H-688 こんな場所にもコクーンがあった
地下資材庫への搬入口に向かう斜路の途中に2つの部屋がある。
ちょっとした広場の左右にあるんだが、左手の部屋にはゾンビがかなりいるようだ。ここまで聞こえてくるざわめきから推測すると、100体を超えていることは間違いない。だが右手の部屋からは何も聴こえてこないんだよなぁ。だが無音ということではない。何かが動く音がするんだが声を出すような生物ではないらしい。
案外ゴキブリかもしれないな。ゾンビだって何も食べないということは無いからね。ニューヨークのようにネズミを飼育しているということはなさそうだ。
「リトルジャックの設置が終了です。始めますよ!」
「早めに終わらせましょう。ところで資材庫の方は?」
「軍曹、作戦開始だ! ……すでに始めています。行ってみましょう」
ジョルジュさんの話が終わらない内に、ブザーが煩い音を立て始めた。此処にいるとイライラが募るばかりだからなぁ。ジョルジュさんの後に付いていくことにした。
資材庫の大きな扉の前にいたのは工兵部隊の1チームだ。
さすがに陸軍や海兵に扉を開けさせようとは考えていなかったみたいだな。
シャッターのようにも見えたんだが、少し変わっているんだよなぁ。横方向に何本もの鉄骨が渡されてるからシャッターに見えたのかもしれない。
「これって、どう開くんでしょうね? 横にスライドするのか、それとも広場の方向に回転して開くのか……」
「これは上に向かって開くんですよ。よく見ると扉に3つの関節部があるのが分かると思います。単に上に扉が上がるのではなく。天井方向にスライドするんです」
巻き取るのではなく天井方向にスライドさせるのか! 初めて見るな。
「その構造に問題があるんですよ。資材庫が戦闘に巻き込まれないようにしたんでしょうが、これだと油圧機構を動かさないことには開くことが出来ません。此処に小型発電機を用意すれば動かすことは可能でしょう。今回は資材庫の中の調査という事ですから、この点検口を開けようとしているのですが、ずっと空けたことが無かったんでしょうね。ボルトが全て腐食して固着していました」
それでバーナーを使って焼き切っているのか!
直径1m程の点検口が扉の下部に付いていたんだけど、いざという時に開けられないんでは点検口とは言えないだろうな。
「それで開けられるのかい?」
「ボルトの頭を焼き切って、向こう側に突き通します。それで開けられると思うのですが、それでもダメならボルト穴を通して内部をファイバースコープで確認することになります。どちらになるか分かりませんが、日付が変わる前には資材庫内の概略報告が出来るでしょう」
2時間後にはある程度状況が分かるという事かな。
俺達が手伝えることは無さそうだからなぁ。電動カートまで戻って、柵越しに両扉の先を眺めることにした。
「この広場とさほど距離が離れているとは思えませんが、なぜあの部屋のゾンビはこの広場に移動しなかったんでしょうね?」
「案外、あの部屋に秘密があるかもしれません。リトルジャック2つが作動しているにも関わらず、半数も集まって来ないんですからね。こんな事は今までになかったことです」
まさかとは思うんだが、コクーンでもあるんだろうか?
メデューサがゾンビを介して人間を新たな宿主にする段階は過ぎたという事なのかもしれないが、その判断は生物学研究所の博士達に委ねよう。
ここでの知見をオリーさんに話せば、しっかりとした報告書にまとめてくれるに違いない。
「リトルジャックが炸裂した後で、あの部屋の様子をドローンで確認してください。リトルジャックを無視する何らかの理由があるはずです」
「了解しました。私も気になりますね。でも半数が部屋に残ったとなると……」
「汎用ドローンであの部屋に爆弾を運ぶしかなさそうです。迫撃砲弾は飛行距離が短いと信管のセーフティが外れないようですから、投下して10秒程度で爆発するよう遅延信管の付いたプラスチック爆弾を抱かせましょう」
「なるほど、至近距離での爆撃という事ですか。それは早めに用意して貰いましょう」
ジョルジュさんが自ら強襲揚陸艦に、ちょっと変わった爆弾の緊急製作を要請している。
また聞きしていると、どうやらリトルジャックの構造体を利用して製作するようだな。
汎用ドローンでの投下が前提だから、その方法が一番確実に違いない。
2人でタバコを燻らせていると、煩かったブザーの音が突然停止した。
10分後には炸裂だな。
柵から両扉の奥を覗いてみると、やはり前に見た時と同じようなゾンビの数だ。数が少ないから、案外リトルジャックの炸裂で一掃できそうにも思える。
数が多いとなぁ……。ゾンビが盾になってしまうんだよねぇ。
全員が息を潜めて時計を覗いている。
ジョルジュさんのカウントダウンの声だけが聞こえてくる。
カウント『ゼロ』を告げて、一呼吸……。リトルジャックの炸裂音が聞こえて来た。
ヘッドホンをしっかりと手で押さえていても結構響くんだよなぁ。
集音装置で両扉の奥を探ろうと柵に向かっている俺の頭上を、小型ドローンが飛んで行った。
さて何を映してくれるんだろう?
