H-681 電動カートに柵を取り付ける
強襲揚陸艦に搭載した資材運搬用の電動カートの前面に鉄パイプで柵を作ってくれるらしい。柵の一部に蝶番を付けることで、柵を構築してもデュラハンを送り出すことは可能だと言っていたから、今後の作戦にも応用できそうだ。
とりあえずは1台という事らしいが、将来を考えるともう2,3台は用意しておいた方が良いだろうな。
「とはいえ昇降台が使えないとトンネルに持ち込むことは出来ないわね。これは直ぐにでも取り掛かって欲しいんだけど?」
「そうですな。直ぐに始めましょう。下に守備兵を配置しているなら、安心して作業できそうです」
とは言っても1個分隊だからなぁ。
万が一に備えて武装状態で兵士を休ませておいた方が良さそうだ。
「注水作業は予定通りなんでしょうけど、夜間も注水を継続しているの?」
「はい。変に作業を中断するとこの寒さですからねぇ。ホース内が氷で塞がれてしまいそうです」
そう言う事か……。現在の気温は-8°Cだと、カミラさんが補足してくれた。消防を長く経験してきた彼らに注水は任せた方が安心できそうだ。今のところ、ガラクタを押し退けようとするゾンビがかなり集まっているようだけど、かなり積み上げたようだからねぇ……。先ずは出て来れないだろうし、姿をあらました途端に、待ち構えている兵士に狙撃されるのが落ちだろう。
となると住宅街に溢れ出しているゾンビの方が問題だけど、この島のゾンビを全て掃討する作戦ではないからなぁ。島のゾンビの掃討は、また別の部隊が行うのだろうが、その前に出来るだけゾンビを減らすべく砲撃やヘリでの攻撃を繰り返しているようだ。
「住宅地の方は私達の管轄外だから、他の部隊に任せましょう。それで注水の完了は、何を持って判断するのかしら?」
エメルダさんの言葉に、皆が俺に視線を向けるんだよなぁ。
トンネルを水没させるという事だけを考えていたからね。終了についてはあまり考えてはいなかったんだが、それについては生物学研究所の見解が1つの指針になるだろう。
「ゾンビは我々のように肺で呼吸をするわけではなく、体中にある気門という器官を利用しているとのことでした。これは昆虫の呼吸器官と同じです。更にゾンビが泳げるという事象も観測されていませんから、ゾンビの身長より高い位置までトンネルを水没させれば注水は完了と考えて良いでしょう。とはいえさすがにトンネル内の状況を確認する手立てがありませんから、トンネルに入る斜路でトンネルの天井位置まで水位が上がった時点で注水終了及びトンネル内のゾンビの始末を終えたと判断できると考えます」
「トンネルの完全水没ね! エドソン少尉、その方向で進めて頂戴」
「了解しました。さすがに明日は無理でしょうが、明後日には可能でしょう。基地の消防車が使えたなら更に早まりそうですが、明日中には完了報告は出来ないと推測します」
「任せたわよ。さて、北の地下施設の基地内の出入り口が確定できそうだから、いよいよ北に向かってトンネルを進むことになりそうね」
基地の衛星画像をモニターで眺めながらエメルダさんが呟いた。
だけど1つ忘れているんだよなぁ……。
「俺から1つよろしいですか? この簡易舗装道路が気になっているんです。アメリカ本土に来襲する敵機への要撃基地でもありますから、滑走路破壊を前提とした要撃体制も構築されていたはずです。この道路の先に隠蔽格納庫がありそうに思えるんですが……」
俺の言葉に、皆がモニターの画面に視線を向ける。
カミラさんが、俺の指摘した道路を拡大してくれた。道路の先に小さな建物があるのだが、これは欺瞞用の建物だろう。その先の森が気になるんだよねぇ。
「確かに気になるわね。さすがにハリヤーは無いでしょうけど、F35Bなら十分に使えそうだわ」
「中隊規模が欲しいところですが、ステルス機ですから数機でも十分でしょう。初撃を与えて次の攻撃の時間を稼ぐという作戦が可能です」
それほど大きな隠蔽格納庫ではないという事かな。
駐機している機体も4~8機という事らしい。
「私の部隊で明日にでも確認しましょう。基地内ですし、マスケット少尉の部隊は地下トンネルに全て投入されていますからね」
「頼んだわよ。それにしても、基地の詳細が分からないと苦労するわね。管制事務所と地下の管制指揮所から配置図が手に入ったけど、それに記載されていない建物や施設があるんだから困った話だわ」
だけど俺達の状況を離れた場所で見ている連中は詳細な図面を持っているんだよなぁ。俺達の作戦でしっかりと基地の全施設に潜むゾンビが掃討されるかを見ているんだろう。エメルダさんが作戦終了を宣言した時に、答え合わせを行ってまだ掃討が終わっていない施設のダメ出しを行うのかな。
