H-657 地下施設専門部隊を『シルバーフォックス』と名付けたようだ
所長に昼食をご馳走になって、15時頃まで歓談を続けた。
たまには息抜きということなんだろうな。歳と見識の深さはアメリカで一番なんだろうけどねぇ……。
トランシーバーの着信音に気付いて応答すると、相手はリンダさんだった。
ちょっと話があるとのことだけど、その相手はマリアンさんに違いない。あれから本部長からどんな譲歩を引き出したんだろう。
「どうやら軍から出頭指示が来てしまいました。これで失礼しますが、今年の冬は山小屋でお待ちします」
「楽しみにしているよ」
互いに体をテーブルに乗り出して握手をする。
しっかりと立ち上がったところで、所長にお辞儀をすると執務室を出た。
直ぐに迎えに行くと言っていたから、もう直ぐ来るかもしれないな。
足早にエントランスホールに向かうと、丁度玄関の扉が開いてリンダさんが現れた。
「玄関先に車を待たせています。直ぐに乗ってください」
何か決まったのかな? まだまだ交渉が続くと思ってたんだけど……。
ハンヴィーの助手席に乗り込むと、直ぐにリンダさんが車を発進させた。
基地内のメイン道路に出ると、速度を上げる。基地内だからパトカーはいないだろうけど、これは少し出し過ぎに思えるんだよなぁ。
んっ! ここで曲がるんじゃなかったかな?
海軍の建物に向わずに、そのまま道路を走っていく。
いくつかの建物が過ぎたところで一際大きな建物が見えてきた。
その建物のエントランス階段の前に班ヴァ―ガ止まると、リンダさんに促されて車を降りる。
ここは……、と悩みながら階段を上がっていく途中で衛兵の装備に気が付いた。
陸軍ってことか!
マリアンさんは元海軍だったから、陸軍とあまり仲が良くないと思っているんだけどなぁ。
エントランスの受付でリンダさんが用向きを伝えると、直ぐに案内の兵士がやって来た。
軍曹が案内役とはなぁ。俺達が尉官だからかな。
会談を上がらずにそのまま奥へと続く回廊を歩いて行くと、110と表示のある扉の前で軍曹が立ち止まりノックをする。
用向きを伝えると、直ぐに扉が開いた。室内でも扉近くに兵士がいたようだ。
「陸上艦隊ファウンドドッグ分隊指揮官サイカ大尉を案内してまいりました!」
「ご苦労! サイカ大尉、ここは初めてだろうが、陸軍と海兵隊は昔から互いに助け合う仲でもある。此処に座ってくれないか」
先ずは敬礼だな。相手の答礼が済むのを待ってから右手を下ろして、指定された席に着く。隣はマリアンさんだ。やはりマリアンさんと陸軍で何か問題があったのかもしれないな。
「サイカ大尉、本部長の下命ですからしばらくは陸上艦隊を離れるのは仕方のないことですが、その間の部隊指揮はシグ中尉に任せますから問題はないでしょう。ペンデルトンの同意も得ています。最初の地下施設のゾンビを全て駆逐したところで部隊に復帰しなさい。とはいえ長期になることはありません。年末年始は2週間の休暇を取れるでしょうし、最初の作戦開始は早くても来年の2月下旬です」
例の新たな創設部隊への参加ということだな。ここはおとなしく従っておこう。シグさんなら無理をしないで部隊運用を行ってくれるはずだ。
俺が頷くのを見たんだろう。マリアンさんが笑みを浮かべると俺に体を乗り出して軽く頬にキスしてくれた。
驚いている俺を見て、さらに笑みを深めたマリアンさんが立ち上がり、「後はお任せします!」と言い残してリンダさんと共に部屋を出て行ってしまった。
ひょっとして、俺は人身御供ってことなのか?
