H-640 テキサスの渡河はアトラクションかも
「ヤンクトン市の先行偵察……、それだけではなく最初から市街の建物を破壊すると?」
俺の話を聞いて、ヒューと口笛を漏らしたオルバンさんが、確認するように問い掛けてくる。
今までも途中から攻撃は行っていたけど、最初からということは無かったからね。
「さすがに最初から砲撃をしようとは思いません。やはりジャックに寄るゾンビの数の推定は必要でしょう。それが終わったところでの砲撃ということになるだろうと考えています。数発の砲弾を放っても、攻撃ですからね」
「そういうことですか。ですが少将殿が最初から砲撃を考えているとなると、105mmではなく155mmかもしれませんよ」
それもあるんだよなぁ。住宅を破壊するなら105mmで十分だけど、コンクリート製の頑丈な建物は佩かするのに時間が掛かるからなぁ。
105mmを数門、155mmを2門程度同行することになるのだろうか。
攻撃目標が異なるから着弾観測もドローン2機が必要になりそうだ。
先行偵察部隊も迫撃砲を持っているだろうから、同時に3か所の目標を攻撃することにでもなったら、弾着確認が混乱してしまいそうだ。
その辺りの調整も明日しておく必要があるだろうな。
「いつも通り、10日の食料と2会戦分の銃砲弾を補充して置いてください。それと、ショットガン持ちのゾンビが出てきましたから、ヘルメットに装着できるフェイスガードもしくはゴーグルを用意しておいた方が良さそうです。散弾の毒針は戦士型の放つ毒針よりも毒性は弱いとのことですが、素肌はあまり出さないようにしておきましょう」
「フェイスガードは持参していませんが、ゴーグルは全員分用意してあります。デンバーに戻る際にはフェイスガードを準備しましょう」
無いものはしょうがないけど、厚手の衣服と手袋をして貰おう。顔はタオルをマスク代わりに巻くだけでも少しは効果があるんじゃないかな。
「一番の気掛かりは、ゾンビの数が予想を超えている可能性が出てきたことだ。その確認が出来るのはジャックに集まる数だからなぁ。それが分かるまでは砲撃は控えるように具申するつもりだ」
シグさんの言葉にオルバンさんが頷いている。
口には出さないけれど、ラッシュの発生を危惧しているのだろう。
「明日に再度集まって先行部隊の編成を調整することになるが、我等が向かうことは間違いない。銃の手入れも明日中に1度しておいて欲しい」
「了解です。サミー大尉のマーリンは私が点検しておきますから、フクスの銃架に入れておいてくださいよ。……それにしても大都市の進化したゾンビも面倒ですが、小さな町でもゾンビの進化は起こっているんですねぇ。数年後を考えると恐ろしくなりますよ」
「出来れば早くに片付けたいところだけど、俺達にも都合があるからなぁ。先を考えると溜息しか出ないけど、俺達に出来ることはやっていかないと……」
「あれから6年だもんなぁ。グランビーの町のゾンビを掃討していた時代はゾンビの種類なんて考えることもなかったけど、今では特徴を持つゾンビの種類だけでも両手の指では足りないんじゃないか。さらに数年が過ぎたならゾンビの図鑑ができそうだ」
エディの言葉に、皆が苦笑いを浮かべる。
案外作られそうな気がするなぁ。サンディーなら図鑑の編集が出来そうに思えるんだよねぇ。
「面白い提案だ。子供達には見せられないだろうが、前線の兵士や訓練兵達には是非とも見せておきたいところだな。オリーなら協力してくれるだろう」
生物学研究所には、各作戦区からサンプルや映像が送られてくるとオリーさんが言っていたからなぁ。俺の知らないゾンビも中にはいるに違いない。それを考えると誰もが利用できるゾンビの図鑑は早めに作って欲しいところだ。
「ぼやくだけでは先に進みませんよ。先ずは行動することで、自分達の未来を作っていきたいですね。当初の目的であったミネアポリス攻撃は、テキサスの渡河能力で断念せざるをえませんが、早めに第1回遠征を終了させて南を目指したいところです」
「狙いはヒューストンですか……。とはいえ小さな河川が沢山ありますよ。渡河を考えると、やはりテキサスの小型化を図るべきかもしれませんね」
「たぶんマリアンさん達が動いているんじゃないかな。テキサスの課題を一番強く感じている筈だからね。既に製作に入っているかもしれないよ」
そうなるとテキサスが余ってしまうんだよなぁ。
ウイル小父さん達が欲しがるかもしれないな。大都市のゾンビを掃討するなら、直ぐ近くに指揮所を作れるし、ラッシュが発生しても簡単に破壊されることは無いからね。デンバー市のような大都市を奪回するには最適かもしれない。
夜が更けたところで散会する。
明日はテキサスが渡河するはずだから、テキサスの指揮所に向かうのは午後で十分だ。久しぶりにゆっくりと眠らせて貰おうかな。
翌朝早く俺を起こしたのは、エディだった。