ちょっと意地悪にも思えるんだが、エメルダさん達が行う地下施設のゾンビを倒す仕事は、その対象となる施設の配置図が上手く手に入るとは限らないからなぁ。どちらかと言うとほとんど手に入らないに違いない。
そんな施設の攻略が可能なのかをこの基地のゾンビ掃討で試すのが、今回の作戦の大きな目的だ。
施設内に潜むゾンビを倒すことだけに目が行くと、本来の作戦目的を取り違いかねない。
「小型ドローンによる偵察では、西にはもう2つ昇降台があるという事ね。それはジョルジュ中尉達に任せて、マスケット少尉とサイカ大尉はトンネルを北に向かって貰えないかしら?」
「了解です。ですが北となるとゾンビの数が少し多そうです。出来れば昇降台から電動カートを下ろしてから出よろしいでしょうか? 昇降台が使えずとも移動式クレーンを使って資材を下ろせると思うのですが」
エメルダさんがエリソン少尉に顔を向けると、しっかり少尉が頷いている。可能だということだな。
「私から1つよろしいですか。西に残った昇降台2つには戦士型がいると聞いております。中尉する点があるなら、ご教授ください」
ジョルジュさんが、ちょっと心配そうな表情で問い掛けてきた。
戦士型と言ってもかなりの初期型だからなぁ。デンバー空港で遭遇した戦士型より少し進化したぐらいなんだよねぇ。
「戦士型と兵士の間に、必ず柵を1つ以上設けて攻撃してください。戦士型の移動速度は俺達を超えますからね。とはいえそれほど危険視することはないでしょう。ゾンビの特徴である段差に弱いのは戦士型も同じです。必ず一度足が止まります」
「了解しました。丸太を転がすだけでも効果があると言ってましたね。兵士が取り付く柵の前に丸太を転がしてから対処します」
うんうんと頷きながら呟いている。
それで十分だろう。何といっても兵士達の射撃の腕は十分だし、パニックに陥ってオートモードで銃を乱射する兵士もいなかったからなぁ。
明日の行動計画の調整が終わったところで、ワインが運ばれてきた。
1杯のワインだけど、作戦は順調に推移しているからね。美味しく頂くことになったんだけど、できればもう少し甘いワインが良かったな。
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翌日は朝から吹雪いていた。
バンクーバーは北海道よりも緯度が北だからなぁ。この寒さも頷けるんだが、俺は寒さが苦手なんだよね。スノボー用の下着とキャシーお婆さんが編んでくれたセーターを着こんでいるんだが、それでも芯まで凍えそうだ。
食堂にいくつか設置した石油ストーブの周囲に兵士達が集まり、熱いコーヒーをのんでいる。
その中に混じって手を温めていると、俺の前にカップがスイッと出てきた。湯気が凄いんだよね。それだけ室温が未だ温まらないんだろうな。
カップを受け取りながら、誰かな? と顔を向けると笑みを浮かべたカミラさんが立っていた。
慌ててベンチを譲ろうとしたら、隣の兵士が立ち上がってくれた。ありがたく席を詰めてカミラさんを座らせる。
立ち上がった兵士はどうするんだろうと見ていると、隣のベンチに無理やり腰を下ろしているんだよね。大柄の兵士だから、座っていた2人がちょっと気の毒に思えてしまう。
「コーヒーでなくココアにしました。かなりの甘党だと聞いてますよ」
「その通りなんだ。軍のコーヒーハ俺には少し苦すぎるんだよねぇ。おかげでいつもバッグに角砂糖を常備しているよ。……うん! この甘さが良いねぇ。生き返るよ」
「大尉殿は甘党ですか! そう言えばあまり酒を飲まないとも聞きましたよ」
俺達の様子を見ていた軍曹が話しかけてくる。
現場では上下の関係をしっかりとするようだけど、食堂ではねぇ。フランクに話しかけてくれるのがありがたく思える。
俺の部隊では階級よりも軍歴の方が重要だと思えるぐらいだからなぁ。
俺の階級が見合っていないということもあるんだろう。そんな事から現場での軍曹の話は真摯に何時も受け止める様に心がけているつもりだ。
「そうなんだ。このカップでワインが1杯ぐらいが良いところだね。それ以上飲んだなら絶対に軍務に支障が出るだろうな。だけど俺を指導してくれた元海兵隊軍曹はこれにバーボンを並々注いで飲んだとしてもゾンビ相手に戦えるんだよなぁ……。やはりアメリカ人は酒豪揃いだと思っているよ」
「ハハハ……。そんな人物もいることは確かですが、全く飲めないという兵士だっていますからな。自分の酒量を自覚しているなら問題はないでしょう。でも中にはそれが出来ない者もいるようですが、この部隊にはいないようです」
適量を楽しむなら何ら問題はない。上の連中だって、ストレスを減らす貴重な資材と認識できるだろう。
そう言えば、昨夜飲んだワインは何処から持って来たんだろう?
案外この基地の資材の中にあったのかもしれないな。資材庫にはいろんな品が保管されているからねぇ。それを見付けるのも楽しみなんだよなぁ。




