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第十五章 観光写真の裏  

直人は伊勢から京都に移動した。

 白いカローラで名阪国道を走り、天理から京都南インターへ抜ける。九月半ばの京都は残暑が厳しく、盆地特有の蒸し暑さが街を覆っている。

 五点座標の「京都」が示す地点は、京都御所ではなかった。

 御所から南西に約三キロ。東寺——正確には教王護国寺の五重塔の近くだ。

 直人は東寺を訪れた。国宝の五重塔は高さ五十四・八メートル、現存する日本最古の木造塔だ。修復士として何度も見てきた建造物だが、今日は別の目で見ている。

 早川の座標が示す正確な地点は、五重塔の基壇——土台の石積みの北東角だった。

 直人は基壇に近づき、石の表面を観察した。東寺の五重塔は観光客が多い。カメラを構えていても不自然ではない。

 だが、問題があった。基壇の北東角は、通常の拝観ルートからやや外れた場所にある。柵の内側だ。

 直人は望遠レンズを使い、柵の外から石の表面を撮影した。画像を拡大する。

 刻印は——見つからなかった。

 直人は角度を変え、時間を変え、光の条件を変えて何度も撮影した。だが、皇居や伊勢で見つかったような刻印は確認できない。

 三時間粘った末、直人は諦めかけた。

 そのとき、スマートフォンに早川からメッセージが来た。

『先輩。京都の座標、もう一回検証しました。誤差範囲を広げると、五重塔の基壇じゃなくて、五重塔そのものを指してる可能性があります。高さ方向のデータが含まれてたんすけど、最初のスキャンでは見落としてました。高さ約三十メートル。五重塔の第三層の軒裏あたりです。』

 直人は五重塔を見上げた。第三層。地上約三十メートル。

 登れない。一般公開されていない。修復の名目でも、文化庁と東寺の許可が必要だ。それには数ヶ月かかる。

 だが——

 直人は周囲を見回した。観光客が五重塔の写真を撮っている。あらゆる角度から、あらゆるレンズで。

 その写真の中に、答えがあるかもしれない。

 直人はスマートフォンで画像検索を行った。「東寺 五重塔 第三層 軒裏」。膨大な数の観光写真がヒットする。

 望遠で撮影された高精細な写真を一枚ずつ確認していく。木組みの細部。瓦の紋様。軒裏の垂木。

 三十七枚目の写真で、直人の目が止まった。

 アマチュアカメラマンが超望遠レンズで撮影した写真。第三層の軒裏に、垂木と垂木の間のわずかな隙間が写っている。

 その隙間の奥——木材の表面に、極めて小さな彫刻が施されていた。

 直人は画像を最大限に拡大した。解像度の限界ギリギリ。だが——見える。

 円の中の崩し字。

 刻印だ。

 観光写真の中に、暗号が映り込んでいた。何万人もの観光客が撮影し、SNSに投稿し、誰一人として気づかなかった。

 直人は写真の投稿者のプロフィールを確認した。京都在住の風景写真家。フォロワー三千人程度のアマチュアだ。本人はまったく気づいていないだろう。

 直人はその写真を保存し、早川に送った。

『京都の刻印、観光写真から発見。第三層軒裏。実地確認は困難だが、画像での照合は可能だ。頼む。』

 早川の返信。

『了解っす。にしても、観光写真に国家の暗号が映り込んでるって、なんかシュールっすね。インスタに「#隠された国家コード」とか付けて投稿したら、バズるかな。』

『やめろ。』

『冗談っすよ。でもSNS炎上とかしたら面白——いや、しません。解析始めます。』

 直人はスマートフォンをしまい、五重塔を見上げた。

 千二百年前から立ち続ける塔。何度も焼失し、何度も再建された。現在の塔は江戸時代の再建だ。

 しかし——刻印が第三層の軒裏にあるということは、江戸時代の再建時に刻まれた可能性が高い。幕末の修理、あるいは明治初期の修繕時に紛れ込ませたのかもしれない。

 皇居の石垣、伊勢の石碑、出雲の用水路底板、京都の五重塔。四つの座標すべてに、同じ刻印が存在する。

 残るは——沖縄。

 五点目。断絶の点。

 直人は京都を発つ前に、もう一箇所だけ寄ることにした。

 京都府立総合資料館。ここに、明治初期の京都府の行政文書が保管されている。太政官文書が示した日付——明治元年九月六日——に京都で何があったのか、地方の記録から辿れるかもしれない。

 直人は資料館に向かった。暗号の糸は、まだ途切れていない。

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