H-669 先行してゾンビ2体を倒す
作戦前の会議が終わった時には17時を過ぎていた。
まだ食堂は混雑しているだろうから、コーヒーを飲みながら雑談を始める。
すでに作戦内容は頭に入っているだろうし、確認を要する事項も無いからね。
「結局、使う銃弾の種類が増えてしまいました。出来れば統一したいところではあるんですが個人の技量もありますからね」
7.62mmに5.56mmのNATO弾。俺が使う44マグナム弾にサイト―上等兵が使うのはM1カービンだと言っていたからね。それにショットガンはダブルオーバッグにスラグ弾だからなぁ。拳銃は色々と種類があるようだけど、銃弾は9mmパラベラム弾に統一出来たらしい。
「銃弾の補給に問題が無ければこのままで良いわ。でもM1カービンを良く見つけたわね」
「かなり在庫があるとのことでした。近距離射撃であれば十分ゾンビに対応できますから、民兵用に使うようですね。銃弾も生産ラインを作ったとの事です」
セミオートで射撃が出来るからなぁ。元々は士官用に作ったらしいけどね。
俺も最初の頃使っていたんだよなぁ。今でも山小屋の自室の壁に飾ってあるぐらいだ。
「サイカ大尉の話を聞いて、スタングレネード弾をたっぷり調達してあります。全室の突入時に使用しても余ると思いますよ」
「ゾンビは視覚より聴覚が発達していますからね。数秒間動きが止まります。数が多いと判断したなら迷わずに使ってください。それで耳栓は全員持っているんでしょうね?」
「予備を含めて持たせました。地下で使ったならかなり耳に残りそうですからね。地下室の訓練時に使わせてみたんですが……。すぐに兵士達がどこからか耳栓を調達してきました」
あれは強力だからなぁ。こっちまで影響を受けるんだよね。
俺はヘッドホンが頼りなんだけど、それでもヘッドホンの上から耳を抑えるぐらいだからねぇ。
18時を過ぎたところで、食堂に向かう。
士官食堂は別にあるんだが、人数が少ないということで兵士達と一緒に食事をとる。それでも、2つのテーブルが士官専用になっているんだよなぁ。あまり差を付けるは良くないと思うんだけどねぇ……。
どうにか盛られた料理を平らげたところで、部屋に戻る。まだ寝るには早い時間だから、オットーさんから頂いたドローンの仕様書の入ったメモリーを小型のタブレットに差し込んで読むことにした。
この部隊に長期間滞在するならノート型のパソコンを持ってくるところだが、今回の作戦を終えれば陸上艦隊に戻ることになる。荷物にならないように10インチタブレットを用意して貰ったんだが、落としても壊れないように頑丈なハードケースが付いている。作戦時には音声スペクトル装置と一緒に大きな棟ポケットに入れておこう。
スキットルに入れてあるワインを飲みながら眺めていると、段々と眠くなってくる。
ドローンに用意されたセンサーが結構あるんだよなぁ。その説明が専門的過ぎるから眠くなるに違いない。
寝落ちする前に、シャワーを浴びてベッドに入る。明日は忙しくなりそうだな……。
部屋に備えてある目覚し時計の音で目が覚めた。
時刻は7時丁度だ。
戦闘服を着こんで、ベストや装備ベルトに納めてある各種装備を確認する。
ヘッドセットとヘッドホンが一体化されたギアをアライグマの帽子を被った後に乗せる。
戦闘時に動かないように顎にもベルトを回して固定するんだが、これから朝食だからねぇ。ヘリに搭乗する時で十分だろう。
最後にドアに取り付けてある鏡に自分の体を写して問題が無いことを再確認する。
マーリンを肩に掛けて部屋を出る。鍵は掛けないのがルールらしい。
最初に甲板に向い、いつものように東に見える山並みに両手を合わせて頭を下げる。
そんな俺を、甲板でランニングをしている兵士達が首を傾げて見ているんだよなぁ。
イワシの頭も信心というぐらいだからねぇ。これからゾンビと戦うことになるんだから、いくら準備が整っていると言っても、最後は神の匙加減ということで納得するしかなさそうだ。
