H-634 魚影が濃くてもゾンビ達が漁をしていない
砂利交じりの河原に停車した俺達は、直ぐに周辺偵察をドローンで行うことにした。1機は俺達を中心とした周囲1kmの状況を確認し、もう1機を北東1kmほどの場所にあるピルガーの町へジャックを搭載して向かわせる。
ピルガーの町は600m四方ほどの小さな町だ。住民に数も2千人に届かったんじゃないかな。
道路で綺麗に区画された町だから、町の中心部に2個ジャックを設置すれば町中のゾンビにジャックの発する警報音が聞こえるに違いない。
「日中に2個設置し、夜間に1つ北の通りにまた2個という事か」
「どれぐらい残っているか推測するにはそれで十分でしょう。ジャックは沢山ありますが、それは俺達の仕事が終わったところで使いたいですね」
「夜間の瀬に付いても調査は必要だろう。念の為に、車を道路まで移動した方が良さそうだな」
「ですね。ジャックを仕掛け終えたところで、15号線まで戻りましょう。夜になってゾンビの漁が始まらないとも限りません」
他車との連絡をシグさんに任せると、テーブルの上にノートパソコンを取り出して、聴音装置から得られた音声信号を聞きながら、スペクトル画像をパソコンの画面で確認する。
やはりゾンビの声は遠くに小さく聞こえるだけだ。聴音装置の方向を確認すると北東方向だから、ピルガー町のゾンビが発する声なんだろう。
ヘッドホンから聞こえる声はコオロギだし、音響スペクトル画像には通常型以外のピークは確認できないな。
「通常型の声ばかりですね。夜に再度確認します」
「通常型も進化を始めたから、油断は出来ないわよ。進化した通常型の周波数帯域は少し低くなっていると聞いたけど?」
「漁をするゾンビは帯域が少し下がっていました。現在確認できるゾンビの声はかつての進化する前の通常型です。方向をみるとピルガーの町からですね。他の方向では確認できません」
周辺の監視はジュリーさん達に任せて、俺達3人は仕掛けたジャックに集まるゾンビの映像を眺める。
高度200mほどでの撮影だから500m四方が見わたせる。ほとんど町の全体を見渡せる感じだ。
「あまり集まらんな。最初に仕掛けたジャックに20体も集まらんし、その後に仕掛けたジャックの方は10体にも満たない」
「ノーフォーク市に移動したのかもしれませんね。聞こえるゾンビの声も通常型ばかりです。移動する必要は無さそうですが、ここは安全策を取りましょう」
「了解だ。車両の外に出る許可を出すぞ。だが林は河原からの偵察だけにするよう伝えておこう」
結構鬱蒼としているからなぁ。ステルスゾンビが隠れていたなら、絶対に見つからないだろう。
さて、俺も外に出て周囲の確認をしよう。
広い河原をゆっくりと一回りしながら集音装置を通したゾンビの声をヘッドホンで聞く。
やはりゾンビの声はピルガーの町から聞こえるだけだ。
途中で大きな炸裂音が聞こえて来たのはジャックの炸裂音だな。離れていても集音装置から聞こえる炸裂音はかなり大きいんだよなぁ。
もう少し経ったら、もう1度炸裂音が聞こえるはずだから、ヘッドホンを外して近くの大きな石を椅子代わりにして腰を下ろす。
タバコに火を点け川面を眺めていると、時折魚の跳ねる波紋が広がるんだよなぁ。この川の魚影もかなり濃そうだ。
そういえば、この河原に出る途中にあった大きな池には個人用の桟橋が幾つもあった。釣りが盛んな町だったに違いない。案外ノーフォーク市に住む住民の別荘地だったのかもしれないな。
牧場にも出来そうな土地だけど、ちょっと物足りないんだよなぁ。
大平原の真ん中だからだろうか。元日本人に俺には山が見えないのが不思議でたまらない。
一服を終えると、再び河原を1周する。
2週目も最初と同じでゾンビの声がするのはピルガ―町の方向だけだった。
フクスのキャビンに戻ると、オリーさん達に助教を伝える。
しっかりと頷いたシグさんが、他の偵察部隊からの報告を聞かせてくれた。
「明日の作業に問題は無さそうですね。とはいえ始める前に再度調査は必要でしょう。それと岩盤調査時に爆薬を使っていましたけど、ここでも行うんでしょうか? 行う場合はその前後の町の様子を確認したいですね」
「ノーフォーク氏までは30kmだから爆発音が聞こえるとは思えないんだが、それはジュリーたちに頼んでおこう。此処で夕食のレーションを温めようと、外でお湯を沸かしている最中だ」
それで3人ともいなかったんだな。ドローンの操縦は他の兵士が変わってくれていたんだろう。
まだ日が落ちない前に夕食を取る。
大鍋からシチューを盛りつけて貰い、厚切りのパンを受け取る。4つ切りよりも厚めのパンにはしっかりとジャムが乗せてあった。
士官達が集まってテーブルを囲みながら、状況の共有をする。
1時間程でも、いろいろと分かるものだな。
「周辺にはゾンビは皆無だが、プラット川の例もある。サミーは慎重だからなぁ。夕暮れ前に15号線の戻ることにする。少し南に下がれば周囲は元耕作地の荒地が広がっている。ゾンビを見付けるのも容易だろう」
