H-612 自律型ドローンに付けられた爪痕
15号線を北上していると、昨年のゾンビの釣り出しの跡が見える。
だいぶ燃やしたからなぁ。黒焦げの車体が道路を塞いでいるのが見えるんだけど、その周辺には倒したはずのゾンビの姿がまるで見えない。
黒焦げのゾンビを見られると思っていたんだが、やはり共食いの対象になったようだ。
「迫撃砲弾でだいぶ道路が破壊されていますね。とはいえ、通れないということは無さそうです」
「それが一番心配だったんだけど、迫撃砲弾はあまり道路を掘り起こさないみたいだ」
「着発信管だからだろう。遅発信管付きの榴弾を使っていたなら、道路に深い穴が開くぞ」
そう言えば、クラスター爆弾も使っていたんだよなぁ。あれは不発弾がある程度発生するとのことだが、一雨降れば信管が破壊されるらしい。あれから1年経過しているんだから、雨は何度か降ったんだろうな。
「前回の降下地点が見えてきた! そろそろ着陸だぞ!!」
パイロットの肩越しに進行方向を見ていたオルバンさんが俺達に大声で伝えてくれる。
全て身に着けているから、これで問題はない筈だ。
しばらくすると、すぐ横を大きなヘリが通り過ぎていく。
スーパースタリオンはやはり大きいなぁ。チヌークよりも搭載重量が大きいというのも、あの姿を見れば納得だ。
ヘリの飛行速度が低下して、ゆっくりと高度を下げて行く。
懸架しているのが現金輸送車だからねぇ。先ずは車両を下ろしてから、俺達を近くに降ろしてくれるんだろう。
現金輸送車を下ろすと、隣の車線にチヌーク降りた。
後部ハッチを開けて俺達が外に出ると、チヌークがゆっくりと上昇を始めた。
さて、車を移動しないとな。
俺が乗り込もうとするより先に、エディとニックが素早く車の乗りこんでしまった。
「指揮官が運転するなんて、聴いたことが無いぞ。他の部隊もいるんだから、サミーはキャビンで座っていれば十分だ」
「お飾りなんだけどなぁ」
「それを自覚しているから、レディさんが上手く指揮を執ってくれていたんだ。今度はシグさんだろう? どんな指揮を執るのか楽しみだな」
そう言って、助手席からエディが手を振ると、直ぐに車が動き出した。
後ろに誰も乗っていなかったんじゃないのか? 慌てて皆が後を追いかけているからなぁ。
最後のチヌークがピックアップトラックを下ろしたのを見て、シグさんが各部隊に車両への搭乗と、5分後に出発との指示を出してくれた。
俺はシグさんと一緒に現金輸送車のキャビンに入る。
結構広いんだよね。ハッチの直ぐ傍に組み立て式のテーブルを挟んでベンチがあるから、俺達はそこに座ることにした。
ベンチはしっかりと固定してあるけど、テーブルは使わない時には畳んで置けるみたいだな。
運転席との間仕切りは撤去されているけど、横にドローン操縦装置が2つと通信機を積み上げた棚がある。
トランシーバーの前にはジュリーさんが座り、ドローン操縦装置の前に2人のjy製兵士が座っている。奥にいるのが三輪さんで、ジュリーさんの隣が斎藤さんだ。どちらもショートカットの髪をしているんだが、斎藤さんの方が小柄でスレンダーだから直ぐに見分けがつく。
運転席にいるのは、補充された男性兵士だ。1人は日本人の吉田さんで、もう1人はラファイエットさんだけど、皆から『ラフィ』と呼ばれている。
ジュリーさんが、核車両の出発準備を再確認している。
しっかりとメモにチェックした結果を記録しているんだから、俺も見習いたいところだ。
「準備完了。RAV―25が先行するとのことです。車両間隔を20m取って、時速30kmで進むとのことです」
「了解だ。先ずは何もない筈だが、周囲の監視を十分に行うよう伝えてくれ」
シグさんの指示を聞いて直ぐにジュリーさんが通信を始めた。
それが一段落したら、汎用ドローンを使って周辺偵察を頼むとしよう。
今のところゾンビの声は殆ど聞こえないんだが、大勢の兵士を預かっているんだから慎重に進めないと……。
15号線は高速道路だと思うんだけど、結構車体の振動があるんだよなぁ。
道路の補修がなされていないからなのか、それともこの現金輸送車のスプリングが固いのか……。待てよ、ひょっとしてタイヤのせいなのかもしれないぞ。
荒れ地を走る可能性もあるからなぁ。ストライカーのタイヤのようなごついタイヤに交換している可能性もありそうだ。
「結構揺れますね?」
「これぐらいなら、許容範囲だろう。一応、車酔い防止の薬もあるんだが……、服用するか?」
シグさんが心配そうな顔で俺に問いかけてきた。
さすがに薬を飲むほどではない。他の連中にも確認してみたら、あまり気にしていないみたいだな。俺だけなんだろうか?
「レディが車は苦手のようだと言ってたからなぁ。気になるようなら後ろのトラックに荷台に乗るがいい。周囲を眺めているのが一番だからな」
「次の休憩で移動します。何かあればトランシーバーで」
1時間程かけて、目的のジャンクションに到着した。
さて、救助者はどこだ?
