H-622 防壁にゾンビの砲弾が当たった
車列を停めて大休止を行う。
車の点検やドローンのバッテリーの充電を行いながら、朝食のレーションを温める。
暑いんだから冷たいものが欲しくなるんだけど、さすがにレトルト食品をそのまま食べることはしないようだ。
士官達を集めて、現金輸送車の中で状況の確認をしながら朝食を頂く。
少しゾンビの群れと離れて、現在は5kmほど離れている。
「戦士型ゾンビの群れも本体に合流している。15号線沿いに東西を5kmの範囲でゾンビを捜索したが、発見できなかった。別の先遣隊は存在しないと見るべきだろう……」
「この場でしばらく休むことになりそうです。ゾンビの姿が北に見えたところで、車列を進ませましょう。ところで、銃砲弾はまだあるんでしょうか?」
俺の問いにブラッドさん達が溜息を漏らしている。
どうやら、かなり使ってしまったらしい。
それでも、グレネード弾は30発程あるし、銃弾は各自マガジン5つほど持っているとのことだ。
「グレネード弾をこれほど使うとは思わなかったな。だが手榴弾は各自1個以上持っているし、爆弾は50個ほど残っているぞ。分配するのか?」
「グレネード弾を車列の前に、爆弾は車列の後方に分けましょう。現在時刻は0830時ですから、3時間程ニンジンの役目をすれば作戦が終了します。爆弾を適当に落としながら進んで、爆弾が無くなれば銃撃で対処します。迎えのヘリが視認出来たところで前後の車両を入れ替えて、残ったグレネード弾を撃ち込みましょう」
「手持ちの手榴弾はヘリの上から投げつけよう。それで少しは数を減らせるはずだ」
「大佐殿達も、何か考えているに違いない。せっかく釣り出したのだからな。道路上にあふれんばかりになっているのだから、爆弾を落としたくはなるだろう」
シグさんの言葉に、皆が苦笑いを浮かべる。
多分やるだろうな。何を使うのか楽しみだし、ラスベガスの今後の対応に向けた行動もあるかもしれない。
さすがにこのままという事にはならないだろう。
「少なくとも半数以上は釣り出しているに違いない。本来なら大部隊を投入して一気にラスベガスのゾンビを掃討したいところではあるな」
「その対応で、1つまだ確認できないことがあるんです。自律型ドローンが攻撃を受けた理由が解明されないと、投入した部隊が全滅しかねませんよ。自律型ドローンの修理を終えたところで再度ラスベガスの調査を行わないと……」
「まだ我等の知らない秘密があるという事か……。ゾンビとの戦は長く続きそうだな」
ブラッドさんの言葉に、皆が静かに頷いた。
ゾンビが進化しないのであれば良いんだけどなぁ。時が経てば経つほどに進化する連中だ。ついに大砲モドキまで装備するまでになったのだから次の進化が想像できないんだよねぇ……。
会議を終えると、車列を調えて再び15号線を南進する。
今度は俺達の乗るピックアップトラックが最後尾になる。
ニックまで荷台に上がったから荷台は俺達3人だ。
「サミーは状況を見といてくれよ。左右の監視は任せるからな。爆弾は俺とニックで投げれば十分だし、数もそれほど無いからな」
「運転席には300から350mの距離を取るように伝えてあるよ。後ろの窓を開けてあるから、何かあればサミーが伝えてくれ。急加速しても後ろのポリカーボネイトの板があるから振り落とされることは無いからね」
高さ1m程の板なんだが、座り込んでいるなら投げ出された体を板が体を抑えてくれるということか。
ゾンビの群れとの距離は300m程度だから、爆弾を座って投げると炸裂は群れの前にになる。
2人で大丈夫なんだろうかと心配だけど、いざとなれば手持ちの手榴弾を投げてやろう。
とりあえず運転席を背にして畳んだシートに座り込み、マーリンを膝に置いてヘッドホンでゾンビの声を聴くことにした。
車列が動きだしたようだが。俺達はしばらくこのままゾンビを待たねばならない。
道路の北に黒々として蠢いているのがゾンビの群れなんだろう。
道路の左右に体を向けて、不審な声が無いことを確かめる。……別動隊はいないようだな。
「中々動かないな。車列は移動を始めたんだろう?」
「ゆっくりと移動を始めたみたいだな。歩くぐらいの速さだからなぁ。エンジンの負担にならなければ良いんだけど……」
「アイドリングで走る感じだからなぁ。今のエンジンなら問題はないよ」
最新のエンジンはマイクロコンピューターが制御しているから、昔のように低速走行を長く続けてもエンジン不調を起こすことはないらしい。
後部からの排気もほとんど見えないくらいだからね。不調を起こせばすぐに黒煙になるとエディが教えてくれた。
だいぶゾンビの群れが近付いて来たな……。
無駄話をしているエディ達だが、しっかりと北に目を凝らしている。
だけど、まだ距離があるようだからタバコに火を点けてその時を待つようだ。俺も自分のタバコを取り出して火を点ける。
「もう少し速度を落とした方が良さそうだな。距離があまり縮まらないぞ!」
エディの言葉に、荷台の前にある窓越しに、「少し速度を落としてくれ!」と指示を出す。
「良い感じだ……。さて、もう少し近付いたら爆弾を投げるぞ。そしたら少し速度を上げてくれ」
「あまり近付かせないということだね。了解だ」
結構難しい速度調整が必要のようだ。その旨運転席の2人に伝えて、助手席の兵士にはサイドミラーに移るゾンビの群れとの距離を一定に保つようしっかり確認して貰うことにした。
エディに目を向けると、爆弾を右手に持ってジッポーを左手でしっかりと握っている。
まだ投げないのかな?
