無自覚での行動
「そういえば……」
「何かしら」
「ロザリア王女殿下、もしかして先程の商人に心当たりがあるんじゃないですか?」
城下町での出来事を思い出し、気になった疑問を投げかけてみる。
ヘレナ女王は以前『王女がサウスの商人に入れ込んでいる』と話していたし、ロザリア王女が何かを知っている可能性は高いと思ったのだ。
しかし、返ってきた言葉はたったの三文字。
「ないわ」
「本当に、ですか?」
「ないと言っています!」
ベッドのふちに腰かけたロザリア王女は眉を寄せ、下から強く睨みつけてきた。
まぁ、確かに顔見知りという感じではなかったし『あの男を捕まえろ』と言ってきたからには、あいつと直接繋がっているわけではないのだろう。
けれど、サウスの商人に入れ込んでいるという女王の言葉と、ロゼッタ国内では使用が禁止されているマバルの葉の入手経路が気にかかる。
「僕の目を見て、知らないと言えます?」
真剣な顔で王女様を見つめると、彼女は勢いよく立ちあがってくる。
恐らく、疑われていることに腹を立てたのだろう。
怒りで顔を赤く染めて、僕のことを睨め上げてきた。
「どこまで私を侮辱すれば気がすむの!? 言えるわ」
高らかにそう言い放ってきたにも関わらず、瞳をじっと見つめていくと、ロザリア王女の視線はなぜか、ふよふよと横に泳いでいって。
「いま、目そらしましたよね」
あの闇商人と繋がっているのか、繋がっていないのか、どっちなんだよ。
そんなことを考えていると、いつもは堂々としたロザリア王女が珍しくあたふたとした様子を見せてきた。
「それは、貴方がじっと見てき……じゃなくて! 次は言えるわ!!」
王女様の顔が再び上を向いてくる。
そして、僕たちの視線が重なった瞬間、ツンとしている顔が次第に崩れはじめた。
瞳はどこかとろんとしたように熱を帯び、柔らかそうな唇もわずかに開いていく。
ロザリア王女のその顔に、艶めいた女の姿を見たような気がして。
ほんの一瞬だけ見せてきた隠しきれないほどの色に、思わず動揺が走ってしまう。
心臓が強く脈を打ち、美しいロザリア王女から瞳を離すことができない。
固まってしまった僕に、王女様はぴくりと震えてまた照れたように視線をそらしてきた。
ああ、まずい。
小さく震える長いまつげも、頼りなげに潤んだ瞳も、指通りの良さそうな金の髪も、全て可愛く感じてしまって。
なぜだか彼女を愛しく感じ、僕だけのものにしたいという欲求が膨れ上がり、抑えられなくなっていく。
操られているかのように右手が勝手に伸びて、王女様のほほから耳元にかけてそっと手をあててしまった。
ロザリア王女は小さく震えるけれど、拒む様子は見られない。
むしろ、とろんとした瞳で僕のことを見つめてくれていて。
欲望のまま徐々に顔を近づけていくと、王女様の震える息が口元をかすめてきた。
「――ッ!」
もうすぐ唇が触れるというところで、ぎりぎり残った理性が働いて、慌てて距離をとっていく。
王国軍に入る前は町で散々浮き名を流していたし、キスなんて挨拶みたいなものだった。
けれど、いまの僕は違う。そんなのは、もうやめたはずなのに……
他国の王女にいきなり口づけをしようとするだなんて、自分で自分が信じられない。
「う、あ、えと……」
顔を真っ赤に染めたロザリア王女は別人のように動揺し、この場から逃げようと走り出す。
けれど、すぐに足の痛みに顔をゆがませていった。
「そんな風に動いたら……!」
慌てて近寄ると、ロザリア王女は僕の手を払いのけて扉を指差し、今にも泣きだしてしまいそうな目で睨み付けてきて。
「だったら出ていきなさい、今すぐに! これは王女命令です」
強く放たれた言葉と向けられた瞳に、つきりと胸が痛む。
けれど、これ以上ここで何かを言ったところで火に油を注ぐだけだ。
そもそも彼女をこうさせたのは僕で、これ以上危険な男がそばにいたら気も休まらないだろう。
「侍女を呼んで参りますので、そこにいらしてください」
そう言って医務室を出ていき、自分のした愚かな行為を廊下で猛烈に反省した。
さすがにあれはいけなかった。
他国の王女に一兵士がキスをしようとするなど、天地がひっくりかえっても許されることではない。
あの薔薇色の唇に触れることなく、未遂で済んで、本当によかった。
僕は壁にもたれて項垂れ、安堵のそれとはまた違う、複雑な感情のこもったため息を小さく吐き出したのだった。




