H-670 サイト―さんの情報でゾンビを狩る
エントランス扉に俺とサイト―さん、それに曹長が体を小さくして中を覗う。
曹長が窓越しに中を覗いて状況を教えてくれた。室内が薄暗くてよく分からないが、動く物がいるとのことだから間違いなくゾンビはいるってことだな。
集音装置から得た情報を、サイト―さんがボードに描いて見せてくれた。
右手近くに2体と左手奥に数体だな。全て通常型だが、微かに統率型の声が聞こえるとのことだ。
サイト―さんが描いた図に、俺が確認した結果を赤で上書きする。
近くの2体は右手を動いているが扉に近寄る様子は無い。奥のゾンビは5体以上は確定だが10体には届かない。どうやら奥に続く通路があるようで何体かゾンビの声が変化している。
「十分だ。これで一気に制圧できるだろう。とは言っても数が多いからなぁ……。曹長、軍曹達を読んでくれませんか」
「了解です!」
トランシーバーで伝えると、すぐに数人の兵士がこちらに駆けてくる。軍曹から連絡が行ったのかな? もう1機のヘリが高度を落として兵士達を下ろそうとしている。
「こんな感じです。出来れば拳銃で倒して欲しいのですが?」
「銃声を抑えたいという事ですね。これぐらい相手の配置が分かるなら何ら問題は無いでしょう。相手は通常型だけですよね?」
「そうです。頭に1発で十分ですが、制圧後に確実に頭部が破壊されていることを確認してください。急に動いて噛みつかれかねません」
「それで、このスコップを持たされたわけですか! 大尉殿の棒よりは短いですがゾンビを動かすぐらいならこれで十分ですね」
連結式の柄を繋いで60cmが付いたスコップは結構役立つからなぁ。俺も最初はその絵を連結した棒でゾンビを亜相手にしていたぐらいだ。
「突入態勢が出来たところで俺の肩を叩いてください。このゾンビが動いていますから、その位置を教えます」
扉に近寄ってヘッドホンから聞こえる音の位置を確認していると、俺の肩がトン! と叩かれた。
右手を使ってゾンビの位置を教える。
動いているからなぁ。拳銃を手に持って、俺の右手の動きを眺めているに違いない。
「ゴー、ゴー!!」
軍曹が扉を蹴り開けると同時に中に踏み込んだ。
直ぐに数発の銃声が聞こえてくる。軍曹に続いて押し入った兵士達の銃声が少し遅れて聞こえて来た。
「クリアー! 大尉殿、制圧完了です。……急いでゾンビの頭を確認するんだ!!」
ホッとした表情を浮かべ、サイト―さんに小さく頷いて立ち上がる。
まだ気を抜くことは出来ないが、とりあえずエントランスの制圧は完了したようだ。
エントランスに入ると素早く、周囲を確認する。
奥に向かう通路が1つ。いくつか部屋があるようだな。上階に向かう階段は入口左手にあった。鉄製の枠が付いているから、2階まで見ることが出来る。少なくとも2階からゾンビが下りてくることは無いだろう。
「続いて1階の掃討を行う。軍曹、2階から顔を出すゾンビがいるかもしれん。3人を残してくれないか」
「確か階段が苦手という事でしたね。なら新人で十分でしょう。途中にロープで柵を作っておけば彼らも安心でしょう」
念の為に再度集音装置で2階の様子を確認する。
少し統率型の声が聞こえるんだが、2階にいるとは限らないな。少なくとも戦士型がいなければ問題は無いだろう。何かあれば俺達が急行すれば対処できる。
「それじゃぁ、始めようか! 先ずはこの扉の奥だ」
1階のエントランスはカウンターの向こうが事務所のように作られている。その奥にある部屋は所長室もしくは会議室だろう。それほど大きくはないだろうけど、先ずはいつもの通りに集音装置で中を探ってからだ。
サイト―さんが、集音装置で探った結果をボードに描いて見せてくれた。
2体いるようだな。どちらも動いているけど、それほど大きな動きではない。
軍曹に見せると、直ぐに2人の兵士に突入を指示する。
「扉からの距離と方向が分かっているんですから、ゲリラ掃討を行うよりも楽ですよ。もっとも有効射撃が頭部だけなのが問題ですけどねぇ」
「距離が近くて、数が数体ならば部屋が小さくてもスタングレネードを使ってください。ゾンビの動きが数秒ほど止まりますから」
「状況に応じて使いましょう。たぶん、この基地の掃討を続ける中でスタングレネードを多用する事態も出てくるに違いありません」
そんな事態にはあまりなって欲しくはないんだけどなぁ。
苦笑いを浮かべて頷いている俺達に、兵士が駆け寄ってきて部屋のゾンビを掃討したと報告してくれた。
さて次は通路に沿って部屋を確かめて行けば良いだろう。
エントランス近くの部屋を2つほどサイト―さんと一緒に確認した後は、サイト―さんからの情報で掃討を続けることにした。
後ろで状況を確認していれば十分だろう。
今のところ危険なゾンビは出てきていないからなぁ。
1階の掃討を終えたところで、ジョルジュ中尉に連絡を入れる。
ジョルジュさん達がエントランスに現場指揮所を構築している間に小休止を取ることにしたんだけど、俺達だけが一服しているのはねぇ……。何となく申しわけない気分になるんだよなぁ。
ジョルジュ中尉が俺と軍曹を呼び寄せる。
事務所にあった椅子を持ち寄って小さなテーブルを真ん中に置いて座るのは、コーヒーと灰皿を置く場所という事だろう。副官のバーネストがもう1つテーブルを持ってきたけど、それって確か花瓶が置かれていなかったか?
