H-687 たとえ動かずとも監視はしないと
資材庫前の広場に3個のリトルジャックを仕掛ける。半ば開きかけた両扉近くだから、電動カートの柵からではリトルジャックを見ることが出来ない。
クレイモアの炸裂で鉄球が直接飛んでくることはないだろうが、壁に跳ね返ってここまで跳んで来ないとも限らない。
グレネードランチャーを装備した兵士はポリカーボネイトの盾の後ろだし、俺達はカーゴの後ろに待機してその時を待つ。
「ブザーの吹鳴は1500時丁度。30分後に作動を停止し、10分後に炸裂します」
「吹鳴まで7分だね。広場の出口にベンチを並べたけど、それを越えない限り銃撃は止めておこう。こっちに群れが来ないとも限らない」
「しっかりと兵士達に伝えてあります。残り5分……。しばらくはここで待機ですね」
30分の待機だからなぁ。ブザーの音も煩いだろうから、兵士を後方に下げても良さそうだな。
とはいえ数人は盾付近で待機して貰わねばなるまい。
交代しながらの待機なら、少しぐらいの煩さは我慢できそうだ。
俺の考えをジョルジュさんに伝えると、直ぐに賛成してくれた。
バーネストを連れて後方に下がり、モニターで状況を見守ろう。
突然ブザーの音が聞こえてきた。同時に3つだからなぁ。確かに煩いんだよなぁ。イライラしてくるんだよね。
「案外不快な音ですね。これなら寝坊していても起きられそうです」
「かなり改造しているみたいだね。さすがにこれを売るとなると、別の問題が起こりそうだ」
一戸建てならともかく、アパート暮らしなら隣近所から抗議されかねない。
アメリカは訴訟世界だと聞いたことがあるけど、安眠妨害で告訴されたらどんな罪を追わねばならないんだろう? 保証金で解決できるのかな。それとも刑務所に入ることになるんだろうか?
「だいぶ集まっています。たまにトンネルに入ろうとしてベンチに気付くゾンビも出てきたようです」
「ベンチを越えたなら銃撃だ。ジョルジュ中尉が監視している兵士の銃にサプレッサーを付けていることを確認してくれた。あの騒音だからなぁ。銃声に気付かないかもしれないね」
兵士達がジッと広場を見てるんだよなぁ。ベンチを越えたなら,たとえ1体だとしても数人で同時に銃撃しそうだな。
「それで変わったゾンビはいたんですか?」
「統率型が2体混じっている。戦士型は数体ぐらいだろうな。ブザーの音が煩くてはっきりしないんだ」
ヘッドホンを外して、耳栓をしているから俺とバーネストの会話は普段より大声になってしまう。
とりあえずブザーが吹鳴している間は、ここにやってくるゾンビはいないみたいだな。
ジッと広場の様子を眺めていたジョルジュさんの肩を叩いて、コーヒーポットを見せる。
笑みを浮かべて頷いてくれたから、取り出したカップにコーヒーを注いであげた。
「ちょっと緊張していました。今地はまだ待機ですからね。リラックスしていようとは思っていたんですが……」
「ゾンビの群れを見ればそうなりますよ。でもまだこちらにやってくる気配はありませんから大丈夫でしょう。でもブザーが止まったら直ぐにグレネードランチャーを前に出してください。たぶん直ぐに来るはずです」
直ぐといっても2、3分の余裕はあるだろう。
ゾンビが統率型の指揮に従った時が問題だ。その時は集まった全てのゾンビが同一行動をとるからなぁ。
腕時計をジッと眺めていたジョルジュさんがカウントを呟く。
『ゼロ』と呟いて広場に顔を向けると、少しの間をおいて広場のリトルジャックが炸裂した。
リトルジャックはクレイモアを3つ三角錐の側面に張り付けたものだ。本来のジャックは炸裂時に2m程飛び上がるんだけど、クレイモアはその場で炸裂する。それでも1個当たり200個ほどの鋼球が周囲に飛び散るんだからなぁ。それが3個もあるんだから合計で9つのクレイモアが同時に炸裂したことになる。
「来ました!」
声と同時にグレネードランチャーに発射音が聞こえる。
放った兵士が後ろに下がり、前列が全て下がったところで後列が前進して班長の合図で再びグレネード弾が放たれる。
20発程のグレネード弾が発射されたところでジョルジュさんが笛を吹く。
射撃が止まり、急に静かになってしまった。
軍曹達が双眼鏡で広場一面に倒れているゾンビを確認している。サトーさんも柵まで前進して広場内の声を拾っているようだ。
「サトーの聴音では、何体かまだ声が聞こえるそうです!」
「だいぶ数が多いからなぁ。端から慎重に確認するしかないな。棒で1体ずつ引き離して声と頭部の破壊を確認しよう。俺も手伝うよ。それにもう1人日本人がいるんだよね」
「タナカがいます。まだ20歳前ですから後方に置いていたんですが、今回は前に出すしかありませんね」
まだ少年だったのか。でも俺達が初めてゾンビを倒したのは18歳の時だったからなぁ。彼がテレビゲームでゾンビを倒したことがあるなら案外メンタルを気にしないでも良いのかもしれないけどね。
とはいえテレビゲームの虚構世界と現実世界の区別が明確に出来ないとなぁ。
そんな区別がつかなくなったなら、サイコ犯にまっしぐらだ。
ジョルジュさんに西にある両扉の先をドローンで確認して貰う。一緒にバーネストがいるから、異変があれば直ぐに連絡して貰えるだろう。
さて、そろそろ始めるか。
ジョルジュさんが選んでくれた2人兵士を伴って、マーリンを背中に担ぎ柵を越えた。陸軍兵士も海兵隊並みの体格をしているんだよなぁ。
すでに先行した2チームがゾンビの確認を始めている。空らの邪魔にならないように広場に足を踏み入れ右手に移動した。トンネルの位置から離れているからあまりゾンビが倒れていない。そこに数人の兵士が倒れたゾンビに向かって鋭い視線を向けながら銃を構えていた。
いつ立ち上がるか分からないからだろうな。
集音装置で広場の音を探ると……。確かに声が聞こえてくる。場所は……。漁扉近くとトンネルの左手、それに真ん中か!
