいのです」
他国の兵士が王女の侍女に興味を持つのがおかしいことだというのは、重々承知している。
けれどもう『知りたい』という欲を抑えることはできなかったのだ。
僕を不審に思ったのか、ジェームズ中佐は声のトーンを落とし、表情を険しいものへと変えてきた。
「二人と何かあったのか?」
「あ、いえ。何か、というほどではないです。二人とも侍女のわりに気配が異質というのが気にかかりまして……」
二人の気配がおかしい。
そんなの初めて見た時から気付いていたけれど、誤魔化すために話していく。
すると、中佐はほっとしたように表情が緩ませ、声をあげて笑った。
「まぁそりゃそうだろう。あの二人は侍女の他に、王女殿下の護衛という役割も担っているんだから。基本的にメリダは週四日、エリィは週三日で護衛をしていたはずだ。ただ、最近はシュタールとの婚約話の裏方で忙しいのか、メリダが護衛をしているのは見かけないな」
メリダさんを見かけない、か。
彼女は一体、何をしているのだろう。
エリィさんの様子を隠れて見張っているのだろうか。
「それで、二人の性格はどんな感じなんです? いつから王女の侍女に」
快く答えてくれるジェームズ中佐に、更に踏み込んだ質問を重ねる。
「二人の性格? うむ、そうだな。二人とも王女殿下付きの侍女をするだけあって、出来る女だと私は思うよ。ただ、メリダは殿下に対して過保護で、エリィは反対に厳しすぎる。エリィなんかは、王女殿下を相手に説教をしている時もあったな。今も首が繋がっているのが不思議なくらいのキツーイやつをね」
「それは……よくエリィさんは今も、侍女でいられますね」
エリィさんの説教という言葉に、怒りに満ちた顔を思い出して苦笑いをする。
吊り上がった猫目で睨まれ、あの勢いで罵られたら、さすがの王女様でも恐怖を覚えてしまうことだろう。
「ま、王女が十を過ぎた頃から三人は一緒にいるからな。ロザリア王女殿下も信頼してらっしゃるんだろう。侍女というより、王女の姉妹のように見える時もあるくらいさ」
「なるほど。エリィさんは厳しい人……ですか」
楽しそうに笑うジェームズ中佐とは反対に、僕は考え事をしながらうなずいた。
「おや、やけに真剣な顔じゃないか。君には仮面の女性がいるだろう? まさか、もう浮ついているのかい?」
「いえ。それも含めて調べているんですよ」
にこりと微笑んで答える。
彼には何一つ間違ったことは言っていない。その代わりに本当のことも話せていないけれど。
「ははぁ、わかったぞ。仮面の女は二人のうちのどちらかということか」
探偵気取りの僕に張りあっているかのように、ジェームズ中佐は得意気に推理を披露してくる。
いっそのこと全て話してしまおうかとも思うけれど、さすがにそういうわけにはいかない。
確たる証拠もなく、単なる推測の段階で余計な情報をばらまき、周囲をかき回すのは、どう考えたって悪手。
敵味方がはっきりするまでは、ジェームズ中佐も疑ってかかるべき相手なのだ。
「何も返さないということは、図星なんだろう?」
「さぁ、どうでしょうか」
はぐらかしていくと、中佐はにやにやと楽しげな顔で笑う。
「あの二人のどちらかが相手とは、なかなか厳しそうだな。健闘を祈るよ」
煙を吐く彼に「ありがとうございます」と礼を言った僕は、まっすぐ部屋に戻っていった。
――・――・――・――・――・――
そしてそれから数日間、僕はマバルの葉の入手経路について独自に調査を進めていた。
だが、やはりなかなか闇のルートとなると追跡するのが困難で。
サウスの闇商人と王女様の侍女がどのようにして繋がったのか、尻尾さえつかめない。
そうやって時間が無情に過ぎゆく中、王女様の周りにも動きが見られていた。
ロザリア王女とシュタール王国のディーノ王子の婚約話は、やはりただの噂話ではなかったようで、いつの間にやら、それが本格的に決まっていたのだ。
結婚の日取りは決まっていないようだけれど、婚約の儀式は今月の終わりに、ロゼッタにある女神の塔で行うらしい。
ノースランドではそんな儀式があるなど聞いたことがないため、恐らくこれはロゼッタ特有のものなのだろう。
婚約の儀式を終えたあとは婚約の解消は出来ないため、婚約はほぼ結婚と同義なんだ、と昨日ジェームズ中佐が教えてくれた。
そして、今月の終わりというのは何の因果か、僕たちが剣術指南を終え、この国を発つ日に重なっている。
なんでも、これから先数ヶ月間の中で、最も縁起のいい日がその日にあたるとのことだった。
近頃、城内の人々は、シュタール王国の王子との婚姻という願ってもないニュースに浮き足立っている。
メリダさんも言っていたけれど、やはりシュタール王国は友好関係を結ぶには申し分ない相手で、絶対に成功させたい結婚なのだろう。
婿候補のシュタール王国第二王子ディーノ殿下は、利発で温厚な人物だと聞く。
ロザリア王女も彼と結ばれれば、幸せな家庭が築けるかもしれない。
重圧に押しつぶされそうになる夜も、なくなるかもしれない。
それを思うと、これから自分がしようとしていることは、ただのエゴではないかとさえ思えてくる。
だけど、不安の芽が少しでもある以上、楽観視するべきではないんだ。
僕が選択を間違えたら、全てが壊される可能性だって残っているのだから。
自室で机に向かい、目の前の紙を見つめていく。
ふと王女様が『立派な女王になりたい』と相談をしてきた時の事を思い出す。
僕は王女様に『信念』そして『状況を見極める力』が必要だ、と伝えたんだ。
じゃあ、僕の信念は?
僕が王国軍に入った、その理由は……?
いま一番必要な行動は、一体何だ。
「クライブ陛下、すみません……僕は兵士失格です」
ペンを手に取り、強く握りしめていく。
そのまま覚悟を決めて、一気に書状をしたため、翌朝最も信頼している部下にそれを託したのだった。