「海軍きっての堅物と言われているマリアン少将のお気に入りということかな?」
「海兵隊中将も、どこにいても彼が海兵隊員であることは間違いないと言っておりましたぞ」
呆気に取られていた俺の耳にそんな言葉が聞こえてきた。
マリアンさんの悪評は海軍だけではないってことかな? 部下思いの良い人に思えるんだけどなぁ。
「さて突然ではあるが、紹介しておこう。右からオルコット陸軍少将、その隣がエメルダ中佐、そしてジョルジュ中尉にエリソン少尉、海兵隊のマスケット少尉と空軍のデビット中尉に元ニューヨーク消防署で分隊指揮をしていたエドソン班長、ゾンビ騒動前に軍を除隊した元陸軍少尉のワイルズ女史だ」
エメルダさんとワイルズさんが女性なんだけど、小母さんと呼んだら銃殺されそうだな。少し年上のお姉さんという感じがするから、そんな感じで接して行こう。
「新たな部隊を、『シルバーフォックス』と命名する。指揮官はエメルダ中佐だ。エメルダ中佐は、補佐官を5名を集めて欲しい。必要な人材があれば私が辞令を発するぞ。5人以外に、サイカ大尉を含める。これはサイカ大尉以上にゾンビを知る人間がアメリカにはいないからだ。サイカ大尉が部隊に在籍している間にその知見をしっかりと学んで欲しい。ジョルジュ中尉とマスケット少尉がゾンビ掃討の最前線に出ることになる。エリソン少尉が率いるのは工兵だが何度か戦闘を経験している。周辺警備はデビット中尉が担当だ。地下施設ということでゾンビに一番効果があるのは水攻めということになる。その為に消防タンク車6台と耕作者1台の指揮を執るのがエドソン班長だ。今回は私の権限で、エドソン班長に少尉、彼の指揮する3つの分隊の班長に軍曹の位を与える。
ワイルズ女史には元の位である少尉を与え、軍属の班長2人に軍曹を与えるぞ。ここまでは私の権限で行うことが可能だ。最初の任務は……、さすがに大都市という事にはいかんだろう。訓練期間は2カ月程だ。先程マリアン少将が言ったように、2月下旬に最初の実戦を行いたい。場所は、ここだ!」
大型スクリーンに、衛星画像が表示された。
アメリカの西海岸、ここはバンクーバーじゃないのか?
画像がゆっくりと拡大されていく。最初はバンクーバーだと思ったんだが、画像の中心が少しずつ南に下がって行く。
「あれは……、確か海軍基地では?」
そう呟いたのは誰だろう。中将が小さく頷くと口を開いた。
「バンクーバーの南80kmにあるウイドビー基地だ。海軍航空部隊が駐屯していた基地だが壊滅している。オペレーション・レイルロードはバンクーバーからカナダの大陸間横断鉄道を使って東に至る動線を確保することだが、その作戦過程でバンクーバーのゾンビの駆逐も目的としている。バンクーバーを落とせば、海兵隊が勧めているカリフォルニアの解放の後、両作戦部隊が南進、北進することでゾンビを駆逐することが出来よう。その作戦にいつまでも空母を使うわけにはいくまい。そこで、この空軍基地を手に入れることになる……」
海軍の飛行場は島にあるんだな。その島の東には海軍基地がある。何隻か軍艦が停泊しているけど、再び動かすことが出来るんだろうか。
「冷戦時代に作られた基地だ。この基地の東に州立公園があるのだが、その地下に隠匿施設が存在する。基地から地下トレンチを使って移動が出来る。地下施設と地下トレンチを持つこの基地は、君達の格好の演習場となるに違いない」
地下施設と地下トレンチの仕様に平面図はあるとの事だが、これを見ないで実施することになるらしい。
地下施設の全ての図面があるとは限らないからだろう。
とは言ってもねぇ……。最初から、敷居を高くしてないかな?
「なお君達の作戦に当たって、陸軍と海兵隊の准将達が監察官として同行する。護衛は自前で用意するし、実戦時には少なくとも前線から30m後方に位置するとのことだから、あまり邪魔にはならんだろう。だが作戦会議時には席を用意してくれよ。同席しても質問は厳禁と言っておいたぞ」
第3者的視線で部隊の活動を観察するということかな?
