H-632 ミズーリ川は渡河できないようだ
オマハ市の砲撃が始まって2日目。マリアンさんから指揮所への出頭を命じられた。
シグさんと、再び指揮所のある大型ダンプカー『テキサス』まで歩くことになったんだが、1kmは案外長いんだよねぇ。
指揮所に入ると、既に何人かの士官が集まっている。
次の行動の為の事前会議ということになるのかな?
「皆集まってくれたわね。それではリッツ中佐、状況の説明を……」
幕僚の1人が大型スクリーンに映し出された画像を示しながら説明をしてくれたんだけど、要するにミズーリ川の西岸に移動するには、もう1つ川を超えなければならないらしい。
今回瀬を渡ったのがプラット川で、その先にもう1つエルクホーンという川がある。プラット川から比べれば小さな川に見える。どちらもオハマ市でミズーリ川に合流するとのことだ。
「出来ればエルクホーン川を超えたいが、地形図を見る限り近辺に強固な岩盤は無さそうだ。川幅は20m程だが水深は簡単な調査でも2mを超えている。川底の泥を考えると渡河は出来そうにない。だが、上流に移動するならここで渡河が可能に思える」
フリーモント市から北西に100km。ノーフォーク市から東に30kmほどの位置にある町はピルガーと記載があった。
拡大して映し出されたエルクホーン川はかなり広がって大きな瀬が作られている。
「先行して調査してくれない。見ての通り、この瀬の両岸は林になっているから、その林の調査もお願いね。ピルガー町のゾンビはそれほどいないでしょうけど、西にあるノーフォーク市のかつての人口は25万程よ。核の洗礼は受けていないから10万体をこえるゾンビが想定されるわ」
「今回も地質の専門家を同行して貰えるんでしょうか?」
「プラット川の調査時と同じ人員体制で同行させるよ。サミー中尉の部隊だけでなく先行部隊から1個分隊、さらに強襲部隊から1個分隊を出す。1個小隊には満たないがさらに支援は必要かな?」
「可能であるなら、迫撃砲部隊の増援を希望します。衛星画像から見る限りではピルガー町はそれほど人口が多いようにも思えません。可能な限り叩いて置いた方が渡河が容易化と……」
「ノーフォーク市までの距離を考慮すれば、迫撃砲弾の炸裂で集まるとも思えないわね。リッツ中佐。追加してくれないかしら?」
「了解です。それと、ファウンドドックの方は何方が?」
「今度は私が同行するつもりだ。もちろん指揮はサミー中尉に任せるぞ」
レーヴァさんの言葉にマリアンさんが頷いているんだよなぁ。
これで1個小隊規模になったのかな?
資材は自分達で曳いて行くことになるから、またしばらくはレーションの食事になってしまいそうだ。
「明日は準備に使って、出発は明後日で良いでしょう。定時連絡を忘れないでね。以上で私からの話は終わりになるけど、確認しておくことはあるかしら?」
「それなら……」
レーヴァさんがいるから丁度良い。
例の漁をするゾンビについて、これからの進化の想定を話伝えておこう。
直ぐにオリーさんが、サンディーと一緒に空いているテーブルに座るところを見ると、ずっと俺達の話を聞いていたに違いない。
「すると、サミーは通常型が大砲を持つのは時間の問題という考えでいるの?」
「ゾンビの食料確保がどのように推移するかを考えると、そんな進化も考えられるということになります。ニューヨークのような大都市ではネズミでしたし、ヒューストンではワニや貝を採っていました。そうそう、カエルを捕っていたゾンビもいましたね。環境条件に合わせてゾンビは食料を手に入れているようです。そうなると、アメリカ中央部の平原地帯に多数暮らしているのは、プレーリードッグということになるんですが……」
「そういう事ね。確かにゾンビが彼等を捉えるのはあの動きでは難しいでしょうけど、投射武器を使うなら容易になるでしょう。大砲なら理想的ね。プレーリードッグはかなり棲息しているんじゃないかしら?」
マリアンさんが疑問の先をオリーさんに投げている。
隣のサンディーが急いでタブレットで検索すると、画面をオリーさんに見せているんだけど、その画面を見てオリーさんが目を丸くしてるんだよなぁ。
「アメリカ中央平原地帯におよそ2千万匹……。体重は2kgほどありますから、ゾンビの食料とするには十分です。農家や牧畜業の最大の天敵とも言われていますが、彼らのおかげで平原地帯の砂漠化が防がれていると生態学の調査で分かってきました……」
2千万匹と聴いて、皆も驚いたようだ。
100万匹程度に思っていたんだけどなぁ……。その20倍だからねぇ。
「将来の産業を考慮するとゾンビに狩り尽くして欲しいところだけど、そうなると中央平原地帯が砂漠化する可能性があるという事ね。現状の棲息数を維持するのが一番に思えるけど、少しは減らしたいところよねぇ」
呆れ顔のマリアンさんの言葉に、俺達が皆頷いた。確かに多いよなぁ……。
「プレーリードッグの駆除は専門業者いると聞いたことがあります。ゾンビがどの程度彼らを狩るのか分かりませんが、種を根絶やしにすることは不可能かと」