「夜間は我等が当直に着く。だが、夜間の聴音についてはサミーにも手伝って欲しいんだが……」
レーヴァさんの言葉に頷いた。
俺が起きていれば問題は無さそうだ。フクスの屋根でのんびり周囲を見張れば良いだろう。それに明日は地質調査と、町にジャックしかけるぐらいだからなぁ。
キャビンのベンチで昼寝をしていよう。
日暮れが近付いてきたので、急いで後方に移動する準備が始まる。
テーブルとベンチを片付けるぐらいだから、俺達がそんなことをしている間にレーヴァさん達のストライカーが早々河原を離れて行った。
忘れ物がないことを確認してキャビンに乗り込むと、直ぐにシグさんがニックに出発を告げる。
ベンチに座るよりも先に、フクスが動き出した。
そんなに急ぐこともないと思うんだけどなぁ……。
河原から3kmほど南に移動して車列が停まる。
夕食が終わっているから後は寝るだけなんだが、まだ夕焼け空が残っているんだよねぇ。
近くの雑木を切り出して道端に焚火を作ると、非番の連中が焚火を囲む。
寝る前のカップ1杯のワインはいつものことだ。2杯目を飲まなければ悪酔いもしないだろうし、よく眠れるに違いないのだが……。
「ギターを持って来たのか?」
「焚火を囲んで一杯飲むなら、やはりギターだよなぁ。だけど大声で歌わないでくれよ。ゾンビが集まるからね」
「それぐらいは心得ているさ。それに周辺を見張っているんだから、近付いたゾンビは直ぐに倒して貰えそうだ」
「そうだな。あまり町のゾンビがいないと聞いたぞ。それなら、集まってくれた方が処理しやすいんじゃないか!」
既に酔いが回っているような会話なんだよなぁ。
ここは、苦笑いを浮かべながら、黙っていた方が良さそうだ。
ニックとエディだけでなく、レーヴァさんの若い部下もギターを貸して貰って弾いているんだよなぁ。アメリカの男子は一度はギターを弾くことがある様に思えるんだけど、ウイル小父さんは弾けないようだし、ライルお爺さんはバンジョーだからねぇ……。
俺にギターが渡されたから、ギターを弾きながら口笛であのゲームのイントロを奏でる。
荒野にはこのメロディ―が良く似合うんだよなぁ。
翌朝、朝食を済ませると再び河原に向うことになった。
レーヴァさん達が周囲を見張る中、河原の地質調査が始まる。
俺達はドローンを2機飛ばして様子を探る。1機は町の上空に向わせ、もう1機は河原の上空を周回させてゾンビを探す。
「夜の漁は、ここでは無かったな。ゾンビの食料は地域差があるのだろうが、レーヴァの部下が南西の方でゾンビが動いていたと話してくれた。今夜ドローンを飛ばして探らせよう」
「サミーはプレーリードッグを狩るゾンビが出てくると言っていたわ。荒地での狩りならバッタかプレーリードッグのどちらかね」
数体が協力しても動きの速いプレーリードッグを狩ることは出来そうにないな。
もし狩りの対象がプレーリードッグだとしたなら、初期の投射武器を持っている可能性がありそうだ。
22口径ほどの毒針なら、上手く当たれば狩ることも出来るだろう。
だが、そうだとしたなら……。ゾンビの戦力が一気に大きくなりそうだ。
現在まで投射武器を観測できたのは戦士型ゾンビのみ。戦士型ゾンビの数はゾンビの母数からすれば1割にも満たないが、万が一にも通常型ゾンビがそのような進化をしたなら1万丁の銃を持つ相手と戦うことになりそうだ。もしもそんな狩りをしていたなら、絶対にサンプルは必要だろう。投射武器の威力と毒の有無、次発までの時間……、いろいろと調べねばなるまい。
サンプルをドーバーに送るとしたら、騎兵隊砦のある飛行場までヘリで移送し、その後ホンダジェットでドーバーということになるだろう。
そんなゾンビがいるとは限らないけど、サンプルの移送手段については確保しておくべきだろうな。
オリーさんに、万が一に備えてサンプルの移送方法についてマリアンさんと調整した貰おう。
解剖セットは用意してきたらしいけど、全身を送れればその方が良いだろうし、それが出来ない場合は必要な部位をあらかじめ研究所に確認しておくべきだろう。
「サミーは既に進化していると思っているのね。その方向で調整してみるわ」
「それが本当なら、ゾンビの接近には注意が必要だな。今夜確認するのだろうが、監視はポリカーボネイトの盾越しに行うよう昼食時に告げておこう。夜間の監視も要注意だな」
「確実にいるというわけではないんですが……。川で漁をしていないとなると、陸の狩りということになりますからね」
「その推測が出来るんだから、ペンデルトンがサミーを手放さないわけだな。レーヴァにもサミーの推測を伝えておこう。盾を使う理由が分からねば単に持っているだけになりかねん」
とはいえ、推測だからなぁ。
今夜は少し長めに起きていてゾンビの狩りを観察することになりそうだ。