だけどなぁ……。やっぱり邪魔になりそうな気がするな。エメルダ中佐も溜息を吐いているぐらいだからね。
「さて、私からは以上だ。君達から要望があるなら可能な限り用意するぞ」
一通りの説明を終えた中将が、ポケットからパイプを取り出して火を点けた。俺達をゆっくりと見てるんだけど、俺が最初で良いのかな……。
「サイカ大尉です。確認が1つに要望が1つあるのですが……」
俺の言葉に中将が小さく頷いた。
「確認は、我等の装備に関わることです。装備については必要な資材全てを用意して頂けるのでしょうか。要望については、可能であれば航空宇宙軍のオットー中尉の協力を取り付けて頂きたい。地下施設では通常のドローンが使えません。少し変わったドローンが必要と考えます」
「装備については、君達でリストを作って欲しい。運搬手段は我等で考える。副官に提出してくれれば……、2週間以内に手渡せるだろう。オットー中尉の名は聞いたことがあるな……」
後ろの副官と小声で話合っていたが、直ぐに副官が席を離れてどこかと連絡を始めたようだ。
「確約は出来んが、本部長に動いて貰おう。たぶんサイカ大尉のような形で参加することは可能に思える」
「ありがとうございます!」と礼を言っておこう。オットー中尉が来たなら、直ぐにドローンを設計して貰わないといけないな。その前にこんな形で……と要求事項を纏めておかないといけないな。
「我々の移動を考慮して、使う車両を考えないといけません。どこまでの大きさと重量を許容して頂けるのでしょう」
「軍用トラックそれにストライカー辺りになるだろう。ブラッドレーやエイブラムは無理だな。C-130輸送機での移動が可能な範囲になる」
ゾンビラッシュは逃げることで何とかなりそうだな。航空支援が期待できるかについては、可能な限りとの返答だった。期待できるってことだろう。場合によっては巡航ミサイルやミサイルの支援でも十分だ。
緊急招集会議が終わって時計を見ると、17時に近い。
エントランスでコーヒーを飲みながら、オリーさんに連絡するとサンディーが迎えに来てくれるとのことだ。
さて、明日はエメルダ中佐を主体に、どのような作戦を行いその為に何を用意するのか詳細を詰めていくことになる。
使う会議室はこの陸軍の建物ではなく、統合作戦本部の1室になるとのことだ。
10時より始めるとのことだから、朝食をゆっくりと取れそうだな。
サンディーの運転するミニクーパーで研究所に戻ると、オリーさんがエントランスで待っていてくれた。
助手たちも一緒だから、そのまま食堂に向って夕食を取る。
オリーさんも忙しそうだな。もう直ぐ長い休暇に入るから仕方のないことかもしれないけどね。
雑談をしながらの食事は、俺達の部隊にいた時とそれほど変わらないけど、話題が少しハイグレードになるんだよねぇ。
たまに5人が顔を見合わせて笑みを浮かべる時があるのは、どうやらアメリカンジョークのようだ。意味が分からないと笑うことも出来ないから、首を傾げるしかないんだよなぁ。エディやニックがいたなら、その意味を教えてくれるんだけどねぇ……。
夕食が済むと、サンディー達がそれぞれの宿舎や家庭に帰っていく。
俺とオリーさんも部屋に移動して、軽く着替えを済ませた。
まだまだ夜は長いからなぁ。制服からジーンズにシャツに着替えるだけでリラックスできる。それに何といっても汚す心配をしないで済むからね。
オリーさんも似たような姿になって、クラッシュアイスの入ったカップを持って俺の横に座り込んだ。
中身は何だろう? オリーさんの好みはバーボンなんだけどね。
「さすがにこれ1杯だけよ。それにクリスマスのワインを飲んだらしばらくはお酒ともお別れね」
「女性は大変ですね。でもしっかりと自己管理をしてください。徹夜仕事は厳禁ですよ」
俺に顔を向けて苦笑いを浮かべているところを見ると、結構な頻度で徹夜仕事をしているんだろうな。
ここはミランダさんにお願いして監督して貰った方が良いのかもしれない。
「それで、新たな部隊は何とかなりそうなの?」
「優秀な士官を集めてくれたみたいです。指揮官はエメルダという名の陸軍中佐でした。マリアンさんより少し年下に見えましたね」
ふ~ん、という感じで俺の話を聞いている。
実際に言葉を交わしたわけではないから、どんな人物か予想がつかないんだよなぁ。
オリーさんがタブレットを取り出して、どこかにアクセスし始めた。
「この人ね! 結構な経歴ねぇ」
軍の佐官以上の人材についてプロフィールが紹介されているようだ。
後でゆっくり見てみよう。
「あら? 尉官クラスもあるみたい!」
俺のプロフィールもあるってことか? 個人情報の開示は問題だと思うんだけどなぁ……。