食堂で朝食を頂いて、甲板への集合時間まで士官室でコーヒーを飲みながら過ごすことにした。タバコに火を点け、苦いコーヒーをお湯増しして砂糖たっぷりで飲んでいると、臨時の副官になってくれたバーネスト准尉が完全装備で現れた。
「ここでしたか。気の早い連中は甲板に移動していますよ」
「まだ30分も前だろう? いくら何でも早いんじゃないか。甲板には5分前で十分だ。コーヒーを飲んで体を温めておこう」
言われるままに士官室の端にあるテーブルのコーヒーセットからコーヒーを淹れると、テーブル越しの席に着いた。
タバコを勧めると首を振っているから、健全な生活をして谷違いない。
「M14は結構大きいと思っていたんだけど、君が背負うと様になるなぁ」
「20発マガジンですが、セミオートだけなのが残念です」
「ゾンビ相手にライフルを乱射するのは止めてくれよ。確実なヘッドショットが一番だ。それを可能にすべく状況を作るのが士官の仕事になる」
「射撃距離が近いんですよねぇ。100m以下ならM4カービンでも十分に思えるんですが」
相手が通常型だけならそれで十分だ。だけど戦士型、それも装甲を持つ戦士がいたならM4カービンで倒すのは苦労するに違いない。
そんな話をすると、目を見開いているんだよなぁ。
まだ戦士型を見たことは無いんだろうな。
「君が後ろでM14を構えているなら安心できるよ。通常型ならパラベラムでも十分に倒せるけど、戦士型はねぇ……。戦士型の中枢は進化種によって少し違うんだ。だが、胴体の前面もしくは胴体から突き出たバケツのような部分にあることが多い。数発撃ち込みながら相手の反応を見て倒してくれよ。でも、『不味い!』と思ったなら迷わずに手榴弾を使ってくれ」
「了解です! でも、あんな怪物に進化したとは思いませんでした」
「まだ数が少ないからなぁ。だけど少しずつゾンビの姿が変わってきているよ。これまでに遭遇したゾンビの姿は図鑑として公開されているから、良く見ておいて欲しい」
俺の言葉に、真剣な表情で頷いているんだよなぁ。
真面目を絵にかいたような青年だけど、ゾンビを前にしてどこまで冷静でいられるか悩むところだ。
そういう意味では、ゾンビとの本格的な戦闘を行った兵士はこの部隊の半数というところだろう。
今回の作戦は、彼らにゾンビとの戦いを知らしめる場でもあるようだ。
時計を確認して、マーリンを手に腰を上げる。
まだ10分近く余裕があるんだが、何時の間にか士官室にいるのは俺達だけになっていた。
ゆっくりと甲板に出ると、2機のベノムの前に兵士達が集まっている。
俺達に機が付いたジョルジュ中尉が手を振っているのが見えたから、俺達はあのヘリに搭乗すれば良いはずだ。
ヘリのローターがゆっくりと回っているから、上半身を屈めながらヘリに近付く。
キャビンには数人の男女が席に着いていた。
結構エンジン音が煩いんだよなあ。集音装置のヘッドホンを装着して、しっかりと顎にもストラップを回して固定する。
トランシーバーを集音装置を介して接続したところで、ジョルジュ中尉と話をすると、最初にサイト―上等兵を紹介してくれた。
「彼女がサイト―上等兵です。サイカ大尉の次に軍曹が降下したところでホイストを使います」
「了解。それで、今朝仕掛けたジャックで分かったことは?」
「目標の管制建家から出てきたゾンビはおりませんが、南の建家からぞろぞろと出てきました。こんな感じです」
タブレットに映し出された画像には20体ほどのゾンビが動いていた。
通常型だな。これまでに何度かジャックを仕掛けても、まだこれだけ出てくるとなると、建物自体を破壊したほうが良いのかもしれない。
その判断は管制建家の1階を掃討した後でも良いだろう。300ⅿほど離れているなら、大きな銃声を出さない限り俺達の邪魔になることもないだろう。
「指揮所より作戦開始3分前を告げてきました。定刻通りに発艦します!」
俺達の会話に、ベノムのガンナーが割り込んできた。キャビン内への連絡係も兼ねているようだ。
