H-611 車両を懸架してラスベガスに出発だ
夕食後に再度士官達が集まり、明日の準備が全て整ったことを確認する。
それでも最初に運べる水とジャックの数が少ないんだよなぁ。
作戦期間中ブラックホークが、不足する資材を運んでくれるということだから少しは安心できるんだけどねぇ……。
「LAV-25には、Mk.19グレネードランチャーを搭載しておいたぞ。その外に、各車両にM75グレネードランチャーを乗せてある。ラッシュ対策は十分だ」
ブラッド中尉がそんなことを言ってるけど、それ以外にも爆弾を布バケツに入れて搭載しているのを見てるんだよなぁ。手榴弾もたっぷりと持っているに違いないけど、俺達はラスベガスのゾンビを釣りだすだけで、殲滅するわけではないんだけどねぇ……。
「迫撃砲弾も6ケース搭載しました。統率狩や士官狩りも十分に行えますよ」
それが少し心配ではあるんだよなぁ。汎用型ドローンを使っての統率狩りは新たに配属された連中も初めてに違いない。ジュリーさんがいるから、実戦で指導して貰うことになるんだろう。
「さすがにガーランドを使う事にはなりませんでしたね。M14は古いですが整備は万全との事でした。銃弾の種類が統一されていませんから、各部隊共に銃弾の予備については再度確認してください」
できれば共通化したいところではあるんだけどなぁ。
まぁ、それは諦めるしかないんだろう。サイドアームの拳銃弾だって、9mmパラベラムに357マグナムそれに44マグナムの3種類だからねぇ。
「後は、チャンネルの割り振りだ。これが今回のチャンネルになる。部隊長にはトランシーバーを1台余計に渡してあるが、それはチャンネル『00』に固定しておいてくれ。部隊全体への連絡に使用する」
俺達が『11』と『12』を使用してヴァイスさん達が『21』と『22』という割り振りだ。各部隊に2つ割り振ったのは2台の車両に分乗するからだろう。
「明日は朝食後すぐに出掛けることになる。既に資材はトラックに搭載済みだが個人装備の一部は当日に装備しての集合になる。しっかりと準備して休んでくれ」
シグさんの言葉で、出発前最後の打ち合わせを終了する。
すでに準備は出来ているからなぁ。宿泊所の下士官室でエディ達と一杯飲んで寝るとするか……。
翌朝の目覚めは、カーテンを閉め忘れていたから7時を少し過ぎた時刻だった。
食堂は8時からだから、とりあえずシャワーを浴びて着替えをすることにした。
砂漠は人間の住むところとは思えないんだよねぇ。よくもあんな場所に都市を作ったと感心してしまう。
ライルお爺さんの話では、有名なギャング団が都市建設に関わっていたらしい。カジノはその名残なのかもしれないけど、一攫千金を狙う連中があの夏に日にも大勢いたに違いない。
それを考えるとラスベガスの人口は、そこに定住している人達以上に都市に集まっていた可能性があるんだよなぁ。
単に都市の人口だけでは、ゾンビの総数を推測出来ないという良い例なのかもしれない。とはいえ、いくら多くて倍にはならないだろうからねぇ。精々10万人程度の観光客が滞在していたぐらいだろう。
そんなことを考えながら、ベランダで一服しながら飛行場をランニングする一団を眺める。
真面目な連中もいるんだなぁ。エディ達に見習ってほしいところだ。
8時を過ぎたところで、装備を再度確認してマーリンを肩に担ぐ。
ダッドサイトだから、100m以内が俺の射撃圏内になる。ショットガンを用意したとオルバンさんが言っていたから、それは現金輸送車に搭載してあるはずだ。
部屋を出る前に室内を見回して忘れ物がない事を確認する。
普段着と下着の詰まったバッグはテーブルの脇に置いてあるけど、しっかりと俺に名の付いたタグが結んであるから、何かあれば七海さんに送ってもらえるだろう。
食堂は結構混んでいる。それでもカウンターに向かう列に並ぶ直ぐにトレイに料理を乗せて貰えた。
トレイにコーヒーカップを乗せていると、俺を呼ぶ声が聞こえる。声の主は……、エディ達だ。
「今日は何時になく早いんだね。砂漠に雨を降らせないでくれよ」
「しっかりと起きたぞ。やはり目覚まし時計は2個必要だな。俺とニックが同室で良かったよ」
それで目覚まし時計が2個という事か……。
少しずつ改善していかないと、クリス達の強硬手段が待っているからなぁ。此処で羽を伸ばそうとしないだけでも、クリス達の努力の成果という事になるんだろう。
豆のシチューを食べながら、作り立てのパンを味わう。
半分に切ったパンにはたっぷりとジャムが詰め込まれていた。このジャムもペンデルトン製なんだろうか? その内に海兵隊マークの付いたジャムのビンが店の棚に並ぶんじゃないかな。
「俺達はオルバンさんと一緒に2号車に乗るよ。サミーの現金輸送車はワインズさんが運転するぞ」
「ニックよりも安心できそうだ。同じ車にジュリーさんがいるからだろうけどね」
「そう言う事。あの2人もまんざらではないんだよなぁ」
