H-627 新兵器のコンペも面白そうだ
「そうですか……。出発は明後日ということでしたね。フクスの整備は完了していますし、試験走行でも不具合はありませんでした。明日は資材の積み込みを行いましょう」
オルバンさんにの目で確認してくれたのはありがたい。エディ達ではちょっと不安だからね。
念の為にと、ジャックも搭載していくとのことだ。火力強化については俺以外の男性兵士全員がM14DMRを持つようだ。M203グレネードランチャーを装着出来ないから、別途HK69グレネードランチャーを用意したらしい。
「数は5丁ですから、1号車に2丁、2号車に3丁用意してあります。グレネードの総数は50個です」
手榴弾や爆弾だってあるんだからなぁ。それだけあれば十分だろう。
その他としては、水が問題になりそうだ。1人辺り1日で2ℓは消費してしまう。
「水は川から汲み上げましょう。橋の上から汲めるよう、ロープと滑車、それにバケツを用意してあります。まだ暑い日が続きますから太陽熱温水器で温めればシャワーが使えます」
浄水器も1セット用意してあるとのことだけど、そんなに運べるんだろうか?
フクスで曳くキャンピングトレーラーは他のトレーラーと比べると大きさが半分ほどだからなぁ。
「18ℓ容器が5つで十分ということだな。今度の目的地は300kmほど先になる。予備の燃料も2缶用意して欲しい」
「標準で付いてますよ。中身の確認も実施済みです」
後は個人嗜好品ぐらいだから、これは各自に任せておこう。皆で飲めるようにワインを3本用意してあるから、到着した夜にでも皆で楽しもう。
出発の前日に、登場するフクスのキャビンに私物を持ちこんだ。
バッグ1つだからフクス内のベンチシート下に押し込んんで、マーリンは後部ハッチ傍の専用ラックに固定する。
後は……、聴音装置に接続するスペクトルアナライザーとノートパソコンぐらいだ。これは俺が座るベンチ横に置いて置く。
機材を取り出していると、小さなテーブルがしっかりした棚に変わっていた。
棚にアナライザーをセットして、専用のタブレットを棚の金具を利用して固定する。
棚に新たに設けられたのは、聴音装置の制御装置だ。聴音装置の向きが表示されているし、無期もダイヤルで変えられるみたいだな。
これなら、一々屋根に上らなくても済みそうだ。
その外に目新しいものは無さそうだな。エディの話では、フロントの防弾ガラスの上に新たにポリカーボネイトの板が設置されたらしい。
段々とゾンビの攻撃が厳しくなってきたからなぁ。これぐらいで済めば良いんだけどね。
「このバスケットは?」
「ああ、それは簡易テントの帆布だよ。テーブルと椅子はこっちに積んであるぞ。フクス2両を並べて停車すれば、直ぐにテーブルを作れるぞ。ゾンビの脅威が少ないときは外で指揮が出来るんじゃないかな」
カンザスでもタープを使って屋根を作ったんだが、それより一回り大きな屋根が出来るらしい。
バケットにかなり余裕があるのは、冬季に備えてテントを張ることを考えているのかな?
「これから寒くなるからなぁ。組み立て式のストーブも積んであるぞ。薪は現地調達になるだろうけどね」
ニックの言葉に、思わず苦笑いが浮かぶ。ニックらしいな。キャビン内なら暖房が出来るだろうけど、いつもエンジンを動かしたままとはいかないだろう。ちょっとした暖を取れる薪ストーブは確かに必要だろう。それにストーブがあれば調理も出来るし、何といっても何時でもコーヒーが飲めそうだ。
出発の朝は快晴だった。
何気なく多機能時計のカレンダーを眺めると、今日は9月の5日らしい。
200年間のカレンダーが付いているだけど、それまで壊れないのだろうか? それに標準時刻が少し怪しいのではないかと思っていたら、GPSの電波を受信して自動補正をしているらしい。
機械式時計だと、そうもいかないんだよねぇ。マリアンさんがどこからか調達してきたGPS時計が陸上艦隊の標準時刻になっているようだ。マリアンさんの所に出頭したついでに時計を確認してみたんだが、今のところズレは無いようだな。
「出発は9時丁度で良いんですよね?」
「それでジョイス中尉との調整済だ。FD03が先行してFD04が我等の後ろに着く。ドローンを使うのは野営か所に到着してからになる。出来れば日の落ちる前に到着したいところだな」
約300km先だからなぁ。対向車が来るわけでもなく、道路を走るのは俺達の車両だけだ。最高時速は100km近くになるらしいが、ここは安全運転を期待しよう。
出発10分前に、全員が車両の前に集合する。
簡単に目的地と任務を伝えたところで車両に搭乗した。
今回もジュリーさんが通信機の前に座っている。操縦席と助手席にはニックとエディが乗り込んで、俺とシグさんはテーブルを間に置いたベンチシートに座った。
キャビンの側面には窓が無いんだけど、両開きの後部ハッチにはそれぞれ窓が付いている。明かり取りということではないんだろうけど、室内はライトを使わずとも十分な明るさだ。
