H-660 訓練が始まった
「我等も、M14を使うことになるんでしょうか?」
消防部隊を率いるエドソンさんが、困った表情でエメルダさんに問い掛ける。
「使えるならその方が良いんだけど、そちらで選んでも構わないわ。ショットガンも有効と聞いているから、部下の人数分だけ車両に搭載して置いて頂戴。でも拳銃だけは携帯して欲しいわね。拳銃弾は9mmパラべラムで統一してね。それと、後方とはいえ、輸送部隊も消防部隊と同じように武装して欲しいわ。手持ちが無ければカミラに伝えて頂戴。直ぐに用意します」
さすがに7.62mmNATO弾が使えるライフルは準備しないと思うけど、射撃成績を見て数人に渡しておいた方が良さそうだな。
これは後で、具申しておこう。
「移動車両は、消防部隊が消防車、輸送部隊が6輪軍用トラックになるでしょうが、我等の使う車両はどのように?」
「大型の軍用トラック1両に通信機を備えて指揮所を作ります。攻撃部隊と工兵部隊は指揮官がストライカーを使い、後は軍用トラックを使うことになますが、ストライカー3両は運転手と射撃種兼ナビゲーターを大型トラックと同じように別途用意します」
ストライカーで地下に入るわけではないからね。
運転手達がそのまま地上に残った部隊の四方に展開して、ゾンビの襲撃に備えるということなんだろう。
どうにか必要な装備を皆で確認し合い雑談が始まろうとした時に、「ところで皆さんはクロスボーを使ったことがありますか?」と聞いてみたら、途端に騒がしくなってしまった。
エメルダさんが手を叩いて場を静めると俺に視線を向けてきた。
「いくら音を出さないからといって、そこまで必要かしら?」
エメルダさんの言葉に他の士官達も頷いているんだが……。気付かないのかな?
「地下施設に可燃物や爆発物があった時に使う為です。ヒューストンの石油コンビナートでは、部隊全員から火器を取り上げて、クロスボーと弓それに棒で相手をしました。作戦開始前に皆で訓練をしてどうにか当たる様になったところでコンビナート内のゾンビの駆逐を始めたんです」
面白そうな表情で俺を見ていたエメルダさんの表情が、話を聞くにつれて硬くなっていく。最後に溜息を吐いてるんだよなぁ。
「そういうことも考慮する必要がありそうね……。カミラ、至急20丁ほど集めてくれない? ボルトは多めに集めた方が良さそうね。ところでサイカ大尉の腕は?」
「俺は弓を使ってたんです。休暇中はロッキーで野ウサギ狩りを弓で行っていましたからね。俺の部隊のファイルに、ヒューストンでの練習風景があったはずです。それを参考にして練習すると良いですよ。目標は30m先の直径30cmの的に命中させることです」
「頭を模擬してるということだな。まったく面倒な話だが、弾薬庫で銃を乱射するわけにもいくまい。とはいえそんな場所なら、ゾンビを一気に爆殺させることも出来そうだ」
「ケースバイケースで対処しましょう。でもこの際だから皆さんにはクロスボーの練習をして貰いましょう。作戦開始は来年の2月だから、それまでには全員がウイリアムテルになれそうね」
カミラさんがファイルから探し出してくれた画像が上映される。
強襲揚陸艦の甲板で練習していた時の画像だな。
皆が笑みを浮かべて見ているのは、最初の頃だから結構的から外れているからだろう。
「おい、おい……。あんなことが可能なのか! しかもあの弓の形がかなり変わっているように思えるんだが……」
最後の映像を見た士官達が、一斉に俺に視線を向けてきた。
「銃はダメですけど、弓なら結構自信があります。あの形は弓の長さを長くするための工夫なんです。弓の長さが俺の身長と変わりませんからね。ロングボウの一種ですから、かなり強力ですよ」
「10体前後なら、サイカ大尉だけで倒せるという事ね。マリアン少将の言葉は間違っていなかったという事か……」
部隊の戦場が閉鎖空間になるからなぁ。エメルダさんもそれが気になるようだ。
作戦開始までには3カ月以上あるから、その間にどこかのビルを使って室内戦闘の訓練を繰り返せば少しは不安が減ると思うんだけどねぇ……。
どうにか日暮れ前に、部隊の装備が纏まった。
カミラさんが各部隊の副官と明日別途に集まって最終調整をするらしい。兵站部から資材を集める時に、部隊全員分の装備があれば良いんだけどねぇ。無ければ別途調達する手段を考えないとなぁ。
「状況に合わせた作戦を、あらかじめいくつか作っておきたいの。現場の状況で作戦案の中から最適なものを選び、その場で修正すれば無駄な時間が無くなるわ」
「そもそもアメリカに我等が対応しなければならない地下施設がいくつあるかも分からない始末ですからねぇ……。来年中にも、もう1つ部隊が出来そうに思えますよ」
地上戦に海戦、それにっ潜水艦同士の海中戦や宇宙を舞台にした戦も対応できるように軍備を整えてきたはずなんだが、カウンターテロや人質奪回作戦のようなことは経験していたんだろうが、さすがに地下施設での戦は想定していなかったに違いない。相手の数が場合によっては1万体にもなりそうな場合も出てくるだろうからなぁ。