どうやらトランシーバーを乗せる台が欲しかったようだな。
彼の場合は背負っていたフレームバッグをその上に乗せれば良いだけなんだけどね。
モニター画面も良く見えるし、トランシーバーの声も良く聞こえてくる。
「遅れがまるでないよ。どちらかと言えば進み過ぎている感じかな。それで、サイト―嬢は使えるかな?」
「十分に使えます。この通路奥の部屋の掃討は彼女からの情報のみで行ったぐらいです。さすがに大尉殿まで状況を見極めるまでは出来ませんが、突入前の事前情報はかつてのゲリラ戦よりはるかにマシに思えます」
「なら問題ないな。次は上階になる。くれぐれも注意してくれよ」
「上階に、少なくとも1体統率型がいます。今のところ声に変化はありませんから、ラッシュの兆候はありません。周囲を警戒している兵士のライフルにサプレッサーが取り着けてあることを再確認してくれませんか」
「了解だ! 直ぐに確認させるよ。それで君達は?」
俺達のライフルにサプレッサーが付いていないことに気付いたようだ。
部屋の掃討を拳銃で行っていると説明したんだが、建屋によってはライフルを使うことだってありそうだ。邪魔になるけどライフルにも付けておこうか。
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管制建屋は3階建てだった。2階の西端の部屋に統率型がいたけど、サイト―さんがしっかりとその存在と位置を軍曹に教えていたから、この部隊がゾンビに後れを取ることもないだろう。
後は戦士型や士官型の存在を実戦で学べば十分に思える。
腕時計を見ると15時を過ぎていた。今日は南側にある事務棟の掃討までだから、軽い食事をして始めることになりそうだ。
1階に戻り状況をジョルジュ中尉に報告したところで、南の事務棟攻略の情報を共有することにした。
「今度は私の部隊のラビット軍曹達と同行して欲しい。1個分隊で制圧し、周辺をトニー軍曹率いる部隊が警戒に当たる。ラビット達で対応しきれない場合は、マスケット少尉の部隊から1個分隊を派遣し、トニー軍曹を引き継げば良いだろう」
「私の部隊の日本人はヤマダ上等兵です。新兵というには少し年嵩ですが、射撃大会にも出た経験があるとのことで、彼にはM14狙撃銃を渡しています。確かに腕は良いですね」
今年で28歳というから俺より4つ年上だな。射撃大会は日本ということだから、エアライフル競技の選手だったのだろう。
「実戦経験はあるんでしょうか?」
「2度程前線に出て、ゾンビの声を確認出来ることを確認しました。群れの中の統率型の存在を知らさえてくれましたから、砲撃で潰すことが出来ました」
それなら安心して状況確認を任せられそうだな。
コーヒーを飲んで一服したところで、ラビット軍曹と一緒に彼の部隊と合流する。今度は臨時副官のバーネスト准尉も同行して貰う。トランシーバー類を纏めたフレームパックを背負って貰い、情報共有の要となって貰うことにした。
今度はさすがにマーリンを持って行こう。
肩に背負って軍曹の隣を歩くと、集まってきた兵士達が興味深々な表情で俺を見てるんだよなぁ。
「さて、ゴーサインが出たぞ! 出発だ。ヤマダ!こっちに来てくれ。彼が海兵隊のサイカ大尉だ。ゾンビとの戦いの経験はアメリカで一番だからな。しっかりと教えて貰ってくれ」
「了解です! 大尉殿、よろしく御指導願います」
キリっとした姿勢と表情で俺に敬礼をしてくれた。
慌てて答礼した姿を見て周囲から失笑が漏れるんだけど、これは耐えるしかないだろう。
「サイカです。元海兵隊軍曹の家にホームステイしていましたから、何時の間にかこんな姿になってしまいました。射撃が得意ならそれを伸ばしてください。案外100m先のゾンビをヘッドショット出来る兵士は多くはないですからね」
俺の言葉に、成り行きを窺っていた兵士達の表情が変ってきた。自分達の射撃の腕を貶されたと思っているんだろう。
決してそうではないんだけどなぁ。訓練に問題があるんだよね。対人射撃の訓練は腹を狙うからなぁ。それが実戦でも出てしまうんだよね。
「大尉殿、私の部下の射撃の腕は一流ですよ」
「やはりそう捉えましたか……。別に貶したわけではないんです。ゾンビの唯一の弱点である中枢組織を破壊する事。通常型であるならかつて脳の在った部分に存在していますから、ヘッドショットが要求されるんですが……。咄嗟の銃撃で腹を狙ってしまう兵士が多いんです。たぶん訓練で叩きこまれた成果だと思うんですが、ゾンビとの戦いでは命取りになりかねません」
俺の言葉に、少し難しい顔をしていた軍曹の表情が和らいで最後には頷いているんだよなぁ。
軍曹もそんな兵士を見たことがあるんだろう。
「確かにそうですなぁ……。頭で覚えたなら少しは改善するのでしょうが、体に浸みこむまで射撃訓練をさせましたからね。咄嗟の銃撃ではそうなるようです。となると、そんな状況を作らないように作戦を遂行する必要が出てくるわけですね」
一歩下がって冷静に狙いを付ける。
言葉にするのは容易だけど、これが中々できないんだよなぁ。




