H-645 ゾンビの群れがやってくる
昼を過ぎると、M777の砲撃が始まった。
4門の大砲は2門ずつ目標を定めて砲撃をしているようで、炸裂音の場所が離れているのが指揮所にいても分かるほどだ。
「105mmの方は市街の三分の一に砲弾を落としました。夕暮れまでに終わることは無さそうですよ。夜間もこのまま砲撃を継続します」
「市街の区画が細かかったからでしょうか。でもゾンビを倒すことを考えれば荒くは出来ませんからねぇ……」
「目標物を155mmで破壊しても、まだゾンビの声が聞こえるそうだ。最後はやはり接近戦ということになりそうだな」
「出来ればその前にもう1度焼いて欲しいですね。仮に3万体のゾンビが存在したとしたなら1万体近くのゾンビが未だ生存していることになります。瓦礫に埋まっているのでしょうが、不用意に近づいて噛まれたなら取り返しがつきません」
「そうだな。再度マリアン殿に爆撃依頼をするよう具申するよ」
具申で爆撃して貰えるならありがたいところだ。
皆でコーヒーをもう1杯飲み終えた頃、ハンタードローンを砲撃の終わった区画へ飛ばす。低空飛行でまだ燻ぶっている瓦礫の上をゆっくり飛行してゾンビの声を確認していく。
「やはり全滅させることは出来ませんね。ドローンの画像には映っていませんが、かなりのゾンビが瓦礫の下で生存しています。……統率型を確認しました。シグさん、刈り取ってくれるよう指示を出してください」
直ぐにドローンが高度を上げる。
ドローンの画像に赤い輝点が出てきたんだが、家の中にいる統率型と同じように少しボケた起点になっているな。
「この輝点の下に統率型がいると?」
「そうです。80mm迫撃砲弾で爆砕出来れば良いんですが……」
画像の右上にカウントダウン表示が現れた。今までこんな表示は無かったから、誰かがバージョンアップをしてくれたに違いない。
ヘッドホンを外して様子を見守っていると、カウントゼロと同時にドローンから迫撃砲弾が落ちていくのが見えた。
瓦礫に吸い込まれるように落ちていくと砲弾の炸裂炎が広がる。
着発信管だから、瓦礫の下にいるゾンビを上手く倒せたんだろうか……。
再び地表の映像が見えると、着弾地点に小さなクレーターが出来ていた。深さはそれほどないんだけど、結構威力がある物だと感心してしまう。
「輝点は消えたな。刈り取ったようだ」
「これで少しは安心できます。統率型がいるといないのでは、ラッシュの規模が大きく違いますからねぇ。1体で船体を越えるゾンビを統率するんですから厄介な相手です」
「それほどなのか……。画像で見た大規模なゾンビの移動は統率型によるものだとは聞いてはいたが」
「数体いたなら1万体近くを指揮することも可能でしょう。厄介なのは統率型が多くいると彼等だけでネットワークを作り情報の共有を行うんです。俺達の状況を見ながら囲まれてしまいますよ」
「統率型と通常型のゾンビの区別は見ただけでは不可能だ。彼らの声を聞けばすぐにわかるのだがな。我等が日本人を抱えているのはその区別をその場で行えることにある」
なるほど……、という表情で俺を見ているんだよなぁ。
ニコルさん達は、変な宗教には被れていないようだ。俺を下に見るような目ではないからね。
「とはいえ、それも面倒ではありますね。砲撃を終えたところで残存するゾンビの駆逐を行わねばなりません」
「マリアン殿もその辺りはかなり苦心したに違いない。デストロイ部隊の兵士の編成を見ると攻撃部隊の2個小隊には分隊毎に1人の日本人志願兵を組み込んでいる。彼等ならゾンビの種類をその場で区分できるから、ゾンビの種別に合わせた攻撃が可能だ。だが平和ボケした民族だからなぁ。銃は持たせても頼りにはならんだろう」
シグさんの言葉にニコルさん達が苦笑いを浮かべる。
どうやら俺を含めて日本人の銃の腕はかなり劣るようだ。橘さん達のような元自衛官であったならそれなりの腕はあるんだろうけど、志願して後の訓練で初めて銃を手にした連中がほとんどだろうからなぁ。
「腕の良い兵士を彼らに付けていると聞きました。さすがに自衛ぐらいは出来るんでしょうが、掃討時には発見に努めて貰えば十分でしょう。さすがにサミー大尉のような活躍を期待するのは酷な話です」
「一度対戦させて貰ったが、私を越えるだろうな。だが海兵隊のマーシャルアーツの技を使わんからベルトの色は新兵のままだ。ナイフ戦闘なら私でも瞬殺されかねないのだから日本人を侮ることは出来んな」
「ほう……」という感心した声がクロム中尉から漏れてきた。
対戦の申し込みなら辞退することにしよう。
「マリアン殿がサミー大尉は前線でその真価を出すとは聞いてはいましたが……。カンザス市の偵察を単独で行うのを見て、その言葉に間違いが無いと知りました」