「先行車両が出発したよ。次は私達だからね!」
「了解! ちゃんと見てるから大丈夫さ。車間距離は50m程にしとくよ」
ニックの声が聞こえたかと思ったら、直ぐに俺達のフクスが動き出した。
砦を抜けると、34号線を西に向かう。エディに速度を確認したら、時速60km前後だと教えてくれた。
真直ぐな道路だからなぁ。退屈を紛らわすためにウエスタンをポータブルCDプレイヤーで聞いている。
後部ハッチの窓から眺める景色は、ウエスタンそのものだ。
「作戦途中でウエスタンを聞くとはなぁ……」
「緊張しているより遥かに良いですよ。それに一緒に歌えば居眠り運転の予防にもなります」
俺の言葉にシグさんが苦笑いを浮かべているけど、エディ達を叱責することは無さそうだ。
蓋つきのカップにコーヒーを注いで、テーブルのカップホルダーに納める。ハッチ側に移動したところで、乾期用の窓を開放してタバコに火を点けた。
「やはり、橋の上を拠点とするのか……」
「町の南にあるイングルウッド・ブリッジなら、ゾンビの襲撃方向が限定できますからね。南北にストライカーを備えれば、そう簡単に飲み込まれることはありませんよ」
「通常なら橋の上に居座るなど自殺行為なのだがなぁ」
それは人間相手の戦ではないからだろうな。相手から見えないように何度と考えているとゾンビに囲まれてしまいかねない。万が一の逃走方向を確保できると共にゾンビの襲撃を限定することが可能な橋の上が一番だろう。
「かつての戦術や陣地構築について見直す必要がありそうですね。だいぶ経験も積んだことですから、レディさんの宿題にしましょうか」
「暇をどうして潰そうかと、レディが悩んでいるのが目に浮かぶな。私からメールを出しておこう。案外良い教本が出来るかもしれないぞ」
早速ノートパソコンを取り出して、メール文を作り始めた。
シグさんの直ぐに実行する態度は見習いたいところだな。
一服を終えたところで、ネットでペンデルトンのファイルを探す。
そもそもロケット弾の構造なんて、あまり知らないんだよなぁ。
信管に炸薬、それに後部の推進薬と噴射ノズル。推進薬の持続時間は3秒程度だとニックが教えてくれたんだけど、それで数km先まで飛ぶんだから感心してしまう。
出来れば推進薬を減らした分だけ炸薬を増やしたいところだ。
メモに概略図を描いて、ランチャーとセットの短射程ロケット弾をオットーさんに試作して貰おう。ペンデルトンでも動きがあるけど、こういう思惑を形にするのはオットーさん達が一番かもしれない。本職はメカトロニクスのようだけど、その道の友人達も多いに違いない。類は友を呼ぶと言われているぐらいだ。
「サミーもメールを出すのか?」
「航空宇宙軍のオットー中尉宛てに、短射程ロケット弾の試作をして貰おうかと……。案外自律ドローンにも使えそうですから、協力して貰えるかもしれません」
「ハイドラはそれなりの需要があるからなぁ。自衛用のロケット弾なら改めて設計すべきという事か。私も少し考えてみたのだが、戦車のスモーク・ディスチャージャーは発煙弾だけを撃ちだすだけではない。弾種が色々あるんだ……」
元々は自車を煙幕で包んで敵の照準を誤魔化すためだったらしいけど、チャフ弾や発熱体を撃ちだすものまであるらしい。
「数百mも飛べば十分です。砲弾は手作り爆弾でも構いませんよ」
「一気に多数をばら撒くということだな。これは知り合いの整備兵に頼んでみよう。コンペとまではいかないだろうが、案外使える武器が出来そうだ」
新兵器のコンペという発想も面白そうだ。
次に統合作戦本部へ出頭した時に、本部長に提言してみようかな?
アメリカ人は、お祭り好きなところがあるからね。案外応募が殺到するかもしれないぞ。
たまに蛇行するから、運転席に行って様子を見ることにした。
居眠り運転はしていないだろうけど、原因を知っておいた方が安心できるからね。
俺がやって来たのを見て、2人が意外そうな顔をしている。理由を話したら、直ぐにエディが前方を指差して教えてくれた。
「原因は、道路に乗り捨ててある車なんだ。路肩に停めてくれれば良いんだけど……。ほら! あんな感じで車線を塞いでいるんだよなぁ」
空港を出発して2時間程は、片道2車線の立派な道路だった。だけど今は耕作地を区画するために作った道路を北上している最中だ。
乗り捨ててある車の数は少ないんだが、確かに車線を塞いでいるんだよなぁ。
「対向車が無いから、この速度で上手く避けられるんだけどね。でも何度か衝突音が聞こえて来たよ。前のストライカーは案外過激だぞ」
「一応装甲車だからなぁ。大型トラックでも無ければ弾けるだろうね。このフクスだってトラックと言うよりは装甲車だからなぁ」
「自重17tだとオルバンさんが教えてくれたよ。その上にいろんな機材を搭載しているから、実質は18tを超えるかもしれないな。だけど、衝突させるのは最後の手段にするよ」
それ程頻繁に進路を変えるわけではないから、車酔いになることもないだろう。
原因が分かったところでキャビンに戻ることにした。




