H-644 ヤンクトン市への砲撃が始まった
橋の南500m程の路上にフクス並べて、屋根を利用してテントを張るのはいつものことだ。道路を北に進めば橋の上にレーヴァさん達が橋向こうに目を光らせている。
朝方にヤンクトン市街にジャックを仕掛けて様子を見たんだが、相変わらず200体を超えるゾンビが集まってくる。
10時すこし前にレーヴァさんがテントに現れたのは、もう直ぐやってくるデストロイ部隊と状況を確認するために違いない。
ジュリーさんが10kmほど南に車列が来ていると先程教えてくれたから、10時半には砲撃が始まりそうだな。
「それにしても、どこから来るんだろうな? サミーはそれを調べるんだろう」
「広域偵察ドローンがもう直ぐ届きますから、それを使って10km圏内を調べるつもりです。ゾンビの潜む場所が分からなくとも、ヤンクトンに移動しているゾンビがいないことを確認できれば十分でしょう」
「それならヤンクトンを叩けば済むことだからな。……噂をすれば、という奴だ。あれがそうだろう」
レーヴァさんが腕を伸ばした先にはストライカーを先頭にした車列が見えてきた。
エディが誘導に向かったから、もう直ぐ指揮官がやってくるに違いない。
ジュリーさんがコーヒーを沸かしてくれたから、先ずはコーヒーを振舞えば良いだろう。
テーブルに広げた地図にはジャックで知りえた情報を書き込んであるし、林を焼いた範囲もしっかりと記載されている。
まだ林は燻っているけど、これ以上火が広がる様子はない。
10分も待たずに、ニックが2人の士官を案内してきた。
ニコル中佐とドレッド大尉だ。
俺達も席を立って、互いに敬礼を交わしたところでベンチに腰を下ろして貰う。
コーヒーが配られ、シグさんが地図をボールペンで示しながら状況説明を行ってくれた。
「なるほど……。それで広域偵察ドローンを要請してきたということか。後方で道路から発信させるべく準備をしているはずだ。このチャンネルで担当者に指示を与えて欲しい」
メモを受け取り、ジュリーさんに手渡した。
後はジュリーさんに任せておこう。
「砲撃は予定通り南から北に行いますぞ。ヤンクトン市を100mメッシュに区分けして10発ずつ105mm砲弾を撃ち込みます。弾種は炸裂焼夷弾ですから十分に破壊できるでしょう」
「まだ残っている建物は155mmを撃ち込むことになる。ということでM777の砲撃は午後からになるな」
「我等の協力は?」
シグさんの問いに、ニコルさんが笑みを浮かべる。
「レーヴァ大尉には引き続き橋を護って欲しい。砲声で集まってくるゾンビがいないとも限らん。サミー大尉達にはゾンビの状況を確認して欲しい」
要するに今まで通りということかな。
「申し訳ないが、ここを指揮所にしても構わんかな。乗車してきたストライカーは通信機が心もとないんだ」
「良いですよ。それなら少し大きなモニターが欲しいところではあるんですが……」
「40インチを2つ持って来たぞ。架台は組立式だから直ぐに運ばせよう」
テーブルも少し大きくした方が良さそうだし、フクスのトランシーバー端末も用意しておいた方が良さそうだ。
シグさんが離れて俺達を見守っていたニックを呼び寄せて、ここを指揮所にするための準備を頼んでくれた。
「私は橋に戻ります。連絡は今まで通りのチャンネルでお願いしますよ」
ニコル中佐がしっかりと頷くのを確認してレーヴァさんがテントを後にした。
機材が運ばれ、ニックとエディ達が組み立てていく。テーブルその物を大きくは出来ないから、キャンピングカーゴに搭載されていた組立式にテーブルが新たに設置され、トランシーバーの端末とモニターのコントローラーが乗せられる。
ドレッド大尉は砲撃準備のためにテントを去り、代わりにニコルさんの副官がやって来た。クロム中尉と自己紹介してくれたけど、やはり俺より年上なんだよなぁ。陸軍士官だから日に焼けたたくましい体つきをしている。
トランシーバーの端末以外にトランシーバーがもう1つ追加された。ドレッド大尉との直通回線らしいから、それはクロム中尉が受け持ってくれるに違いない。
新たな地図がテーブルに広げられた。それまで広げていた地図はシグさんがたたんでテーブルに下げたバッグに入れている。新たな地図はヤンクトン市が区画されてあるから、砲撃の位置が此処でも確認できるに違いない。
「ニコル殿。1040時に『W-01』への砲撃を始めるとのことです!」
「3分後か……。此処は倉庫なんだろうな。破壊状況の記録は?」
「ドレッド大尉の方で4段階に区分するそうです。衛星画像を基に建物を個別に確認するとのことでした」
漏れはないという事か。
感心して2人の話を聞いていると、定刻になったのだろう。鶴瓶内の砲声が聞こえてきた。
しばらくしてきたから炸裂音が聞こえてきたけど、この位置だと発砲音の方が大きく聞こえるな。
「サミー、このモニターで御雨域偵察ドローンからの画像を確認できるぞ! 隣はデストロイ部隊の着弾観測ドローンの映像だから、ここでは制御出来ん」
「それで、どの辺りを?」
「市の中心部から時計回りに距離を取るとのことだ。時速100km、高度は500mだな。ただ、市街地は砲撃目標だからなぁ。高度を1000mまで上げると言ってきた」
市街地ならドローンで偵察も出来るだろう。なるべく早く外側に目を向けて欲しいところだな。
「砲撃地点が500m程移動したところで、最初の砲撃地点をドローンで確認しましょう。統率型がいるようなら爆殺します」
「了解だ。ハンタードローンの準備を進めておくぞ」
「迫撃砲弾を落とすドローンだね? 着弾が煩いようなら言ってくれ。5分ほど砲撃を停止するよ」
ありがたい申し出に、ニコルさんに礼を言った。さて、広域偵察ドローンの方はどうなっているんだろう?