「そろそろ良いんじゃないか?」
「だな!」
ニックの進言にエディが頷くと、爆弾の導火線に火を点けて素早くポリカーボネイトの板越しに投げた。
導火線の長さは炸裂まで10秒にしてあるけど、少しは誤差があるだろう。
30m程後方に落ちたからゾンビまでの距離はだいぶあるんだよなぁ。
「伏せろ!」というエディの言葉に、荷台に身を屈める。
直ぐにバァン!という炸裂音がヘッドホン越しに聞こえてきた。
ポリカーボネイト板越しに後方に目を向けると、炸裂煙が爆弾のあった位置に上がっていたが、直ぐに風が拡散してしまった。
それにしてもねぇ……。ゾンビとの距離の半分というわけではないんだよなぁ。かなり手前も良いところだ。
「やはり10秒は短いようだね。100m程度なら丁度良さそうだけど」
「元々が空から落とす爆弾だからなぁ。それならこっちを使うか? これなら炸裂まで30秒近くあるとブラッドさんが言っていたぞ」
エディが爆弾を入れた別の布バケツをシートの下から取り出して1本をニックに見せている。
「かなり導火線を爆弾の周りに巻いているんだね。確かに炸裂まで長く持ちそうだ」
2人が頷いているところを見ると、先ずは試してみるらしい。
少しゾンビとの距離を詰めるよう、俺も運転席に指示を出しておく。
「200mまで詰めるよ。あまり近付くと例の大砲を撃ちこまれかねないからね」
「それも、あるんだよなぁ。そんなゾンビを見付けたなら銃撃を加えるよ。エディが爆弾、俺が銃撃、サミーは周辺の監視を頼んだぞ!」
ニックの肩をポン! と叩いて了承を伝える。
たまに体を左右に向けて聴音装置で探っているんだが、今のところゾンビの声は全く聞こえてこない。
後方に目を向けると、上空をドローンが飛び去って行った。
ゾンビの群れの統率狩りを行うに違いない。
「投げるぞ!」
かなりゾンビの群れに近付いたようだ。
距離は200mにも達していないだろう。ゾンビの個々の動きまでもがはっきりと見えるからね。
エディの投げた爆弾は、前と同じく後方30m付近に転がった。
今度は30秒なんだけど……。
ジッとポリカーボネイト板越しに眺めていると、ゾンビの群れの20m程手前で炸裂した。
数体がその場で倒れたんだが、できれば群れの中で炸裂して欲しかったな。
「移動速度が毎時3kmほどだからなぁ。30秒で30m進まないってことが良く分かるね」
「ブラッドさん達は更に近付いて投げていたんだろうね。それを考えると、炸裂まで1分の導火線を取り付けたいよ」
「ヘリやビルから投げ落とすなら、10秒でも良いんだろうけどねぇ……」
反省しているようだから、ペンデルトンに帰って直ぐにそんな間を持たせられる導火線を探すかもしれない。
だけど……、1分ねぇ。
それならゾンビの手前50m程に投げ落とせば、ゾンビの群れの中で確実に炸裂するに違いない、
「次はもう少しゾンビに近付こうぜ。ニック、銃撃して牽制してくれ!」
更にゾンビに近付いてくれと運転席の2人に指示を出す。
次の爆弾は、ゾンビとの距離が数十mまでに近付いたところでエディが投げる。
直ぐに群れから距離を取ろうとした時だ。
バシン! という鋭い音がニックの前で起こった。
何が起こったのかと近付いてみると、ニックがポリカーボネイトの板の一部に指先を伸ばして何か確認していた。
「突然何かが破裂したんだ。此処に違いないね。ほら……」
ポリカーボネイトの一部に円形の傷があった。
何か刺さっているようだな。後で調べて見る価値はあるだろう。
「やはり近付くと危険だということだね。ゾンビの群れの中で爆弾を炸裂させたいところだけど、とりあえずは手前で炸裂しても追いかけて来るんだから問題はないよ」
「とは言ってもなぁ……。それにしても、その跡がゾンビの持つ大砲の炸裂痕だとすれば、かなり面倒な進化を遂げたということになるんだろうな」
それが分っただけでも、今後に繋がる。
それに10mm厚のポリカーボネイトを貫通していないんだよね。銃弾よりは炸裂で飛び散る破片の威力は小さいということなんだろう。
「さて、まだまだ釣り出せそうだ。爆弾はたっぷりとあるんだから」
俺の言葉に2人が苦笑いを浮かべながら頷いてくれた。
遠くから迫撃砲弾の炸裂する音が聞こえてくる。
数を減らすのは、ジュリーさん達に任せよう。俺達はしっかりとゾンビの群れに後を追い掛けさせるよう努めることで十分だ。