前に停めたLAV-25の砲塔の上に2人程立ち上がって探しているようだ。
俺も車を降りて、周囲のゾンビの声を聞きながら自律型ドローンを探すことにした。
「どうですか?」
オルバンさんの問いに、近くにはゾンビがいないことを伝える。
「そうですか……。それなら、ゾンビの調査を始めたいのですが、この右手はずっと奥まで住宅地が続いています。先ずはそこにジャックを仕掛けますよ」
「仕掛けた位置を地図に残しておいてください。作動時間は?」
「2個仕掛けます。1200時に作動させて、30分鳴らし続けます。10分間の間をおいて炸裂させます」
「了解しました。今の話をシグさんにも伝えてくれませんか? これで2人のドローン操縦技能が確認できますね」
俺の言葉に、小さく笑みを浮かべて頷いてくれた。
オルバンさんも心配なんだろうな。だけど上手く操縦できなければジュリーさんがいるから何とかなりそうだ。
しばらくすると、2機の汎用ドローンが東に向かって飛んで行った。
作動までしばらくあるから、このまま周囲を探し続けよう。
「あったぞ!」
大きな声が聞こえて来た。車列の前方にまで足を進めた兵士の1人が、俺達に向かって腕を伸ばして場所を教えてくれている。
どうやら藪の中に横たわっていたようだ。
見た目が大型犬だからなぁ。それが横に倒れているんだから中々見つからないわけだ。
それに体の塗装がねぇ……。さすがに砂漠迷彩にしないでも良いんじゃないかな。
「運べそうか?」
数人の兵士が取り囲んだドローンを見て確認する。
「結構重いですが、運べないことは無さそうです。出来ればこの場所で回収して欲しいですね」
「さすがにここではねぇ……。ブランケットに乗せて先ずは道路まで引き上げよう。それからトラックに乗せて降下位置まで移動だ」
「了解です。おい、軍曹を呼んできてくれ!!」
人数を集めようという事かな。
やがてやって来た軍曹に、回収位置を告げてそこまでの移動をお願いする。
これで作戦目的の1つが終了したことになる。
後2つは少し面倒なんだけどね。
一服しながら時計を見ると、すでに12時を過ぎている。
どんな感じに集まっているか楽しみだな。
周囲の警戒を砲塔の上に乗っていたブラッドさんにお願いして、現金輸送車のキャビンに入った。
扉を開くと同時に冷気が体を襲う。
あまり頻繁に出入りしていると、ヒートショックを受けそうだ。
急速に冷える体の汗を拭きとりながら、20インチのモニターに映し出されたジャックに集まるゾンビの姿を眺める。
「通常型ばかりに見えるのだが……」
「俺にもそう見えます。昼と夜では集まるゾンビに違いが出るんですが、先ずはラスベガスに残ったゾンビの総数を推測しましょう。30分後にどれだけ集まるかを確認できれば十分です。集まった中に変わったゾンビがいるかについては、作動停止後にドローンの聴音装置を使って確認しましょう」
地図に目を向けると、しっかりとジャックを設置した位置が書き込んである。シグさんの手元のメモにはジャックの設置位置だけでなく設置時刻、作動時刻等が一覧表になっていた。ドローンの画像と音声情報もあの表に掻きこまれるのだろう。
「周囲の状況を確認して、いったん戻しましょう。このままだと炸裂後の確認までバッテリーが持たないわ。それと、500mほど離れると、ゾンビの声をドローンの聴音装置で確認できるわよ」
ジュリーさんが2人の監督をしてくれているようだ。
直ぐにトランシーバーで、オルバンさんにドローンが返ってくることを伝えている。
ドローン関係はジュリーさんとオルバンさんに任せておけば問題なさそうだ。
「それにしても面白い形のドローンだったな。あんな姿で長期間の監視を行っていたのだからこれからの戦はまるで異なる情報戦になりそうだが……。これを見てくれ」
シグさんがタブレットを俺に手渡してくれた。
受け取ったタブレットの画像は最初何か分からなかったんだが……。
「これはあのドローンですか?」
「そうだ。軍曹から渡された画像データにあったんだが、どう見ても傷にしか見えん」
3本のスジがドローンの背中付近に付いている。
特殊な教科プラスチック素材で作られた躯体は、パラベラム弾ほどならはじき返すと聞いたことがある。
そんな躯体に3本の深い傷を作るとなれば、戦士型という事になるんだろうな。
かなり強力な腕と鋭い爪を持っているという事か……。
「たぶん戦士型ゾンビから受けた傷で間違いないでしょう。ですが、1つ大きな疑問が出てくるんです。ドローンをゾンビが襲うことはほとんどないんです。それが起こったのはニューヨークの地下が最初でした。ゾンビにとって不利となる状況ではドローンを襲うことになるんでしょうが、そうなると……」
「なにを見たのか? あるいはどこに近付いたか? ……という事だな」
シグさんの言葉に小さく頷いた。
シグさんが溜息を吐きながら、コーヒーポットを取り出し、紙コップに注いで渡してくれた。
俺だけでなく、ジュリーさん達にも渡している。
少し頭を冷やそうという事なのかな? 飲むのはホットコーヒーなんだけどねぇ……。