モニターに視線を向けると、まだ市街地の上空だな。周回するごとに300m程外に向かうようだ。
タバコを咥えながら、ずっと広域偵察ドローンの映し出す光景を見ているんだが、ゾンビが集まっているような場所が無いんだよなぁ。やはり俺の考え直ぐだったのかもしれない。だがまだまだ遠くまで偵察ができそうだからもうしばらく見守っていよう。
トランシーバーに着信があった。直ぐにシグさんがマイクを取り上げて交信を始める。
スピーヵーから聞こえてきたのはレーヴァさんの声だ。どうやらゾンビが橋向こうに現れたらしい。
「上空からの映像ではラッシュの兆候は見られない。やはり砲声が続いているせいなのだろう。……発砲はレーヴァ殿の判断で十分だろう。サプレッサーの確認はして欲しい」
スピーカーから『了解!』の声が聞こえてきた。
これが初めてではないからなぁ。2丁のMk19を装備しているんだから、小規模のラッシュなら柵に辿り付くゾンビはいないんじゃないかな。
1区画への砲撃は5分も掛からずに終了する。1区画当たり10発といっても区画はかなり細かいんだとねぇ。市街地への砲撃でどれほど砲弾を消費するのだろう。
ニコルさん達は、ジッと着弾観測用の祖ローンが捉えた映像を見ているだけだ。
ここで砲弾を全て使いつくそうなんて考えてはいないだろうけど、トラック3台分の砲弾で間に合うのだろうか。
「やはり鉄筋作りは残ってしまうな。午後からは155mmを撃ち込んで破壊するしかなさそうだ」
「ですね……。それとサミー殿、やはりゾンビは倒しきれてはおりませんか?」
「上空から動きを見ることは出来ないんですが、しっかりとガラクタの下で生き残っているようです。声はほとんどが通常型ですが、2体程統率型を確認しています。……ここと、ここです」
テーブルの上に広げてある市街地の拡大写真に赤のマーカーで印をつける。
現在の砲撃地点は5か所目だ。最初に砲撃した区域2か所をハンタードローンで確認した結果だから、午後の砲撃時の目標として貰おう。
昼食後にレーヴァさんが指揮所にやって来た。
砲撃は継続しているから、状況確認ということもあるのだろう。
テーブルの上に広げた衛星写真に書き込まれた記録を眺めながら、おいしそうにコーヒーを飲んでいる。
「順調という事でしょうか。たまに橋向こうにゾンビは現れますがそれほど纏まった数ではありません。数体から10体というところです」
「ラッシュの兆候は今のところはないと?」
クロム中尉が確認するように俺に視線を向けてくる。
小さく頷いて、現在はその兆候が無いことを告げると、硬い表情から少し笑みを浮かべる。気負っている感じがするなぁ。前線で指揮を執ったことが無いのかもしれない。たぶん後方での活躍を期待されているのかな? この部隊に配属されたのは全く戦を知らないということでは今後が困るという事になるのかもしれないな。
「とはいえ、統率型はそれなりにいるんですよねぇ。位置をドレッド大尉に知らせてありますから、そろそろ始まるM777の攻撃で統率型を粗方片付けられるかと」
「やはり全数とはいきませんか……」
クロム中尉の呟きを聞いてニコルさんが呆れた表情を作っている。
砲撃で相手を全滅させるのは至難の業だ。ましてゾンビ相手ではねぇ……。モニターに映し出される着弾地点の様子は、炸裂毎に火災が広がり建物が瓦解していくからなぁ。それだけ見ればあの中で生存している者がいるなんて考えられないんだろうけど、人間相手でも砲撃で全滅させることは難しかったらしい。まして人間よりも打たれ強いゾンビが相手だ。良くて半減程度に見ておいた方が無難と言えるだろう。そんな相手だから、まだ瓦解していない建物を潰す目的で、砲撃を終えた場所を再度155mm砲弾で叩く必要があるんだよなぁ。
「サミー君は最初の砲撃で半減。これから行う砲撃で更に半減と見ているよ。そうすると3割程度にゾンビが減るんだが……。明日以降も砲撃をするべきかもしれないね」
「全ての区画を砲撃したところで、再度ジャックを仕掛けてみましょう。出来れば集まってくるゾンビが30体程度にまで減っていると有難いのですが……」
「これだけ破壊したなら、航空支援を依頼するのも考えるべきかもしれんな。F-16でナパーム弾を投下して貰っても良さそうだ」
「要請は少し待って頂けないでしょうか? 出来ればもう1つの気掛かりの方を明確にしたいところなんです」
何度も航空支援を受けることは出来そうもないからね。
F-16なら爆弾搭載量だけで1tを超えるだろう。ゾンビの集結地を見付けたなら、そっちも叩くべきだ。