リトルジャックの周囲に立っているゾンビはいないようだ。やはりまばらな集まりだとリトルジャックはかなり使えるんだよねぇ。
ゆっくりとトンネル内に倒れたゾンビに集音装置を向けていく。
まだ声を出しているゾンビはいるようだ。近付くときには注意しないといけないな。それよりも部屋の奥から聞こえるゾンビの声がかなり明瞭に聞こえる。
統率型が2体に戦士型が4体だな。上手く次の手段で倒せれば良いんだが倒し切れない時にはグレネード弾を乱射することになりかねない。
柵から離れて、カートに乗せてあるモニターに向かう。
そこにいたのは口をポカンと開けたバーネストとジョルジュさんだった。いったい何を見ているんだ?
近づいてモニターの映し出された部屋の状況を眺めたら、すぐに原因が分かった。
数十以上のコクーンがぶら下がっている。
あれから5年だからなぁ。新た宿主を得られないという事がメデューサの進化のトリガーを引いたようだ。
これでコクーンを見た場所は3か所になる。メデューサ同士が連絡柄を取り合える距離ではないからメデューサの進化の方向性が同じであったという事になるんだろう。
となれば、やはり進化の最先端を行くニューヨークにどんなゾンビが現れるかを注意する必要がありそうだ。
「コクーンですね。あの中にゾンビが入っています。厄介なのは、どんなゾンビなのか開けてみないと分からないんですよねぇ……」
「全て破壊で良いんですよね?」
「そうしてください。護衛がいますから、爆弾で倒し切れない時にはグレネード弾を一気に叩きこみますよ」
俺の言葉に頷くと、点を仰いで溜息を吐いている。
ちょっとショックな光景だったかな。
だけど地下施設のゾンビをこれから倒していくんだから、この先ずっと見ることになるんだろうな。
「汎用ドローンの爆撃を行うまでは、資材庫の方にいます。あっちの状況も気になるんですよねぇ」
「さて、どうなったかな?」
俺の言葉にジョルジュさんが相槌を打つ。ジョルジュさんも気になるようだな。
元は海軍航空部隊の駐屯地だからなぁ。俺達とは使う兵器が異なるからね。どんな兵器を貯め込んでいたか、ジョルジュさんも気になるらしい。
資材庫の扉前に行くと、工兵達が小さなモニターを覗いていた。
やはり点検口は開けることが出来なかったようだ。ファイバースコープをボルト穴に通して資材庫の中を確認することになってしまったようだな。
「どうですか?」
「っ! ……大尉殿達でしたか」
急に声を掛けたから工兵チームを率いる伍長が驚いたのかな? ビクッ!と体を一瞬硬直させたからね。後ろを振り返って俺達を確認したのだろう。ホッとした表情で返答してくれた。
「高解像度のファイバースコープですから、木箱のバーコードをしっかり確認出来ました。手前の方は、空対空ミサイルですね。スパローにサイドワインダーがかなりあるようです」
「ゾンビの姿は?」
「既に10分以上確認していますが、ゾンビの姿は確認出来ておりません」
やはりいないんだろうな。
資材庫の中を調査する前に再度確認した方が良さそうだけど、それには発電機を運んで来てこの扉を開かないといけないんだよなぁ。
今回の作戦は、ここまでかな。
カートまで戻って、バーネストにコーヒーを淹れて貰う。
コーヒーを飲みながら分隊長達を集めて、今回の作戦行動と成果の確認をする。
既に日付が変っているんだけど、まだ斜路の途中の部屋のゾンビの最終確認は終えていない。
それが済んだところで、管制事務所に戻ることになりそうだ。
ここで一晩過ごすことになるのかな?
それなら、倒したゾンビの確認を手伝ってこよう。
マーリンを担いで、両扉の先に進む。
斜路を上っていくと、小さな広場の左右に部屋がある。開いているのは左手だけだ。
右の部屋が気になるけど、リトルジャックのブザーの音に反応して部屋から出てくるゾンビはいなかったようだ。部屋のドアにノブを回してみると、ロックはされいないようだ。
だが、その音に反応して部屋の中にザァーという音が聞こえた。
何となく中に何がいるのか分かった気がする。ここは開けずにデュラハンに任せてみよう。デュラハンの頭は焼夷弾だからなぁ。部屋の中を綺麗に焼き払ってくれるに違いない。
「大尉! 来てくれたんですか? でも少し遅かったですね。粗方終わりました。次はその部屋になりますか……」
「ここは、デュラハンに任せるよ。あまり見たい代物ではない気がするんだよね。それより誰かカメラを持ってないかな? この先の扉が開いているようだから、周辺を撮影して来ようかと思うんだ」
「それなら私達が撮影してきます。確かにどんな場所なのか気になりますね」
皆が動いてくれるんだよなぁ。確かに俺の存在は一時的なものだから、あまり期待しないようにと考えているのかもしれない。
確かに俺がいなくとも、皆が色々と考えてくれる部隊になっているみたいだ。
この作戦が終了したら、心おきなくデンバーに戻れそうだな。




