H-672 地下トンネルは何処にある
俺達の近くまで数人の士官が近づいて来た。
監察官として俺達の動きを見る准将達と護衛の兵士だ。
俺達の邪魔にならぬよう、30mほどの距離を置いて立ち止まり状況を眺めているんだよなぁ。
ちょっとしたプレッシャーを感じるけど、これぐらいで済むなら問題ない。
ジョルジュさんが俺に顔を向けて苦笑いを浮かべていると、トランシーバーからエントランスを覗っていた軍曹から連絡が届く。
ジョルジュさんがヘッドセットを抑えながら何度か頷くと最後に『了解!』と声を出した。戦闘中だからなぁ。さすがに外部マイクを使うことは無いようだ。
「エントランス内のゾンビが半減したそうです。斜路に向かうゾンビがまだまだ続いているとのことでした」
「エントランスにいたゾンビは20体程でした。店の中からも斜路に向かうゾンビがいるようですから、予定通りに進めましょう。後……20分後ですね」
「ジャックを上手く使うのが我々の作戦の要になりそうですね。小型のジャックも用意していますから、地下施設の掃討が楽しみです」
ゾンビ相手の戦を楽しむというのはちょっと考えてしまうけど、ジョルジュさんとしては見通しが明るくなったことが嬉しいのだろう。
対応措置が取れるなら、少数のゾンビを相手にすれば良いという事だからね。
2本目のタバコに火を点けて次の連絡を待っていると、再びジョルジュさんがイヤホンに手を当てて軍曹からの連絡を聞き始めた。
急いで携帯灰皿にタバコを投げ込み、ジョルジュさんに視線を向ける。
「ほとんどいなくなったという事ですが、サイト―の観測ではまだ1階にゾンビがいるとのことでした」
「エントランスのゾンビは扉越しに見ることが出来ますが、店の奥ともなればさすがに見ることは出来ないでしょう。店の出入り口を見張る兵士を付けておけば斜路の封鎖を邪魔するゾンビを始末出来そうです」
「なるほど……。マーティ! 来てくれ!!」
鋭い声を聞いてやって来た軍曹に、配置図をマグライトで照らしながら兵士の配置を指示している。
3か所の出入り口に3人ずつ配置するようだ。
「配置したら、ライトを点滅して欲しい。カートを全速力で斜路に投げ込むからな」
「了解しました。伍長には何と伝えましょう?」
「カートの突入の援護だ。斜路を上がってくるようならスタングレネードを使っても構わん。手榴弾はカートを斜路に落としてからなら使っても構わんが、それまでは耐えて欲しい」
「攻撃型手榴弾でも、破片は20m以上飛びますからね。了解です!」
「準備次第結構だ。我々も軍曹をバックアップするぞ」
マーティさんが小さく頷いて下がって行った。
俺も棒を分割してストラップで固定し、バーネスト准尉のフレームパックの脇に固定して貰う。少し重くなるだろうけど、彼の体格なら誤差範囲だろう。
マーリンを手にしてレバーを動かし初弾を薬室に装填する。
扉に向かって進もうとした俺達の前を1個分隊の兵士が足音を立てずに通り過ぎていく。
中々訓練が出来ている感じだ。彼らの後に続いて扉前に向かうと、軍曹が俺達に顔を向けた。
「扉の左右に兵士が移動しました……」
「了解。ライトの点滅でカートを突入させるぞ!」
ジョルジュさんの言葉が終わらない内に、ライトが直ぐ近くで瞬いた。
「カート前進! 全速力だ!!」
途端に後方からガラガラと大きな音を立ててカートが動いてくる。
ガラス扉を大きく開いて彼らの突入に備えると、俺達もエントランスの中に走り込んだ。軍曹が蛍光ライトを数本折ると、斜路とエントランスに投げたから、少しは俺にも1階
の様子が見えるようになった。
店内にも数本の蛍光ライトが投げ込まれる。
だいぶ明るくなった気がするな。これなら狙いも付けやすい。
「退いてくれ!!」
後方からの大声で横に跳び除くと、俺の直ぐ脇をガラクタを乗せたカートが走り抜ける。
斜路付近でカートから手を離した兵士が、後方に下がりながらライフルを取り出し斜路に銃を向ける。
斜路の奥からガシャン!と大きな音が聞こえた。
そのまま斜路を進むかと思っていたけど、何かにぶつかって転倒したようだな。これは都合の良い話だ。
どんどん斜路にカートが落とされていく。
ここからではカートが転倒した姿が見えないから、少なくとも20mほど先で阻止線を作ったという事になるんだろうな。
「カート全数を投入しました。次はエントランス際に阻止線を構築します!」
「了解。まだゾンビはやって来ないね。数人は斜路を見張らせてくれ。むろん我々も斜路を見張るぞ!」
軍曹が次の作業に取り掛かり始めると、店のゾンビを見張っていた軍曹が報告にやって来た。
どうやら店内のゾンビを始末出来たようだ。サイト―さんの確認でもゾンビの声が無いという事だから、上手く始末出来たのだろう。
とはいえ、確実に頭部破壊が出来ていることを1体ずつ再確認して貰うことにした。
急に動き出すようでは困るからなぁ。
「さすがにエレベーターは動かないでしょうが、階段が2つあります。降りてくるゾンビの対処もお願いしますよ」
「それはマーティが対応していますよ。先ずは斜路の封鎖を確実にしましょう」
