H-686 地下資材庫は目の前なんだが
基地の東にある地下施設に巣食うゾンビを掃討する任務は、マスケット少尉の部隊からジョルジュ中尉の部隊に変更された。
なるべく多くの経験を積ませようというエメルダさんの思惑だろう。
明日の作戦会議が終わっても、マスケットさんとジョルジュさん達はそれぞれの分隊指揮を行う軍曹を交えてお互いの経験を共有すると言っていた。
まぁ、就寝前にワインを飲みながらだからなぁ。
誘われたから俺も出席することになったんだが、場所は作戦指揮所のあるエントランスの石油ストーブを囲むというんだからねぇ。
「案外電動カートが役立つことが分かったが、できればその前に置く柵ももう少しマシにしたいところだな。とりあえずはベンチを横に3つ並べれば良いだろう」
「それで十分ですね。確かにゾンビが一時的に足を止めます。兵士もだいぶ慣れたようですね。しっかりと頭部に銃弾を撃ち込んでいますよ」
「大尉から、何か修正したいことはあるかな?」
「出来れば通信装置とモニターを、1つのカートにあらかじめ搭載しておきたいですね。現在はバーネスト准尉が背負ってくれるフレームパックをカートに乗せて使っていますが、最初からカートに乗せるなら、もっと大きなモニターに出来ると思います。それと、投光器はもう少し明るい方が良いですね」
うんうんと2人が聞いてくれるから、案外何台かそんなカートが出来るかもしれないな。
マスケットさんは、汎用ドローンを用いるべきだと言っている。
小形ドローンは重量制限があるし、稼働時間も短いんだよねぇ……。出来れば、強襲揚陸艦のドローン操縦者を派遣して欲しいところだ。
「工兵が小型ドローンを操縦しているんだろう? 案外汎用ドローンも操縦できるかもしれないぞ。明日にでも確認してみるか。可能なら1台運んで貰おう。柵を取り付けた電動カート以外にもカートはあるからなぁ」
明日は指揮所に戻れないだろうな。それを考えると荷物はどうしても多くなりそうだ。もう1台の電動カートは出来るだけ用意して貰った方が良いんじゃないかな。
「それにしても、札付きの兵士2人を引き連れてゾンビを誘うとは思いませんでした。あいつらが得意がっていましたよ。でも明日はジョルジュ中尉の部隊なんですよねぇ」
「既に人選が出来ているぞ! さすがに最初から3人とはいかないだろうが、それが出来る人材を確保しておくことが大事なんだろうな。大掛かりなラッシュではなく、小規模なゾンビの集団をいかにして倒すか。罠を作って誘うのは戦術の基本なんだが……」
まぁ、あまり多用するようでもねぇ……。
出来ればその誘いをドローンで行うように考えて欲しいところだ。
・
・
・
翌日の出発が少し遅くなったのは、強襲揚陸艦から汎用ドローンの操縦者とドローンの到着を待つことになったためだ。
それでも11時前には出発出来たからね。
昼食用にとたくさんのサンドイッチをカートに積み込んでいたし、今回は電動カートが2台だから、バーネスト准尉がキャンピングカートを曳かずに済むようだな。資材の搭載されたカーゴの最後尾にはラックに搭載された通信設備とモニターが並んでいた。今度は32インチ程のモニターだから結構大きく感じてしまう。
「我々が歩くのは仕方のない事ですが、少し考えないといけませんね」
「これから2.5km歩くんだからねぇ。更に長距離になることもありそうです。電動バイクもしくは電動バギーも用意するべきかもしれません。少なくとも伝令を走らせるよりはマシなものが良いですね」
歩きながらそんな話で盛り上がる。
折り畳める自転車やキックボードも良さそうだ。ローラースケートはさすがに止めておいた方が良いだろうな。でも自称名人が結構いるんだよなぁ。
「前を行く電動カートの牽引能力はかなりあるとのことでした。曳いているカーゴをもう少し長くすれば1個分隊を乗せられそうです」
2両揃えれば2個分隊を運べるという事だな。万が一を想定して増援部隊を運べるようにもう1式揃えておいた方が良さそうだ。
そうなると、この部隊で5台の電動カートが必要になってくる。
あまり資材が多いと小回りが利かないし、この部隊はアメリカ大陸を転々としてゾンビを狩ることになるだろうからなぁ。
どんな資材が必要かを再度見直す必要がありそうだ。
「今回はクロスボウまで用意していますが、本当に使うことになるんでしょうか?」
「資材庫の中身が問題だね。さすがに爆弾を背にしたゾンビを銃撃したくはないからなぁ。ボルトの先端にあえて真鍮を使っているのは、外れたボルトが壁やラックに当たって火花を出さないためだ」
「あれで刺さるんですかねぇ……。出来れば鉄製が良いのでしょうけど、確かに火花が出ないとも限りません」
その前にもう1つの課題もあるんだよなぁ。資材庫の中にゾンビがいた時には、ゾンビを倒す前に資材庫の中身を確認しないといけなくなる。
小型ドローンで撮影した梱包のバーコードを強襲揚陸艦で確認すれば中身が分かるという事なんだけど、あれからだいぶ時間が経っているからなぁ。しっかりの中身の確認が出来るか気になるところではあるんだよね。
それに万が一にも扉がロックされている時には扉の一部に穴を開けて中を確認するという事だが、穴を開ける電動ドリルの音でゾンビが集まって来ないとも限らない。
だが、あまり心配していてもしょうがないことは確かだ。
ここは計画通りに行動してしっかりと反省すれば良いだろう。
30分ほどで、マスケット少尉の分隊と合流した。状況を聞いてみると、夜間に近寄って来たゾンビが2体いたらしい。
しっかりと銃撃で倒したということだが、電動カートの柵の向こうに倒れている2体がそうなんだろうな。
タナカさんからの話では、その2体以外のゾンビの声はかなり小さいとのことだ。
ゾンビもトンネル内の巡回をしているのだろうか?
