変化を嫌う侍女
王女様に昼寝の邪魔をされたあの日から数日がたち、今日も剣術指南を終えて、自室への道を歩いていく。
あれ以来、ロザリア王女を見かけていない。
こんなに会えないというのもめずらしいし、もしかしたらまた避けられているのかもしれない。
ロザリア王女は突然距離を詰めてきたと思ったら、すぐに離れていく。
気まぐれな猫のような彼女が何を考えているかなんて、僕にはさっぱりわからない。
やはり糸くずの嘘がバレて警戒されたのだろうか、と考えていると、遠くから僕を呼ぶ渋い声が聞こえてきた。
「おーい、カイル殿ー!」
振り返った先にいたのは、栗色の前髪と口髭がダンディなロゼッタの中佐であるジェームズ氏だった。
「ジェームズ中佐、どうされました?」
「いや、君に話したいことがあったんだ」
向こうの方から駆けてきた中佐は少し息を乱しながら笑う。
「話したいこととは、なんでしょう」
「さらにあともう一、二ヶ月、ここで指南を続けるというのはどうかなと思ってね。うちの兵たちだって、君の目指すレベルにはまだまだ達してないだろう?」
背の高いジェームズ中佐は、真剣な瞳で見おろしてくる。
どうやら僕をひきとどめようしてくれているらしい。
そんな中佐に、困り顔を浮かべて微笑んだ。
「ありがたいお誘いですが、僕はノースランド国王によって派遣されています。勝手には決められないんですよ」
中佐はがっくりと肩を落とし、小さく息を吐いてくる。
「……やはりそう言われてしまうか。残念だよ。君と過ごす日々もなかなか楽しかったんだがね」
その姿から本当に残念がってくれていることが分かり、寂しい一方で少しの嬉しさも感じてしまう。
「ええ、僕も残念です。そうだ、ジェームズ中佐。ひとつお聞きしたいことがあったのですが」
「なんだい? 私にわかることだといいんだが」
僕はあの舞踏会の日以来、ずっと気になっていたことをジェームズ中佐に問うていく。
そして、それに対する彼の答えはこんなことだった。
「確かに君の言う通りだが、それは、どこでもそういうものではないのかい?」
中佐から得られた答えは、幸いなことに予想と重なっていて。
にこりと満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。おかげで気になる娘のことについて、先に進めそうです」
深々と礼をすると、中佐は声をあげて笑い、楽しげな顔を見せてきた。
「君みたいな色男が女性関係で悩むとは思いもよらなかったな。相手は誰だか知らないが、うまくいくように願ってるよ」
その言葉に、僕は両の口角を上げて、不敵に笑った。
「ええ。耐え忍ぶのは、趣味じゃないんです」
――・――・――・――・――・――・――
ジェームズ中佐と別れ、一人で庭を歩いていく。
「カイル様」
すると今度は、凛とした女性の声に呼び止められた。
振り返ると、黒髪を高い位置で一つにくくった、僕と同年代の女性がいた。
猫目でキツそうな印象の彼女は、白いブラウスに深緑色のスカートという、侍女の出で立ちをしている。
一度も話したことのない彼女の名を思いだすため、必死に記憶の糸をたどっていく。
――ロザリア様は、こちらにいらっしゃいませんか
――やっとエリィをまけたんだから、静かにして頂戴!
武器庫に閉じ込められた日の映像がふと脳裏に過ぎり、思い出す。
「ええと、失礼ですがエリィさん……で、よろしいですか?」
あてずっぽうで尋ねた名がどうやら当たりだったようで、真顔のまま侍女はうなずいてきた。
「はい。メリダと共に、ロザリア王女殿下の侍女をさせていただいております」
「僕に何かご用ですか?」
なぜか彼女はずっと殺気のようなものを、僕に飛ばしてきていて。
苛つく彼女を刺激しないように、柔らかく微笑みかけていく。
それがかえって悪い方向へ働いてしまったのだろう。
エリィさんは、更に不機嫌そうな顔をして、とがった声を発してきた。
「貴方様がいらっしゃってから、王女殿下は変わってしまわれました。一体、ロザリア王女殿下に何をされたんです?」
何をしたか、ねぇ。
それを聞かれてしまうと、どうしたって言葉に詰まってしまう。
簡単に話せるものから、到底口に出来ないことまで、僕には心当たりがありすぎてしまうのだ。
こういうときは……誤魔化して逃げるに限る。
「いけないことを、してしまいましたか?」
質問に対してまた質問で返し、にこりと微笑みかけると、エリィさんは綺麗な顔を鬼の形相に変えてきて。
まるで親の仇でも見るような目で睨みつけてきた。
「貴方さえいなければロザリア王女殿下は……ッ、いえ。終わったことをとやかく言っても仕方がありません」
「ロザリア王女殿下がどうされたのですか?」
僕の問いに彼女は小さくため息をついて、また飽きもせずに睨みつけてきた。
「貴方様には関係ございません。カイル様、本日は少しお願いしたいことがあって、参りました」
「お願いしたいこと?」
「ええ。私が貴方様に望むのは、三つ」
「三つ。結構多いですね」
へらっと笑うと、また睨まれた。
「一つ、今後ロザリア王女殿下に近寄らないでください。二つ、三か月の指南が終わったら必ず国へとお帰り下さい。そして、三つ目は二度とロゼッタの土は踏まないでいただきたい。これ以上あの方を変えないでください」
エリィさんは指を一つずつ伸ばして数を数えながら、僕に望みを伝えてくる。
けれど、こんなにも警戒される理由がちっともわからない。
ロザリア王女の変化が悪いものだとは、僕には到底思えないのだ。
少しずつだが、城内の者たちの王女様を見る目だって変わりつつあるし、完全にいい方向に向かっていると思うのだけれど……
それなのになぜ、エリィさんは王女様の変化を恐れているのだろう?
だけど、この様子じゃ聞いたところで答えを教えてくれるはずがないのもわかっている。
「そのお願いですが、僕の独断で決められないものもあるので了承はできません。ただ、善処するようにはいたしましょう」
ひとまず波風が立たないような返答をしていくと、エリィさんはそれで満足したのか、ぷいっとそっぽを向いて僕から離れていった。
「そのお言葉、忘れませんから」
彼女は言葉を吐き捨て、まるで何事もなかったかのように去っていったのだった。