俺達が話をしている間にも、どんどん物が斜路に投げ込まれていく。
エントランスにあった棚や掲示板も次々と斜路に投げ込まれているし、店の扉が大きく開かれ、陳列棚までもが兵士によって運ばれていく。
30分も経たずに、斜路の奥がまるで見えなくなってしまった。これなら簡単にゾンビがエントランスに出てくることは無いだろう。
作業が一段落したところで兵士達を休ませる。
どうにかビルのゾンビを掃討し終えて、時計を見ると22時を回っていた。
これで初日が終わることになる。
管制建屋に1個分隊を残して、このビルに3個分隊を集めて夜食を頂く。
ずっとカロリーバーばかりだったからなぁ。少しはお腹を膨らませたいところだ。
ジョルジュさんがエメルダさんに本日の成果を報告し、明日の予定を再確認している。明日は2手に分かれての行動だからね。
俺達を遠巻きにして見ている監察官達も遅い食事を楽しんでいるようだ。
作戦行動中でなければ彼らの質問に答える様に言われているんだけど、今のところは何もない。
食事が終わったところで、コーヒーを飲みながら簡単なミーティングを行う。
今日の成果を共有し、明日の作戦をジョルジュさんが集まった兵士を前に説明してくれた。
どうやらエメルダさん達も、消防車と一緒に基地にやってくるらしい。軍属の小母さん達も一緒だから、明日からの食事は期待出来そうだな。
「管制事務所を前線指揮所とする。地下通路への注水作業が始まるが、ガラクタをだいぶ積み上げたからなぁ。警備担当部隊に対応を任せられるだろう。明日行う建物のゾンビの掃討はマスケット少尉の部隊に任せて、我等の2個分隊は指揮所とこのビルの周辺を警備する。ゾンビが地下通路から顔を出すようなことになれば、私の部隊から1個分隊を派遣するぞ。……疑問点があれば、部隊長に確認して欲しい。以上だ!」
これで後は寝るだけになるんだが、地下通路の監視は交代で行うらしい。
まだ眠れそうにないから、しばらくは付き合ってあげよう。
斜路の手前に棚を横にして銃座を作り、その一角で5人の兵士が斜路を睨んでいた。
兵士達の後ろにはて―ブルを横にして簡単な風除けを作っているけど、結構冷えるんじゃないかな。
近くに行くと、兵士達の間に小さな石油ストーブが置いてある。
あれなら少しは温まるかもしれないな。ポットが湯気を出しているから、コーヒーでも沸かしているのかもしれない。
「動きはあるかい?」
「大尉殿でしたか! 結構ガラクタで塞ぎましたからねぇ。奥で騒いでいるようですけど、姿は見えません」
「出てきたら、直ぐに銃撃してくれよ。かなり積み上げたから、そう簡単には出てこれないだろうけどね」
「了解です! 後に続く様なら、直ぐに手榴弾を投げますよ。この棚は頑丈ですからね」
斜路から15m程だからなぁ。手榴弾の破片が飛んで来ないとも限らない。もう1つテーブルを重寝る様に伝えたところで、俺を手招きしているジョルジュさんの所に向かうことにした。
「やはりかなり閉じ込めたという事かい?」
「そんな感じですね。……有難うございます」
ジョルジュさんが手渡してくれたコーヒーを受け取り、安物のソファーに座る。
テーブルに広げていたのは、この基地の写真だった。
明日の掃討を行う際の部隊配置を再確認していたみたいだな。
「地下施設があるということは分かっているんだが、地下施設へのアクセストンネルの位置がまるで分からないのが問題だね。地上から直接地下施設に向かう入り口を見付けて地下施設を先に対処した方が良いのかもしれない」
部隊運用の試験とも言える作戦だからなぁ。
事前の情報が乏しいと、ゾンビの掃討はかなり面倒な話だ。
「大規模な地下施設を構築したなら、少なくとも基地の直下ということでは無いでしょう。地上からでは攻撃価値のない場所が一番怪しく思えます。……となれば、この島の北にある森ですよねぇ。それにこの森に資材を貯蔵するなら、直ぐ西にあるマリーナから荷上げも出来そうですし」
「私達の考えも同じだよ。となればおよそ2.5kmの地下トンネルがこの基地まで伸びているに違いない。その終端は滑走路の南にある建物群のどれかという事だろうね。それに、出入り口が必ずしも1つとは限らないはずだ。最低でも2か所、場合によっては数か所あるに違いない」
地上の施設を破壊されたら資材を取り出せなくなるという事か。案外滑走路に沿って東西に地下トンセルを伸ばしているのかもしれないぞ。
出入り口を封鎖して、水攻めをするとなると、そんな出入り口を全て塞ぐ必要があるかもしれないな。
「面倒でも、1つずつ確認するしかないですね。上手い具合に4分隊がいるんですから、周辺監視に1個分隊、予備戦力に1個分隊を置いて、残り2個分隊で対応するのが一番に思えます」
「『作戦に変更なし!』という事かい? 大尉もそう考えるなら、悩まずに済みそうだよ」
もっと良い手がありそうだと考えていたのかな?
色々考えることは良いことかもしれないけど、最初だからねぇ。漏れなく確実に誰もが納得できる方法を取るのが一番だろう。




