H-674 地下トンネルは何処にある?
倉庫のような建物の扉を前に、シバタさんが集音装置で中を探る。
殆ど扉に顔をくっつけるような姿勢でゾンビの声を確認しているのは、できるだけ正確に聞き分けたいということなんだろう。そんな彼女の姿に笑みが浮かぶ。
やがてシバタさんが扉から少し離れると、メッセージボードに倉庫の中のゾンビの位置を描いてくれた。
その概略図を受け取って、今度は俺が集音装置で中を探る。
ゾンビの位置とその数……。シバタさんもサイトーさんと同じように、ゾンビの存在を確認できるようだな。数値を少し赤で修正して補足情報を記載し、扉から離れ壁近くに4人で集まる。
「ほう! 大尉殿はここまで分かるんですか」
「長くこんな事をしていたからだと思うよ。シバタさんも場数をこなせばもっと情報を得られるはずだ。俺だって数が正確に分かるのは数体までだし、それも近い場合だけだ。シバタさんの情報だけを使って、突入しても問題は無いんだけど……」
「この奥にいる統率型ですね。しかも2体とは!」
「少なくともゾンビの集団が2つだ。近い集団が左手に数体、10体には達していない。奥の群れは右手になるが確実に10体以上いるぞ。だが20体には達していないはずだ」
メッセージボードに描いたゾンビの群れの概略位置を眺めながら、軍曹と突入後の対応を考える。
扉を開けると同時にアルファーチームが手前のゾンビを狩り、その後に突入するブラボーチームが奥のゾンビを狩るという作戦を軍曹が提案してくれた。
ブラボーチームに負荷がかかり過ぎる気がするけど、今後の事もあるからね。
手早く手前のゾンビを刈り取って、援護することにしよう。
「少し数が多いけど、これを使ってみるか?」
「スタングレネードですか! 使うならブラボーチームの方ですね。その方が安心できます」
さて始めるか。
軍曹が少し離れた位置で俺達の様子を見ていた部下を呼び寄せると、ブラボーチームを率いる伍長に作戦を伝える。
俺に向って頷いた軍曹に頷き返すと、ゆっくりと扉のノブに手をかける。
ドアノブを回して、再び俺に小さく頷く。
どうやらロックされていないようだな。
ゆっくりとドアを開いて素早く中を見ると直ぐに扉を閉めた。
「車庫のようですね。少なくとも10台ほど停めてあります。……車庫だ! 車に銃弾を当てないようにするんだぞ!」
小さくても鋭い軍曹の声に、俺達の後方に待機した兵士達が頷く。
既にマーリンには初弾を装填してあるし、セーフティも解除している。危ないからまだトリガーには指をかけずにストックを握ったままだ。
軍曹が右手でライフルを握りながら息を調えると、ドアノブを回す。
ドン! とドアを蹴飛ばしながら中に飛び込んで左手に駆けだした。
その後を急いで追い掛ける。
兵士達の足音が2手に分かれると、スタングレネードの炸裂音が響いてきた。
結構離れていると思うんだが、やはり耳がキーンとなってしまうんだよなぁ。
数秒間の銃撃が終わると、ゆっくりと倒したゾンビに近付き頭部破壊が確実になされていることを確認する。
奥で2度程銃声がしたのは、まだ動いているゾンビがいたんだろう。統率型が2体いたんだよなぁ。しっかりと始末しておかないと……。
少し下がって兵士達の確認状況を見守っていると、奥のゾンビを狩りに向かった伍長が走ってくる。
俺達に完了した事を告げてくれたので、軍曹がジョルジュ中尉に最初の建屋の掃討終了の連絡を入れている。
倉庫内の突入は、中の資材の確認をしっかりとしないといけないな。軍曹が上手くやってくれたから良かったものの、車両に銃弾を撃ち込んだら燃料に火が付くことだってあり得るだろう。
銃砲弾を保管した資材庫だけでなく、やはり中の確認は必要になりそうだ。
「さて次の建屋に向かうぞ。今度はどう見ても格納庫だな。今と同じように、なるべく機体には銃弾を撃ち込むんじゃないぞ!」
4人で先行して、シバタさんが集音装置で中を確認する。
メッセージボードに描かれたゾンビの位置を俺が再確認して、先ほどと同じように格納庫内のゾンビの掃討が始まった。
今度はゾンビの集団が3か所になっていたが、どれも数体だからスタングレネードを使うこともない。それにいたのは全て通常型だった。
この格納庫に納まっていたのはF-18スーパーホーネットだった。要撃戦闘機という事なんだろうな。8機が収容できる大きさだけど、中にあったのは6機だけだった。滑走路に面した駐機場に何機かあったから、いつでも作戦行動が出来る状態を維持していたにかもしれない。
「ここで昼食にしましょう。此処なら広さも十分です」
マスケット少尉の言葉に兵士達が笑みを浮かべる。
2度の戦闘でかなり神経が擦り減っていたのかもしれないな。
曳いてきたキャンピングカートから、ストーブを下ろしてコーヒーポットが乗せられる。
もう1つ取り出したストーブではレーションを温めるようだ。
