H-638 ゾンビの数が想定よりも遥かに多い
ピルガーの雑貨屋のバックヤードから、段ボール箱でタバコやウイスキーを運びだす。
高そうな酒はさすがに俺達だけで飲んでしまうのは憚られるから、3本だけ抜き取っておいた。タバコはカートンで確保したからしばらくは楽しめるに違いない。
ウイル小父さんとライルお爺さんには、葉巻と刻みタバコをキープしておけば十分だ。
「運び切れませんね。とりあえず乗せられるだけは搭載しましたが、後はここに置いて置きましょう。兵站部隊に場所を教えて引き取ってもらいます」
「そういう事なら、少し積みこみ過ぎているんじゃないのか? 全部下ろせとは言わんが半分は残しておくべきだな」
シグさんの言葉に、渋々ながら搭載したお土産を下ろすことになった。
それでも1カ月以上、焚火を囲んで酒が飲めるんじゃないかな。
夕食後に士官達が集まり、頂いたワインを飲みながら状況を確認する。
ピルガーのゾンビの掃討は終わったし、雑貨屋のバックヤードには道路脇にシーツで作った白旗を掲げてあるから直ぐに分かるだろう。
「打ち合わせ前に陸上艦隊に、状況報告を行った。マリアン殿は明日艦隊を動かすとのことだ」
「車両の数が100両近くなっているからなぁ。長いコンボイを組んでやってくるに違いない。出発はどう考えても朝食後だろうから、渡河は午後遅くになるだろうな。そうなると……。サミー、ノーフォーク市を攻撃するのか?」
「ジャックを仕掛けてゾンビの状況を見るぐらいなら、今回の先行偵察の範囲と考えます。人口は3万人弱との事ですから、ゾンビの数は1万5千体を超えることは無さそうです。とはいえ市ですからねぇ。ピルガーは通常型ばかりでしたけど、統率型以上に進化した種がいるでしょうね」
「ショットガンを持つゾンビがいるかもしれんな。確かに確認しておいた方が良さそうだ」
「出来ればサンプルも欲しいところだけど……」
隣に腰を下ろしていたオリーさんがポツリと呟いた。
「他の都市との相違を調べるのでしょうが、さすがに丸ごと1体は無理ですよ。頭部もしくは肢体の1部で我慢して欲しいですね」
「それでも遺伝子調査や組織の調査は可能だわ。是非ともお願いね」
俺も生物学研究所の調査員らしいから何とかしたいところではあるんだが、これは状況次第と考えておこう。
「向かうのはサミー達の部隊と私の部隊の1班で良いだろう。後はここで待機して欲しい。一応ゾンビを始末してはいるんだが、常に1班で周辺監視をしてくれよ。もっとも、昼にはハウンドドッグがやってくるだろう。彼らが到着したなら、監視は任せられる。それは私から伝えておく」
打ち合わせが終わったところで、4号車のキャビン内にハンモックを吊って横になる。さすがに夜は冷えて来たなぁ。
まだ10月なんだけどねぇ。秋の最中ではあるんだろうけど、今年はヤンクトン市で冬を迎えることになりそうだ。
ヤンクトン市は、1万5千人ほどの小さな町だから核の洗礼を受けてはいない。市から半径50km圏内に5千人を超えた町や村も無いからなぁ。スムーズに奪回できるとは思うんだが、こればっかりは言ってみないと分からない。
あの夏の日から1週間はあちこちの大きな川の橋を軍が必死に守ったはずだ。その時に押し寄せてきたゾンビは何処に行ってしまったんだろう?
町や市に戻って来たとも思えないんだけどなぁ……。
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4号車が牽引しているキャンピングカーゴを工兵部隊のストライカーに預けて身軽になる。
レーヴァさんが搭乗したストライカーの後方について、275号線を西に向かう。
シグさんの話では、275号線は国道とのことだ。アメリカには州間高速道路や国道、それに州道に市道があるからなぁ。皆番号で呼ぶから分からなくなる時がある。
「1時間も走らずに到着するぞ。ノーフォーク市の東にある24号線との十字路で車列を停めてジャックを仕掛ける」
「ここですね……。ジャックを仕掛けるのは、市の中心部のこの通り沿いにしましょう」
「2個仕掛けるぞ。作動は30分ずらせば状況監視を十分に行えるだろう。ジュリー! こことここだ」
「まだたっぷりあるんだけど、2個で良いの? この1つ先にも仕掛けてみれば?」
市の中心部に北に尖った三角形に設置する感じだな。ジュリーさんの提案に、オリーさんも地図に視線を向けて頷いている。
「なら、それで行こう。ブザーの吹鳴時間が30分。その後15分の間をおいて炸裂だ。次のジャックとの作動時間は30分ずつずらしてくれ」
「了解!」と答えたジュリーさんが、直ぐに通信機で04号車に連絡をしている。ドローンとジャックの準備はオルバンさん達だからなぁ。
オリーさんが淹れてくれたコーヒーを飲みながらキャビンの後方で一服していると、フクスの速度が落ちてきた。
ゆっくりと車がUターンを始める。運転席が東を向いたところで車が停まる。