何事も初めての取り組みは苦労が多いだろうし、考え過ぎなところもあるに違いない。だけど、用意したけど使わなかったなら何ら問題はない筈だ。その時に、あれがあったなら……と後悔しないように準備だけはしておきたいな。
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色々と準備を整え、ドーバー市のあるデルマーバ半島の南西に位置する半島にある小さな島で訓練を開始したのは12月に入って直ぐの事だった。
ポトマック川の河口にあるセントジョージ・アイランドという名前がある島にはプライベートの立派なゴルフ場がある。そのゴルフ場のクラブハウスの地下室を使っての訓練だ。コースも広いから簡単な訓練施設を作って貰ったようだ。
この島は新兵の実戦訓練を行ってゾンビから解放したらしい。訓練はしたんだろうけど、初めての実戦になったことで若干の犠牲者が出たらしい。
バイニ―・ポイント・ロードと呼ばれる州道249号線を30kmほど北上すれば国道5号線に到達する。国道5号線を北上すればワシントン・DCだからね。反攻作戦の足掛かりとして早期に確保したかったんだろうな。
今では2個小隊が州道を封鎖しているし、湾の中にも75mm砲を装備した軍艦が1隻浮かんでいた。
ドローンを使って州道の北を広範囲に偵察しているようだから、安全な島といっても良いんじゃないかな。
「出来れば1個分隊に2名ずつ、日本人を入れたかったですね。現在は4名ですし、サイカ大尉がいつまでもいるわけではありません」
「強請ってはいるんだけど、各戦線でもなんとかして欲しいと本部に陳情が来ているみたいね。でも私達は統合作戦本部直轄なんだら、もう少し粘ってみるつもりよ」
ジョルジュさんの呟きに、エメルダさんが渋い表情で答えている。カミラさんが淹れてくれたコーヒーを受け取ったところで、タバコに火を点けながら壁のスクリーンに映し出されたドローンの画像と手元の仕様書を見比べた。
さすがはオットーさんだ。直ぐに形になるんだからね。
でも、これをドローンと言って良いのか迷うところだな。ドローンは無人飛行物体に付けた愛称らしい。
だけど、このドローンは飛ばないからなぁ。
ニューヨークの地下鉄内の探査を目的としたメカもドローンと呼んでいたんだよねぇ。
無人探査体と呼んだ方が適切なのかもしれないけど、今まで通りこれもドローンと呼んでいこう。
6脚で動く重量80㎏のメカだけどね……。
「これがサイカ大尉の考えるドローンなの?」
「空を飛びませんからドローンと言えないんでしょうけど、目的は似ていますからね。天井が低い地下施設や地下トレンチ内の長距離探査をこれで行います。半自律型ですからマッピングを行ってくれますし、途中で立ち止まってゾンビの声を聴くことも出来ます。通常は高感度カメラを使わずにスターライトスコープを使います。さすがに真っ暗ではカメラが使えませんから、ケミカルライトを射出して光源とします」
「でも、形がねぇ……。昔飼っていたダックスフンドがどうしても思い浮かぶによねぇ」
胴長で短足だからかな? それに頭に見える物体が胴体前にちょこんと乗っているからだろう。だけどあの頭は、ポロリと落ちるんだよね。中身は10kgの白リン焼夷弾だからなぁ。
仕様書に『デュラハン』と書かれていたんだよなぁ。オットーさんのブラックジョークなんだろうけどね。
「それで、こちらがもう1つのドローンという事ね。あまり変わっているようには思えないんだけど……」
「先行偵察特化型で狭い空間での運用を前提にしたドローンです。天井から30cm程の位置を自動で保ちますから、ゾンビに襲われることは無いでしょう。赤外線ライトに赤外線領域までシフトした好感度カメラそれに集音装置を備えています。周囲を詳しく調査したい場合もあるでしょうから、光量の大きなケミカルライトを2本落とすことが可能です」
いろんな機能を盛り込んだから、操縦がかなり面倒らしい。2つのドローンを操作する兵士をオットーさんの部隊から出してくれたからかなり助かるんだよね。
「そろそろ地下室を使って訓練を始めたいわ。このドローンが役立つかを確認しないとね」
「結構使えると思いますよ。ところで聴音担当の兵士の仕上がりはどんな感じですか?」
「広さが分からない部屋にCDプレイヤーを幾つか仕掛けて、その位置を確認する訓練を繰り返しているわよ。サイカ大尉のようにはいかないかもしれないけど、分隊長達は満足しているみたいね」
「出来れば統率型と戦士型の発する音も、混ぜてください。その区別が出来れば部屋の突入時にゾンビの掃討が容易に行えます」
通常型ばかりという事はあまりないはずだ。
先ずは統率型と戦士型が中にいるかどうかを判断できれば十分だろうし、慣れれば他の進化種の存在も判断できるようになるだろう。
地下施設からゾンビを素早く駆逐するためには、聴音担当者の技量を高めないといけないからなぁ。