結構冷えるからねぇ。スープもしくはシチューなんだろうけど、お腹の中からあったまるに違いない。
基地の航空写真を取り出して、次の建屋を見ながらタバコに火を点ける。
午後も格納庫になるようだ。
午前中の出来栄えなら、特段大きな支障は起きないに違いない。
一服を終えたところで、トランシーバーでエメルダさんに報告を行っていたマスケット少尉のところへと足を向ける。
トランシーバーのマイクを戻して、タバコに火を点けようとしていた少尉が俺に気が付いたのか顔を向けてくる。
「まだ地下通路の入り口を見つけられないようです。エメルダ中佐も滑走路に沿っていくつか出入り口があると考えているようでした」
「この格納庫にそれらしきものは無かったんですよね?」
「床と一体化した昇降機があるかもしれないと、軍曹が調査しています……。帰って来たようですね」
少尉の視線の先を見ると、軍曹が2人の部下を伴ってこちらに歩いてくるのが見えた。
資材の出し入れを考えれば、エレベーターもしくは昇降台なんだろうけど、階段だって併設されているんじゃないか? 動力源を絶たれた状況下での資材の移動も考慮されていると思うんだけどなぁ……。
「在りませんでした。これだけ大きな格納庫ですから、あっても良さそうに思えるんですけどねぇ」
バーネスト准尉が手渡したコーヒーを嬉しそうに受け取りながら、軍曹が報告してくれた。
コーヒーカップで手を温めながらゆっくりとコーヒーを飲む。水筒の水で薄めてはいるんだけど、相変わらず濃いんだよねぇ。
「案外大きな建物には無いのかもしれませんよ。そもそも敵側からすれば格納庫は良い攻撃目標ですからねぇ。攻撃目標にはなりにくい場所にあるんじゃないでしょうか」
俺の言葉に、2人が床に広げた基地の写真を眺めはじめた。
色々あるんだよなぁ。簡単に基地というけど、飛行場の周辺にはなぜこんなにも建物があるのかと考えてしまう。
「私なら滑走路を破壊した後は、南の建物を順番に爆撃するだろうな。この燃料タンクも良い目標だろう。それでこの基地を使用不可能に出来そうに思えるね」
「F-35Bなら滑走路が無くとも要撃を行えます。この基地にも配備されているかもしれません。この北側の森に道が伸びていますね……。隠匿格納庫かもしれません」
「攻撃を受けることは想定済という事かい? となると、南側の建物が密集して見えるのは欺瞞工作という事かもしれないな。平常時はそれなりに使うんだろうけど、破壊されても基地の役割には支障がないってやつか」
「案外隠された管制指揮所が別にあるのかもしれませんね。となると、その場所は……」
「通常運用場所から短時間で移動できる場所だね。航空基地である以上管制事務棟で戦闘機の運行管理をしていることは間違いないだろう。その場所からそれほど遠くない場所なんだろうな。……ところで管制事務棟には地下室が無かったんだよね?」
「地下へ降りる階段はありませんでしたが……。ひょっとして隠蔽された階段ですか!」
少尉の言葉に、突然閃いた。
これは一度調査して貰う必要がありそうだな。
エメルダさんに急いで連絡を取って、隠された階段があるか再確認して貰おう。
「そうなると、この建家の並びには地下通路への出入り口は無いという事になるんでしょうか?」
2杯目のコーヒーを飲んでいた軍曹が俺に問いかけてきた。
それも考えてしまうところではあるんだよなぁ。
「…やはりあると考えておいた方が間違いはないだろうね。上空から移したこの写真にはどこにも弾薬貯蔵庫が映っていないんだ。此処にそれらしい構造物があるだけど、それほど大きな物じゃない。此処で要撃出来ないとアメリカに爆弾が落とされることを考えれば出撃回数をかなり多く見積もっていたはずだ」
「それなら大きな弾薬貯蔵庫が必要という事ですか。確かにこの大きさなら中隊規模の出撃が数回出来るだけでしょうからねぇ」
それほど多く貯蔵はしていないだろう。見せかけという事なら2度の出撃に備えるだけでも十分だ。
待てよ……。そもそもこの基地の防衛は要撃戦闘機だけだったのだろうか?
敵だって要撃戦闘部隊の存在は分っているはずだからね。要撃機を振り切って基地を攻撃する敵機を攻撃する手段を航空基地なら持っていると思うんだけどなぁ。
「エメルダ中佐達が管制建屋を再確認してくれるそうです。それと面白い話をしてましたね。この基地にも地対空ミサイル部隊が駐屯していたはずです。それをかいくぐって来るとなれば、最後はスティンガーを使うことになるんでしょうね」
昔なら対空砲や対空機関銃という事なんだろうけどねぇ。音速に近い速度で攻撃する相手を銃砲弾で叩くのはかなり無理があるようだな。
それでもヘリコプターやドローンならば今でも対空砲は活躍できると話してくれた。
ドローン相手にスティンガーはコストパフォーマンスが良くないからだろうな。4連装ブローニング機関銃辺りが一番使い易そうだ。