もしそうなら、彼等にも危機管理の意識があるという事になる。それとも縄張りの確認ということかな?
これも生物学研究所側の見解を聞きたいところだな。
状況説明を終えた分隊が戻っていく。
さて、俺達も出発しよう。
ジョルジュさんの指示で電動カートが動き出す。
交換用のバッテリーを持ってきたから、このまま資材庫まで行けそうだ。
先行するデュラハンも燃料カートリッジを交換している。交換したバッテリー等は壁に寄せておいた。
後で待機している分隊が回収してくれるらしい。
500m程進んだところで、通信用のブースターをトンネルの天井に取り付ける。
アンカーボルトを打たないで、粘土のような接着剤で固定していた。時間が経つとコンクリートのように固くなるらしい。
斜路から4kmほどまでトンネルを進んだところで昼食を取る。
暖かいスープにサンドイッチの食事だから直ぐに終わってしまうが、カロリーバーよりもありがたい食事だ。
食事が終わるとコーヒーを飲みながらデュラハンの映像をモニターで確認する。
画像の右上の数字は5200mだ。1km以上先行していることになる。となればそろそろ地下資材庫に到達するんじゃないか?
強襲揚陸艦に連絡して、デュラハンを停めて小型ドローを使っての先行偵察に切り替えた。
この辺りも壁がぼんやりと発光しているんだよなぁ。
サンプルは採ったから、後は研究所に任せれば良い。俺達にとってはありがたい話だ。
「これか! ちょっとした広場に先に大型の横開きの扉だ。たぶん防弾仕様に違いない。そうなると……、あれだな? バーネスト准尉、右手に移動してドアを拡大するよう伝えてくれないか?」
「了解しました。大尉、集音装置が使えますよ」
どれどれ……。ヘッドホンから聞こえてくるのは……、全く音がしないぞ。だが遠くにゾンビのざわめきがある。扉が分厚いからこんな声になるのか、それとも別な要因なのか?
「バーネスト、ドアの状況観察が終わったなら広場の壁面に沿って一周するよう伝えてくれ。ひょっとして、この広場に出るトンネルはここだけではないのかもしれない」
小形ドローンが広場をゆっくりと回っていく。カメラが丹念に広場の壁面を探ってくれる。この広場の天井はかなり高そうだな。6m程ありそうだ。
「あれだ!」
トンネルから見て左手奥に両扉が半分ほど開かれていた。
両扉に近付いた途端にゾンビの声が大きくなる。この奥にいるみたいだな。開いている扉の隙を通って小型ドローンが扉の奥に向って行くと、そこには沢山のゾンビがひしめいていた。
俺達が通ってきたトンネルと同じような規模だが、少し奥が上がって見える。斜路ということになるんだろう。小さな港があったから、そこから荷を運ぶ通路なのかもしれない。
「数百を超えていそうだ。一旦戻してくれ。さて……状況の整理だな」
「柵が足りないかもしれませんね。トンネル内に柵を設けるしかなさそうです」
広場の大きさが20m近くありそうだからなぁ。同じような柵を取り付けた電動カートがさらに必要だろう。
だけど現場で常に用意できるとは限らないからね。ここは運んできた資材で何とかしないといけないだろう。
「とりあえずはリトルジャックを仕掛けましょう。電動カートに柵はトンネル出口から10m程下げて、トンネル内に入り込もうとするゾンビを射撃しましょう」
「先ずはリトルジャックですね。汎用ドローンを送ります!」
半分ほど開いている鉄扉の近くが良いだろう。ゾンビがかなり集まるだろうから、3つほど仕掛けても良さそうだ。
「グレネードランチャーを装備した兵士を2段に待機させてください。前列、後列の順で発射すればグレネード弾の炸裂が継続します」
「3発を装備しているはずだ。曳いてきたカーゴに予備が50発。100発近いグレネードなら殲滅出来るだろうが、少し過剰攻撃になりそうだな。手持ちのグレネード弾だけで十分かもしれない」
1人が3発を10人で放つんだからなぁ。それでも過剰攻撃になりそうだ。
「柵の向こう側に運んできたベンチを転がしてください。10m程離して銃撃の設定か所にしましょう」
「至近距離なら、外れることはないだろう。さて……、これで2個目だな」
汎用ドローンが両扉の手前数m程の位置にリトルジャックを設置している。既に2個目の瀬恵智を終えて俺達の頭上を越えて後方に下がって行った。
時計を見ると、すでに14時を過ぎている。
準備が出来る間に、ちょっと一休み。
燃料缶に火を点けて、水筒の水をシェラカップに注ぐと火にかけた。
直ぐに湧くだろうから、その間にスティックコーヒーと各砂糖を用意しておく。
ジョルジュさん達も石油ストーブを点けてコーヒーポットを乗せていた。またあの濃いコーヒーを作るんだろうか?
あれを飲んでおいしいと言うのだからねぇ。砂糖だって入れずによく飲めるものだと感心してしまう。