さすがにエディは無いだろうと、目を閉じようとした俺を揺らすんだよなぁ。
「サミー、テキサスが渡河するぞ! 皆が集まっているんだ。俺達も見に行こうぜ」
そう言う事か。それで朝早く起きたんだな。
眠い目をこすりながら腕時計を見ると、まだ7時前じゃないか。
ぶつぶつ文句を言いながらも身支度を整えると、フクスから降りてエディの後に続いた。
エルクホーン側に掛かる橋は、兵士達が集まって鈴なりだ。皆が橋の西を見ている。隙間に潜り込んで、西を眺めると今まさにテキサスの渡河が始まっていた。
流れに沿って瀬を斜めに横断するのだろうが、かなり揺れているのが此処からでも良く分かる。
中の連中は洗濯機の中にいるような感じなんだろうな。
「オリーさんも物好きだよなぁ。あれに乗っているんだから」
エディの呟きに、冷や汗が背中に一筋流れたのが分かる。
身重であれに乗っているだと? どう考えても絶叫マシン並みの揺れだと思うんだけどなぁ。無事に渡河したらしっかりと自分を労わる様に言い聞かせないといけないな。
サンディーやナタリーはさぞかし大喜びに違いない。そんな2人と一緒にはしゃいでいるんだろうか。
「タイヤの三分の二が潜ってるぞ。確か直径4mだったよなぁ」
「水深は2mにも満たなかったんだが、やはり瀬の砂利の中に潜り込んでいるんだろうね。大陸中央部には大きな川が無いと思っていたんだけど、結構あるんだよなぁ」
「渡り時期を選べば何とかなるんじゃないか? 本流はともかく支流なら季節で水量がかなり違うと聞いたよ」
時期を選んでの渡河というのでは、作戦遂行上の大きな課題になりかねない。
大きな車両は魅力ではあるんだが、今後の作戦行動を加味した新柄車両を早期に考えるべきだろうな。
30分ほど渡河を眺めていたけど、渡河事態に大きな問題はないようだ。前輪が河原に上がったところで、橋を後にしてキッチンカーへと向かう。
少し早めにいかないと、あの橋で見学していた兵士達が一気にキッチンカーへと押し寄せてくるに違いない。
ジャムをたっぷり塗ったパンとコーンスープ、それにカリカリに焼いたベーコンとトマトのスライスが付いている。最後にカップにコーヒーを注いで各砂糖を2個入れる。
隣接した食堂テントの中に入って空いた席を探していると、俺達に手を振っているのは……、ニック達だな。
エディとニック達の座るテーブルへと急ぐ。
テーブルにはオルバンさん達も朝食を頂いていた。軽く挨拶をしたところで先ずは朝食を取る。
「見て来たんですか?」
「渡河はかなり大変みたいだね。あれにオリーさんが乗っているんだから、後で注意しておかないと……」
「確かに見ものではありますが、中の連中はアトラクション並みの体験ができると思いますよ。聞いた話では、渡河時に屋上席の抽選があったらしいです」
あれだけ揺れるんだからなぁ。そういえば屋上や後部の見張り台にもかなり人がいた気がする。ひょっとして橋から声援を送っていた兵士達は、抽選から外れた人達って事かもしれないなぁ。
「俺達も参加したいね。サミーは午後にテキサスに向かうんだろう? やはり抽選は陸上艦隊全体を考えて欲しいと要望しといてくれないかな」
ニックに思わず顔を向けてしまった。
あれに乗りたいってことか? オルバンさん達も笑みを浮かべて頷いているところを見ると、やはり乗りたいんだろうなぁ。
アトラクションゲームにしたら人気が出そうだけど、俺はチョコレートを上げるからと言われても乗りたいとは思わないんだけどなぁ……。
「賭けもあるらしいよ。胴元はリッツ中佐らしいんだけどね。渡河に掛かる時間を分単位で募集したらしいんだ。もっとも掛け金は無いんだよなぁ。当たれば葉巻が1箱貰えるらしいんだ」
士気を保とうと色々と考えているみたいだな。
だけど、あの大きなダンプカーが革を横切るんだから、見ているだけでも楽しめることは確かだろう。それに付録が付くんだから、ちょっとしたお祭り気分なんだろうな。
何時の間にか食堂テントが騒がしくなってきた。
そろそろ場所を譲った方が良さそうだ。
トレイとカップを戻して俺達のテントに向かうと、改めてコーヒーを淹れて皆で味わうことにした。
どこまでも蒼い秋空の下で飲むコーヒーは格別だな。
昼食までの時間を利用して、情報の整理をしておこう。
ノートパソコンを取り出して陸上艦隊に関わる事項と、生物学研究所に関わる事項に分けて思いつくままに纏めていく。
途中で、陸上艦隊向けの気付き事項を、陸上艦隊と作戦全体に分けることにした。
纏めている途中でタバコに火を点け、書き出した事項を眺めてみると、自分ながら色んなことに首を突っ込み過ぎている感じがするなぁ。
もう1つ忘れてならない事項に将来の牧場計画があるんだけど、さすがにこれは次の休暇までは考えないでおこう。
上手く作戦が推移すれば、クリスマスを山小屋で過ごせそうだ。
次の町のゾンビの掃討はかなり過激に行うみたいだからなぁ。