ガンナーに頷いたところで、いつものようにキャビン出入り口の床に座り足を離着陸ギアのパイプに乗せる。
ベルトに付けたロープ付きのカラビナをベノム内の鉄パイプに回しておけば安心だ。
腰に差した4本の棒を連結して1.2ⅿの鉄パイプにする。鉄パイプと言っても、真ん中の2本はチタン製だ。重さは2kg程なんだけど、先端部分に3cm程の突起が出ている。これでゾンビの頭を殴れば1発で倒せる優れ物だ。それに倒れたゾンビを持たずとも突起に引っ掛けて運べるからね。
棒の準備が出来たところで、マーリンを副官に預ける。
ホルスターのP-38を取り出して、先端にサプレッサーを取り着けベルトに挟む。
そんな俺の様子を見て、自分の装備を再確認しているようだ。サプレッサーだけはしっかりと取り着けて置いて欲しいな。
「0930時! 発艦します!!」
ガンナーの声と共にローターの回転音が高くなり、ふわりとベノムが甲板を離れた。
5分も掛からないだろうな。
上空に上がると、目標となる飛行場が見えて来たし、管制建家も管制塔の隣にしっかりと見えたからね。
管制建家の西50ⅿほどの位置でヘリがホバリングを始めた、ゆっくりと旋回してくれたから周囲の状況が良く分かる。
やはり数体のゾンビがいるんだよなぁ。
空港はうっすらと雪化粧しているんだが、ゾンビ達は耐寒体質に変わっているのだろうか。動きが鈍くなった様子は無いな。
「いますね……。一番近いのはあの2体ですが」
「サッサと始末しましょう。…ヘリをあの2体の真上に移動してくれないか!」
ヘリが少し高度を上げて、2体のゾンビの真上を目指す。
管制建家から30ⅿ程の距離だからなぁ。邪魔以外のなにものでもない。
体を固定していたロープを外して、自分の腰に巻いておく。
しっかりとキャビンの出入り口にある鉄パイプを握り下を見る。
降下用のロープが下ろされたが、さすがに地上には達していないな。
地上から5ⅿほどの距離まで下ろしてもらい、ロープを握る。
「さて、行ってきます。2体倒したなら直ぐに最初の2人を降下させてください!」
片手で棒を握り、ロープに足を絡めながらゆっくりと降りていく。
少しロープを揺すりゾンビが上手く俺の真下になる位置を見つけて……、ロープから手を離した。
落ちながら鉄の棒を振りかぶり、真下にいたゾンビの頭部を砕く。
そのまま横に転がりながらもう1体のゾンビに近付き足を払った。転倒したゾンビの頭部を鉄棒で打ち砕くと、ベノムに向かって手振る。
直ぐにロープで兵士が1人下りてきた。もう片方の出入り口からゆっくりとホイストが兵士を下ろしてくる。
さて、周囲のゾンビは?
集音装置を使ってゾンビの声を確認する。
ゆっくりと体を回して全周の確認をしているところに2人が寄ってきた。
「サイトーさん。集音装置を使って周囲を確認してください。ゾンビの位置と集合状態を確認するのが先行部隊に最初の仕事です」
斎藤さんが直ぐに頷くと、俺と同じようにゆっくりと体を回して周囲のゾンビの声を確認している。
すでに終わっているんだけど、これも作戦目的の1つだからなぁ。
「あの3体の声が一番大きいです。あの建家に歯かなり潜んでいるようですが数の推定は出来ません。管制建家からも声が聞こえますし、管制塔の上からも聞こえてきます」
「その中に統率型はいたかな?」
「鈴虫の声でしたね。管制建家からは聞こえませんが、あの建物については要注意です。ゾンビの声が重なって判別できません」
「その時に役立つのが、これなんだ。スペクトルアナライザーでは、通常型と統率型の声の高さが少し異なるからもう少し状況が見えてくる……。ほら、通常型の帯域よりも少し高い波長に広がっているだろう。数は分らないけど間違いなくいるよ」
状況をジョルジュ中尉にサイト―さんから伝えて貰う。
直ぐにヘリが近づいて来たから、残った連中が降下してくるはずだ。少し離れた場所からこちらに近付いて来るゾンビは、降下してくる連中に始末して貰おう。その間に管制建家に近付いて、中のゾンビを確認しておかないと……。




