H-655 アメリカ大陸を去る者達
「閣下はさすがに総動員体制までは望んでおられない。そうなると志願兵達を各戦区に充当して、歴戦の兵士を集めるしかなさそうだ」
本部長の言葉に、各線区の将官達が厳しい表情を向ける。
志願兵が一人前の兵士になるには、半年以上の訓練が必要だろうからなぁ。
将来的には戦力が増すことになるだろうが、しばらくは戦力低下に陥りそうだ。
「それで、どれぐらいの戦力を捻出させようと……」
海軍中将が問い掛ける。
「2個分隊を出して欲しい。4つの戦区から2個分隊ずつ集めれば2個小隊になる。加えて陸軍工兵部隊からの1個分隊に、元消防職員を3個分隊だ。3個小隊を地下施設専門の攻略部隊とする。地下施設の数がかなり多いことは先の画像で理解できたはずだ。オペレーション・ノーススターの進捗状況次第で、さらに同規模の部隊を新設するぞ」
消防車だけで5台を超えそうだな。
地下を相手にするなら、地上建築物を無視できそうだから自走砲部隊は必要ないだろうが、直ぐにその場から逃走できるよう車両に全員載せられるようにしておくべきだろう。
「バックアップに軍属を1個小隊は必要でしょう。中隊規模での運用であるなら指揮官は大尉となりますが……」
陸軍中将の言葉に、本部長が頷いている。先ずは部隊を1つ作って、実戦的な運用を通して過不足を評価するということになるのかな?
「単独での作戦を繰り返すことになるだろう。ここは佐官とすべきだろうな。マケイン、陸軍から出してくれんか。将来的には複数の部隊指揮を行うことが出来る人材を頼むぞ」
第2部隊が作られたなら、その上位に居座れる人材ということなんだろうな。
今は少佐でも、直ぐに中佐となれる人材であるなら問題は無さそうだ。それに初期にゾンビと何度も実戦を繰り返すことになるから、苦労を知る指揮官になるだろうな。
「あまり戦力を削って欲しくはないけど、将来的な戦力の増強ということで我慢するしかないでしょう……。そんな部隊を作るなら、都市部の地下施設は無視しても良いということになるのかしら?」
「現状通りとしたい。無理に地下に進めとは言わんが、可能な範囲での破壊は継続してくれ。ただし、ビルの地下室を超える地下施設、隠匿基地等を見付けた場合は、位置を報告して欲しい。ゾンビが出るようなことがあれば出入り口は破壊してくれ」
指揮官の裁量に委ねるということかな?
ビルの地下ならビルを破壊すれば、それで十分に思えるな。そうなると、155mm砲弾では力不足に思える。ドローンで地下に大型爆弾を運べれば良いんだけどねぇ。
本部長が新たな部隊の創設に関わる話を終えたところで、コーヒーブレークになる。
タバコに火を点けて、少し濃いめのコーヒーを頂く。
さすがに水で薄めることが出来ないから、角砂糖を3個入れて何とか飲んでいるんだけど、皆が俺に視線を向けて笑みを浮かべているんだよなぁ。
「さてあまり悩むのも良くないでしょう。ここで閣下の悩みが1つ減った事を報告します」
国務長官がパイプ片手に話してくれたのは、アメリカに居住していた他国の住民の一部が集団で新たな開拓地を目指したという事だった。
俺達がこれほど頑張っているのになぁ。ある程度の安全地帯が出来るまで我慢できなかったんだろうか?
長官の話をジッと聞いていると、少し理由が分かってきた。
どうやらアジア系と南米の人達のようだ。
「キューバに向かうという事で、我等としての協力はキューバのシエンフェーゴス市への爆撃と彼らの移動手段の提供までです。新たな国を作ると張り切っていましたが、さてどうなることか……」
「状況は軍事衛星の画像で確認していくつもりだが、キューバで手に入るのは東側兵器だ。彼等なら十分に使いこなせるだろう」
さすがに非武装で向かったわけではないだろうから、早々にキューバの軍事基地から武器を手に入れることになるのかな。
だけどなぁ……。そこまでするとはねぇ。
「済みません。俺も元アジア人の1人ですから、参考までに教えてください。キューバに向かった中に、日本人はいましたか?」
「ちょっと待ってくれ……」
国務長官が、後ろに控えていた副官に確認してくれた。
手元のタブレットを見ながら何度か頷いて、俺に過去を向ける。
「11人が同行している。夫婦であるなら同行するということなんだろう。個人的に同行した者はいないようだ。何か気になることがあるのかな?」
「11人が前線に出られるならそれなりにゾンビとの戦いを続けられるでしょう。さもないとラッシュが直ぐ起きかねません」
「音声映像装置を沢山運んで行ったようだ。それで代替するつもりなんだろう。統率型の恐ろしさは彼らも理解しているようだったな」
それなら少しはマシになる。
上手くキューバを開拓できれば良いんだが……。
待てよ。何故キューバを選んだんだろう?
アメリカに近くて農業を始めるには都合が良いし、軍は使っている武器は中国製もしくはロシア製だからなぁ。移動した連中にはなじみの武器に違いない。
そんな武器を手にキューバを発展してくれれば良いんだが、キューバの地理的位置が微妙なところにあることも確かだ。
東に向えばアフリカ諸国で東側武器の宝庫だし、南に向っても手に入りそうだからなぁ。
メキシコはどうなんだろう?