「でも現時点ではプレーリードッグを狩るゾンビは確認されていないわ。サミー君の将来的な推測に留まっているんだけど、オリー博士は研究所に彼の推測を伝えて可能性を検討して貰えないかしら」
「了解しました。たぶん驚くでしょうね……」
俺の単なる被害妄想的な推測なら良いんだけどなぁ。
「それ以外にもありそうね?」
「推測ではなく確認なんですが……」
当初の目標であったミネアポリス市への攻撃を実施するのかを聞いてみることにした。
直ぐに地図が表示されたから、幕僚達と何度も議論を重ねたということなんだろうな。
「出来れば最終目標を変更したくはないんだけど……。ミズーリ川を超えられそうな場所がどこにも無いのよ。少し頑丈そうな橋を部分強化して通れるかを、プラット川で確認するはずだったけど、川底が堅固な岩盤だから無理なことはしないでも済むわ。ミズーリ川の塞止ダムの上に作られた道を通れるなら良いんだけど……。この衛星画像を見る限りでは発電所の建物が邪魔になるわ。発電所は今後の開拓には是非とも必要だから破壊するには惜しいのよねぇ」
なるほどね。インフラの破壊は極力抑えたいということなんだろう。ミネアポリスは河川艦隊に任せるということになるのかな。
河川艦隊も規模を大きくしているはずだから、エリー・イリノイ運河方面と、ミズーリ川方面、それにミシシッピー川方面の3つに分かれての活動になりそうだ。
だけど、一応水の上での活動だからなぁ。時間はかかるだろうけど、安全性は各作戦の中で一番高いだろう。それなら軍だけでなく民間人の活用も図れるに違いない。
「そういうことだから、ヤンクトン市を攻略した後はデンバーに向うわ。来春はデンバーから州間高速道25号線を使って南下するわよ」
途中の陸軍基地から資材調達も考えているようだな。25号線近くには線路も敷かれているから装甲列車に寄る兵站も機能するに違いない。
とは言ってもなぁ……。陸上艦隊でデンバー市内を通るとなると、事前の爆撃を入念に行っておく必要がありそうだ。デンバー市内のゾンビの数はかなり減ってはいるだろうけど依然として5万体を超えていることは間違いないだろう。
マリアンさんの事だから強行突破するんだろうな。
ウイル小父さん達が苦労しそうだけど、まだ半年も先の話だ。
砲爆撃を繰りかえせば、デンバー市のゾンビの数をさらに減らせるに違いない。
案外エディ達が最初に作ったノイズマシンを再度使うこともあり得るなぁ。
フクスに戻ると、待っていたオルバンさん達に明後日に出発することを伝える。
シグさんの話を聞いて目を輝かせているんだからなぁ。
「了解しました。今回の資材の消費量を基に準備をしておきましょう」
笑みを浮かべて応えてくれたオルバンさんだけど、想定数より多く搭載するんだろうな。
ニックから聞いた話では、2号車の屋根にまでジャックを既に搭載していると言っていたからね。
連絡を終えて皆でワインを飲んでいると、ガラガラとカートを曳いたオリーさんが現れた。
「私も同行するわ。マリアンさんの所にはサンディーを残してあるから問題はないわよ」
そんな話を呆れた顔でシグさんが聞いているんだけど、1号車に搭乗するように伝えている。
変わったゾンビを俺達が見つけたからだろうか?
カーゴの下にあるジュラルミンケースの中身が解剖セットに思えてならないんだよなぁ。
「武装は?」
「これだけだけど、サミー用のショットガンがあるわよね」
薄手のパーカーを捲ると、装備ベルトに付けられたホルスターが見えた。収まっているのはベレッタだな。
「十分だろう。あまりフクスから離れぬようにして欲しい」
「了解。それで、マリアンさんに伝えていないことが未だあるんじゃないかしら?」
俺の隣に腰を下ろしたオリーさんが、笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。
少し首を捻って頭の中を整理してみたんだけど、何もないんだよなぁ。
「状況は全て話しましたよ。一番気になることは、ついに通常型の形状が変わるほどの進化が始まった事です。この地域限定とは思えませんから、他の都市に生息する通常型もその状況に応じた形態変化を行いそうです。その進化の方向は戦士型とは異なり捕食する獲物を捕える為の進化ではないかと推測はしているんですが……」
「なるほどね。その言葉も研究所に伝えておくわ。軍の方には、研究所からゾンビの捕食する獲物を分かる範囲で調べて貰いましょう」
アメリカは広いからなぁ。地方によってゾンビの捕食する対象がかなり変わっている。捕食対象によって特化するであろう進化を予測するには、それが一番だろう。
「年を経るごとにゾンビを倒すのが難しくなりそうだな」
「それは間違いありません。ですがやらなければ俺達が滅びかねません。子供達の将来の為に頑張るのは親の務めですよ」
俺の話を聞いて、大きく笑みを浮かべたシグさんが身を乗り出して俺にキスしてくれた。
隣のオリーさんがきつい目をしてるのかと視線を向けると、笑みを浮かべてコーヒーカップの中を覗いていた。
感情を体で表現するのは、此方の習慣なんだろうけど、いつもいきなりだからなぁ。まだまだ慣れそうにないな。