「エンジンはまだ切るんじゃないぞ。さて、ドローンを飛ばしてくれ!」
「了解。でもドローンの固定を解除するから発進はもうしばらく掛かるよ」
屋根に乗せて固定していたようだ。さすがにジャックの搭載はこれからになるんだろうな。
その間に、集音装置でゾンビの声を聴いてみるか……。
テーブルにノートパソコンを乗せて、集音装置からの得られた音声スペクトルを表示させる。
いくつものピークが現れたけど、一番大きいのは通常型だ。だけど統率型もかなりいるみたいだし、戦士型のピークも小さいけれどあるんだよなぁ。
ゆっくりと聴音装置を回転させて、それぞれのピークの方向を確認する。
ヘッドホンから聞こえる声は通常型が殆どだな。通常型の声で統率型の声が殆ど聞こえてこない。
「通常型に統率型……、戦士型も確認できました。さすがに戦士型は数が少ないようですね。此処からでは存在は確認できるんですが、方向が定まりません」
「いるってことね? それならジャックに集まってくるかも。まだドローンは出発しないの?」
オリーさんがジュリーさん達を急かしているんだけど、こればっかりはねぇ……。『急いてはことを仕損じる』なんて言葉もあるぐらいだから、待つことは大切だと思うんだけどなぁ。
待てよ……。『兵は拙速を尊ぶ……』なんて言葉もあったよなぁ。
それを考えるとオリーさんの言葉も間違いではないんだよねぇ。
「何を考えて首を捻っているんだ? ここに来て作戦を修正しようなどと考えてはおらんだろうな?」
「いや、そんなわけではないんですけどね。東洋の兵法書に、相反する2つの言葉があるんですよ。そのどちらがこの場合当てはまるのかと……」
2つの言葉をシグさんに伝えると、オリーさんも一緒になって首を傾げている。
「そういう事か……。孫子は士官学校で習ったことがあるが、確かに相反した言葉になるな」
うんうんとシグさんが頷いているのは、選びきれないということなんだろうな。
「出発したよ! 東から仕掛けるからね!」
俺達の雑談は、ジュリーさんの報告で中断する。既にここに来ている以上、悩むことはない筈だ。
ドローンの指揮をシグさんにお願いして、フクスを降りて周囲を見回ることにした。
フクスの中からでもゾンビの声を聴くことは出来るけど、やはり目でも確認しておくべきだろう。
ストライカーまで歩いて行くと、砲塔に搭載されているMk47グレネードランチャーが西を睨んでいる。
数人がストライカー周辺に展開しているけど、集音装置から聞こえるゾンビの声は小さいからなぁ。近くにゾンビはいないはずだ。
「近くにはいないようだな?」
「ええ、そんな感じです。市の方には統率型だけでなく戦士型までいるみたいですが数は少ないようです。ジャックを3か所に仕掛けますから、炸裂したなら少し状況が変わるかもしれません」
「ついでに迫撃砲弾を撃ち込みたいね。市の中心部なら60mm迫撃砲でも十分に届く。20発程撃ち込むぞ」
「3つ目のジャックが炸裂した10分後でどうですか? 20発ともなれば少しは動き出す可能性があるます」
もしもラッシュになりそうなら、再度ジャックを仕掛けて誘導しても良さそうだ。
レーヴァさんの部下が迫撃砲の準備をしているのを眺めていると、シグさんから最初のジャックが作動すると連絡が入った。
レーヴァさんにも伝えたところで、急いでフクスに引き返す。
とはいえ時間はたっぷりとあるんだよなぁ。
「どんな感じですか?」
フクスのキャビンに入ると、モニターをジッと眺めていた2人に声を掛ける。
俺がベンチに座ったのをちらりと見たシグさんが、レーザーポインターで画面を示しながら話を始める。
「こいつと、こいつ……。他にも数体ショットガンを持つゾンビがいるぞ」
「それと確か2万人少し超えたぐらいの市なんでしょう? それなのにブザーが鳴り始めて10分ほどでこの通りなの。30分で100体近く集まるんじゃないかしら」
ショットガン持ちは想定していたけど、集まるゾンビの数が多すぎるってことか……。
「たまたまかもしれません。次の2か所で同じように集まってくるのであれば、今までの常識が変わりますよ」
都市に生息するゾンビは、その都市に住んでいた人口の半分程度というのが、これまでの常識だったからなぁ。
多分、次のジャックにも同じように集まる可能性が高そうだ。そうなると、その理由が知りたいところだ。
ひょっとして、周辺の小さな村のゾンビが集まっていることも考えられる。それ以外であるなら……、あの夏の日に東に向かったゾンビが川の周辺の都市に集まっているということになるのかもしれない。
「ノーフォークを攻撃した後で、南のスタントン町にもジャックを仕掛けてみましょう。どれほどゾンビが集まるのか分かれば少しは考える材料が得られると思います」
「仕掛けるにしても1個だろうな。私は賛成するぞ」
シグさんがオリーさんに顔を向けて意見を述べると、オリーさんが小さく頷いた。
これでもう1つ仕事が増えてしまったなぁ。