「国内の不満分子を一掃できたという事かしら?」
マリアンさんの言葉に、国務長官が笑みを浮かべて頷いた・
「私はそう考えています。色々と不満を周囲に漏らしていましたからね。移動した人員の総数は、現在までで2万人。移動を希望する者が未だおりますから今年中にはケリを付けたいと考えています」
総勢3万人規模になるらしい。大型フェリーと輸送船を何度か往復させることになるらしく最後は、1万t級の輸送船を3隻提供することでアメリカの協力を終えるとのことだ。
「彼らに希望はあるかしら?」
マリアンさんが俺に問い掛けてきた。他の将官達も興味深々な様子で俺に視線を向けてくる。
「希望はあるでしょう。シエンフェーゴス市という名は初めて聞きましたが、大きな都市とは思えません。閃絡爆撃を行えば3割ほどゾンビを減らすことは可能でしょう。移動した人員の数の2倍程度なら、時間は掛かるかもしれませんが橋頭堡を確保して内陸に向かうことができます。……これは俺の私見ですが、メキシコ国境の偵察は継続して頂きたい。移動した連中が、キューバを手に入れたその後を考えると……」
大型スクリーンにアメリカ大陸の地図が映し出された。
「メキシコは案外近いな。ユカタン半島から西に向えば太平洋だ。南に向かってパナマを手に入れれば太平洋を越えて彼等の故郷に向かうことも出来るが……」
「北に向えば私達の土地よ。でも攻めてくることはないと思うけど?」
「大規模なラッシュを起こして、アメリカを混乱に陥れることは出来るでしょう。メキシコの北西にあるティファナと北東部のレイノサは継続的な監視を行うべきかと……」
「ティファナは180万都市、レイノサは30万都市だ。国境線に作られた都市だから、軍事衛星による監視は継続しているが、もう少し南に目を向ける必要もありそうだな。それとパナマ運河を我等で維持することは出来んだろう。ゾンビの脅威を考慮したなら師団単位の派遣が必要だ」
パナマ運河は、ずっと使われていないだろうからなぁ。
再び運河として使えるまでには、根本的な整備が必要になりそうだ。
それなら、大陸間横断鉄道を使っての資材輸送が現実的だろう。太平洋やインド洋、それに大西洋に原子力潜水艦を派遣しての利用出来そうな沿岸の軍事基地の調査結果では、アメリカ以外の国は滅んでしまったようだ。たまに生存者のコロニーを見付けているようだけど、千人にも満たない小さなコロニーらしいから政府とはいえないだろうな。
他国との貿易を行わないなら、パナマ運河の必要性はあまりない。
強いて言うなら運河の水路が南からのゾンビの移動を阻止する要衝となりえるだけだろう。
「アジアに再び大国を作ろうと考えているのかもしれんな。先の長い話ではあるが、可能性が全くないわけではない。我等から離れて行った以上、彼らの生存に関わる協力に手を貸すことは出来んな」
「希望を形にしてあげたのですからなぁ。再び戻ってくることがあるかもしれませんが、その時は静かにして欲しいところです」
本部長の言葉に、誰かが呟いた。
かなり騒がしく活動していたのかな? こんな時代なんだから協力すれば良いと思うんだけどねぇ。
「さて、新たな開拓団についてはここまでにしよう。大統領閣下も注意は必要だと言っていたが、しばらくは外乱を生じないだろう。とはいえ、かつて覇権を持とうとした者達でもある。サイカ大尉の言葉は十分に留意するよ」
まぁ、直ぐにということではないだろうからねぇ。それにアメリカと袂を分かちあった連中が術一枚岩でもないんだよなぁ。
宗教を認めない国で教育を受けた人達と、イスラムや仏教を信じる人達、さらには中南米からアメリカを目指してやって来た人達は敬虔なカトリックの信者たちじゃなかったか?
どう考えても思想の統一なんて出来そうにないけど、軍事的な国家として強権を発動して1つに纏めるのだろうか。
そんな王国を作り上げたなら、住民のベクトルを1つに向わせることも可能だろうけど、俺はそんな国に住みたくはないな。
本部長が、再び地下施設攻略を専門とする部隊について話を始めた。
基本的には同意するけど、かなりリスクのある部隊になりそうだな。
だけどヒーロー好きの国家だからねぇ。案外、立候補する兵士が多いかもしれないな。
「本部長の話を聞く限りでは、他の作戦の進捗に大きな影響は与えないでしょう。となると、人選が1つの課題になりそうです」
「野外での戦闘経験は多くの兵士が持っているだろうが、地下施設ともなれば、また違ったスキルが必要になるだろう。そこでだ。マリアン少将。サイカ大尉を部隊編成及び最初の地下施設奪回までの間、オブザーバーとして参加させて欲しい」
海兵隊中将の言葉に頷きながら本部長が放った最後の言葉に、マリアンさんがきつい目を本部長に向けた。
「陸上艦隊の牙を抜くということですか!」
マリアンさんの大声に、夫である海軍中将まで目を見開いて本部長を見てるんだよなぁ。
それ程重要人物ではないんだけれど、ビルの地下に住むゾンビを掃討した経験が一番あることは確かだ。
「現在掃討しているヤンクトン市及び上流のダムについては先が見えたとの報告だ。そのままの状態を維持して、地下施設の出入り口を破壊した後にデンバーへ帰還しての再編成……。今なら、サイカ大尉を外しても問題はあるまい。デンバーからの南進時に前には元の部隊に復帰させよう」
「あくまで一時的な措置であるという事ですね。その対価を用意して頂けるなら納得しますけど……」
交渉ってことかな?
マリアンさんの事だからなぁ。顔に笑みが浮かんでいるところを見ると、新たな部隊編成に必要な資材と戦力を強請ることは間違いなさそうだ。
本部長の渋い顔に、やはり……という思いが伝わってくるんだよねぇ。