他者の恋愛事情を傍から眺めて批評するのは、俺達既婚者の特権に違いない。
俺達も独身だったなら、相手を探すのに頑張っているはずだからね。
「ピックアップトラックは問題ない。4駆だからね。だけど現金輸送車も4駆だったとはなぁ」
「それにエンジンを交換してあったぞ。車体も部分強化が行われていたから、同じ型の車よりも1t程重量が増している感じだな。あれなら道路以外でも十分に走れそうだ」
最後まで気になっていたのが、現金輸送車のスペックだった。エディの話で既存型よりも強化されていると分っただけでも安心できる。
もし道路を外れてスタックしたなら、すぐに他の車に分乗することになるからなぁ。
それも考慮してピックアップトラックを1台、荷物運搬用として準備して貰ったんだけどね。
朝食を終えてエントランスで一服していると9時を回ってしまった。
15分ほど時間があるが、そろそろ酒豪場所に向かうか。
飛行場の一角に車両がずらりと並んでいる。
車両に取り着いてワイヤーを確認しているのは整備兵に違いない。ワイヤーの伸びた先にはチヌークが停まっていた。その中で一段と大きく見えるのがスーパースタリオンだ。あれでLAV-25を運ぶってことだな。
各部隊が搭乗する車両の前に並ぶんだけど、俺とシグさんだけが列を離れて前に出る。
出発前の訓示は必要ないと言ったんだけどなぁ。
それも役目という事で、何か言わないといけないんだよね。
『本日はお日柄も良く……』 なんて言ったらシグさんに後ろから蹴りを入れられそうだ。
0920時。作戦部隊の3個分隊が車両の前に並ぶ。
彼らの2歩前に部隊長が立っているんだけど、俺達の部隊はオルバンさんが立っている。彼らを前に俺とシグさんが並んで立っているからなんだろうけどね。
「全員注目!」のシグさんの声に、兵士達の視線が俺に向けれられる。
脚を一歩踏み出して、全員の顔を眺める。
こうしてみると、やはり俺達日本人は体格が劣るんだよなぁ。ご先祖様達は良くも海兵隊を相手に戦ったものだと感心してしまう。
「さて、狩の時間だ。もっとも積極的に狩るのは作戦の最後なのが残念ではある。その前に2年間ゾンビを監視し続けてきた者を助け出さねばならん。その後はジャックを仕掛けて、町の様子を探ることになる。だが、4日目は色々と忙しいぞ。作戦開始からの3日間で体調を崩すことがないようにして欲しい。そうでないと、楽しい鬼ごっこに参加できないからな。それでは出発だ‼ 各自の奮闘を期待する」
「搭乗開始!」
俺の言葉が終わると同時にシグさんが大声を張り上げた。
まごまごしていると蹴りを入れられそうな感じだから、皆が一斉にヘリに向って走っていく。
走らなくても、ヘリは待ってくれているんだけどなぁ……。
俺達の乗るチヌークは現金輸送車からワイヤーが延びているから、間違うことはない。
俺の後にシグさんが乗り遅れた者がいないことを確認して乗り込んできた。
直ぐにカーゴ担当の兵士に全員が乗り込んだことを伝えると、ヘリのエンジン音が一段と高くなった。
さすがに7機のヘリが同時に離陸することはないようだ。最初に飛び立ったのはブラッドさん達の乗るスーパースタリオンだった。
俺達の出発は3番目らしい。今日は自律型ドローンを回収して、ラスベガスの南東地区にジャックを仕掛けるだけだ。周辺監視をきちんと行えばそれほど危険ではないだろう。
「出発します!」とキャビンのスピーカーが告げると、ふわりと俺達の乗ったチヌークが浮上した。
何時もよりゆっくりした浮上はこの後の車両懸架の為だろう。
床下でワイヤーの擦れる金属音がしたかと思ったら、急速にヘリが高度を上げる。
窓からペンデルトンの空港がどんどん離れていく。2時間程度は掛かるんだろうな。とりあえずガムでも噛んで暇をつぶすしかなさそうだ。
「ペンデルトンからラスベガスまでは500kmほどです。チヌークの巡航速度は時速240kmですから、2時間というところですね」
「下は見渡す限りの砂礫砂漠だからねぇ……。でも、たまに家があるんだよなぁ」
「小さな集落を作っているのは、かつての鉱山跡だな。ゴールドラッシュはそれこそお祭り騒ぎだったらしい。川沿いだけでなく、自分達の勘を頼りに掘った連中もいたんだろうな」
それも凄い話だな。牧場を持ったら、近くの川で砂金を探すのもおもしろいかもしれない。砂金採取が経済的に成り立たなくても趣味で探すなら暮らしに困らないだろうし、少しでも採れたなら俺達の懐も潤うに違いない。
ヘリの窓から下を見ると、何時の間にか道路沿いに北上している。
下の道路は15号線に違いない。何度も乗り捨ててあった車を使って柵を作ったからなぁ。今回はその柵が邪魔になりかねない。シグさん達はLAV-25で体当たりをすれば簡単にケリが付くとは言っているんだが、やってみないと分からないからなぁ。それに道路に迫撃砲弾を散々撃ち込んでいることも確かだ。
悪路走行にも耐えられると皆が言っているんだが、これもやってみないと分からないところではあるんだよねぇ。