一番近いのは、あいつじゃないか?
銃を構えていた兵士に、かすれた通常型の声がするゾンビの位置を教えた。
すぐさま銃を構え直して、銃撃する。
サプレッサーを付けていても、尚且つ俺がヘッドホンを付けていても鋭い音が聞こえるんだよなぁ。
だが、さすがに俺達の護衛を任されただけのことはある。頭部が爆ぜたからなぁ。集音装置から聞こえる声が無くなったから、確実に仕留めたという事になる。
「良い腕だね。後2体いるんだ。此処からだと左手奥と両扉近くなんだが、あれだけゾンビが倒れているからなぁ。上手く識別が出来ないんだよ」
「それだけでもありがたい情報です。この辺りから始めるんですか?」
「1体ずつ確認するよ。急に起き上がったら面倒だからね」
これで監視兵達の重圧が少しは減ったに違いない。
同行している兵士と拳をぶつけているところを見ると、知り合いの兵士という事かな。
さて、始めよう。
2人兵士にいつでも銃撃できるよう待機して貰い。ゾンビの1体を棒の先に付いた短いフックで手前に引いた。
フックを使って頭部を動かし、確実に頭部に破壊の後があることを確認する。
ゾンビは人間ではないという意識があるから平然と行えるんだけど、他の2組はどうなんだろう?
メンタルを削られないかと心配になるんだよなぁ。
「こいつはOKだ! 次に行くよ」
2体目は女性だ。この騒動が始まる前は気さくなご婦人だったのかもしれないな。移動して直ぐに後頭部に大穴が開いていることが分かった。これ以上の確認は必要ないな。次に行こう……。
確認作業だけで2時間も掛かってしまった。
途中でジョルジュさんが休憩を連絡して、兵士を交替させたのはやはりメンタルを機にしての事だろう。
兵士の立ち位置で状況を見守ることが出来るんだから、将来は大きな部隊を指揮できるんじゃないかな。
「どうにか終わりましたね。次はあの両扉の先になるんですが、先行させたドローンが見つけたのがこれになります」
コーヒーを飲みながら一息ついていた俺を、ジョルジュさんが手招きしてモニターに腕を伸ばした。
そこに映っていたのは2つの部屋だった。
兵員室として作られたのかもしれない。資材庫の維持管理では2つも部屋を必要としないだろう。資材庫の運用時を考慮したという事になるのかな。
「かなりの数が部屋に残っています。そしてこちらの部屋は少し異なるんですよねぇ」
左手の部屋には100体を越えるゾンビがいるけど、右手の部屋は扉が閉じられている。
右手の部屋だけ扉がロックされていたとは考えにくいな。兵員室ならロックなどしないだろうからね。そういえば資材庫はロックされていたんだよなぁ。
それだけ管理が厳重だったという事になるんだろう。
「同じように処置するしかないですね。まだリトルジャックが残っているでしょうから、この部屋の近くに仕掛けましょう。それにしてもこの部屋のゾンビは広場に仕掛けたリトルジャックに向かってこなかったという事ですか……」
統率型がいるに違いない。戦士型は広場に7体いたんだが、この部屋にも何体かいそうだな。両扉を開け放して、電動カート2台を横に並べて阻止線を作ることになりそうだ。
「こんな形に布陣しましょう」とジョルジュさんに提案すると、俺に顔を向けて頷いてくれた。たぶん同じ考えだったに違いない。直ぐに近くの軍曹を呼んでメモ帳に簡単な絵を描きながら作戦を伝えている。
「バーネスト准尉は工兵に連絡して汎用ドローンでリトルジャックをこの左手の部屋付近に仕掛けてくれ。リトルジャックの作動時間は吹鳴が30分。炸裂までの空き時間は10分だ。起動のトリガーはこちらで行う」
直ぐに通信機を使って連絡を始めたから、すぐに設置が終わるだろう。
「それにしても小山になってしまいましたね。全て頭部破壊が出来ていますし、声も聞こえませんが監視は継続しましょう」
「その方が兵士達も安心できるでしょう。ところで、この部屋の先はどうなっているのでしょうか?」
「少し先に進むと今度は水平のトンネルです。それを進むと半開きのシャッターが見えました。あの両扉の先にあるトンネルの長さは500mにも満たないようです。トンネル内の酸素濃度が地上と変わらなかったのは資材庫への搬入路が閉じていなかったからかもしれません」
閉じていたなら、少しは暖かかったかな? でもそうなる石油ストーブは使えなかっただろうからなぁ。
それならストーブの火力を、もっと上げても良さそうだ。本当に冷えるんだよねぇ……。