「もう少し体格が良ければ、それらしく見えるのだが……。体重は私よりも軽いのだからなぁ。それでいて攻撃は私よりも重いんだから感心してしまう。マーシャルアーツを考案した連中がもう少し日本の武術を調査すべきだったかもしれん。とはいえゾンビとの戦を続ける上ではやはり体格は重要視しなければいけないだろう。サミーはスタングレネードと拳銃で戦士型ゾンビを倒したが、我等ではあのような戦いは出来ん。大口径の銃弾を急所に続けざまに放つことになるだろうからなぁ」
「掃討を行う兵士達にはM14ライフルを装備させています。M4カービンでは少し心もとないですからね。分隊毎にバレットを用意しましたし、戦士型が現れたなら先ずはグレネード弾を放つでしょう」
それなら少しは安心できそうだ。戦士型がいる場所が分かればたとえ過剰攻撃であっても倒せるなら問題な無いだろう。
もっとも数が多いと分かれば、いったん後退しての砲撃も可能だろう。俺達に連絡して貰えたならハンタードローンで迫撃砲弾を落とすことも出来る。
「市街地の奪回はさほど問題は無さそうだ。問題がもう1つある。元の人口と現在のゾンビの数がかなり乖離している。数倍以上の規模だ。この数を考えると大規模ラッシュも起こりえるのだが、その起点となる場所がどこか、まだわかっていないのだ」
「こちらの画像が広域偵察ドローンからの画像なんです。近くにゾンビの集結地があるのではないかと探しているんですがまだ発見できません」
「たまたまという事では?」
「それが一番なんですけど、その根拠が欲しいところでもあるんですよね。此処を奪回したなら、別の部隊に後を任せて我等は次の任務に就くことになるでしょう。出来れば憂いは断っておきたいところです」
なんといっても陸の孤島に近い田舎だからなぁ。
ゾンビが数千体程度なら、さっさと終わりにしてデンバーに戻りたいところだ。
ここに駐屯する部隊は多くても2個小隊程度だろうし、その拠点は上流のダム近郊になるはずだ。
後を託した部隊が直ぐに逃げ出すような事態になると、陸上艦隊の責任も問われそうにも思える。
とはいえゴムボートを用意しておけば、いざとなればダム湖に避難出来るだろう。
駐屯地を奪われることになっても、人命を奪われることはなさそうだ。
夕暮れが迫ってきたが、まだ砲撃は続いている。
元々砲撃間隔が空いていたから、砲身の過熱を心配するようなことは無いとのことだった。砲弾もデンバーから輸送機がやってきて空中投下してくれたからなぁ。パラシュートが付いているとはいえ、砲弾を落とすかねぇ……。
シグさんの話では信管が付いていない砲弾は極めて安全性が高いそうなんだけど、中にたっぷりと火薬が詰まっているんだよなぁ。
「105mmでの攻撃は22時で終了できそうですね。M777による攻撃は、明け方まで続きそうです。進化型ゾンビの始末にM777を1門使い始めましたが、こちらのドローンでの着弾観測でかなりの成果を上げているようです」
「すでに統率型を十数体始末しましたし、戦士型も数体始末しました。今後を考えると遅延信管を使った105mm砲弾をドローンから落としたいところです」
やはり大型ドローンのニーズはあるようだ。
フクスにて半径10kmを運用可能な、105mm砲弾2発を搭載したハンタードローンという事になるのかな。砲弾の信管は着発と遅延の慮社を用意して、砲弾も炸裂弾と焼夷弾を用意しておくならいろんな運用が可能だろう。
これはオットーさんと相談した方が良さそうだな。大型ドローンならセンサー類も少し数を増やせそうだから、オリーさんにも確認したほうが良いかもしれない。
もっともオリーさんの事だから、サンプルを容易に取得できるドローンという事になりそうだ。それはオットーさん達の惑星探査機で得た技術が流用できるんじゃないかな。
「ドローンの大型化か……」
シグさんがニコルさんの話を聞いて、俺に視線を向けてくる。
「考えてはいるんですが、本職に頼んでみましょう。海軍には大型ドローンがあるんですけど、あれは艦船運用品ですからねぇ。出来ればフクスでの運用が可能な大きさに纏めて欲しいところです」
「あてはあるということだな。それでマリアン殿も満足できるだろう。まだまだ夜は長そうだな……」
眠気覚ましにシェラカップにコーヒーを注いでいる時だった。
シグさんが急に俺に声尾を掛けてきた。
「ゾンビの行軍だ……。西から町に8kmほどに迫っているぞ!」
「団子状態での行軍ですね……。長く伸びているなら出現場所が分かるんでしょうが」
「これでも十分に可能だ。荒れ地を進んでいるんだからな。下草が踏まれているから痕跡が残っている」
広域偵察ドローンが高度を下げると、ゾンビの集団が個々に分離する。更に高度を下げると、行軍の跡がはっきりと映し出された。
西に続いているな……。
広域偵察ドローンが踏まれた草の跡を辿って飛行していく。
見えてきたのは、ミズーリ川に作られたダムだった。




