H-603 屋内でグレネード弾を使ったからだろうなぁ
連絡通路の封鎖が終わると、スコット中佐が歩兵一個分隊を監視要員として派遣してくれた。
グレネードランチャー付きのライフルを4名が装備しているから、安心して後を引き継げる。
連絡通路だけでなく、周辺にも眼を光らせて欲しいと依頼したところで、いよいよ空港ビル内のゾンビ掃討を始めることにした。
「2階建てで平面積がかなりありますねぇ……」
「この扉から入って、中央広場を確保するのが第一段階だね。散らかっているテーブルや椅子を積み上げてバリケードを作れば拠点が出来る。拠点の防衛対策が出来たところで、外周回廊沿いにゾンビを掃討していくしかなさそうだ」
「中央広場もあるんだが、これは後回しか?」
「1個分隊を残しておけば対応可能でしょう。でも回廊の掃討が進んだところで、拠点設置位置と反対側にも拠点を作りたいですね」
「その時は、連絡通路の監視部隊から1班融通して貰うしかなさそうだな。とはいえ、連絡通路の東側にも建物があるからなぁ。指揮所に連絡してもう1個分隊の増援をして貰おう」
準備が出来たところで時計周りに外周回廊を歩き始めた。
回廊をうろつくゾンビはそれほどいないから、発見次第SASの連中が1発で仕留めてくれる。
鮮やかにヘッドショットを決めるんだよなぁ。見ていてもほれぼれするぐらいだ。
外周路に面した店は、俺が聴音装置で店内を探る。
ゾンビに位置を教えると直ぐに倒してくれるんだから、空港ビルのゾンビ掃討は早く終わりに出来そうだ。
2時間程経ったとこで、ラウンジで一休み。
水筒に入った紅茶を飲みながら軽く一服を楽しむ。
ラウンジから中央に向かって回廊があるので、これはラウンジのテーブルと椅子で簡単な壁を作る。壁と言っても高々50cm程なんだが、ゾンビにとっては有効だ。
持参したクレイモアまで仕掛けていたから、しっかりと地雷ありの注意書きを壁に大きく書き込んでおく。
4時間ほどで外周回廊を半周したところで再び壁を作り、本日の作業を終えることにした。
だが、壁を通っている途中で戦士型ゾンビの声が聞こえて来たんだよなぁ。明日は戦士型を相手にしないといけなくなりそうだ。
入り口に作った拠点に戻り、ここで今夜を過ごすことになる。
早速レーションが温められ、紅茶が沸かし始められた。
「問題は明日ですね。此処で戦士型の声を聞きました。かなり近いですよ」
「さすがに投射武器を持ってはいないだろうが、ガラクタを棍棒代わりに振りかざしてくる可能性はあるだろうな。そうなると……、位置を確かめて、グレネードで始末するのが一番だろう。戦士型はバリエーションが高い。必ずしも人型ではないぞ。おかげで戦士型の中枢神経がどこにあるのか分らん場合もある。銃撃は頭、胸、胴体の順で行って欲しい」
「ゾンビを倒すには頭部破壊という事ではないんですね?」
「戦士型は例外だ。それに複数の中枢神経を持つことだってあるんだ」
更に5.56mm弾で倒せないこともあり得る。各班が7.62mmのセミオート狙撃銃を持っているから少しは安心だ。
「サミーが『退け!』と言ったら一目散で退避するぞ。その時にはこれを置いてくるつもりだ」
「手榴弾ですか。我等も持っていますが1発で足りますか?」
なんかレディさん達が盛り上がっているんだよなぁ。
戦士型なら遠距離からグレネードランチャーで狙撃するのが一番だと思うんだけどねぇ。
とはいえ、潜んでいる場所が商店の奥ともなれば手榴弾が一番かもしれない
夕食はイギリス軍のレーションだ。ちょっと味が違うんだよね。こってりした感じで案外味が薄い。
食後の紅茶にブランディ―を混ぜて貰ったから、今夜はゆっくりと眠れそうだ。
指揮所に状況報告をエルトン中尉が行っているのを聞きながらブランケットで横になる。
殺気に気付いてブランケットを撥ね退けながら拳銃を抜き取る。
目の前にいたのは、ごついリボルバーを持ったシグさんだった。
「なるほど……。これで跳び起きるんだな」
「あまり脅かさないでください。もし俺がトリガーを引いたらどうするんですか?」
「相手を確認しない限り、サミーはトリガーを引かないとレディが言っていたぞ。私なら数発撃っていただろう。海兵隊としては少し問題ではあるがな」
俺が問題なのかシグさんの方に問題があるのか、ちょっと悩むところだな。
「それで状況に変化が?」
「そう言う事だ。こっちに来てくれ」
モニターを眺めていたエルトンさんが俺に手を振っている。
なんだろう? とりあえず身なりを整えて、皆が眺めているモニターに向かった。
「これですか!」
「ああ、先ほどクレイモアが炸裂したよ。結構埋め戻したからなぁ。自動車が邪魔で連絡通路から出られないようだ」
埋め戻した瓦礫が動いているし、たまに手が瓦礫の間から伸びている。
警戒している兵士達が、さらに瓦礫を投げ入れているから早々簡単にゾンビ達が出て来られるとは思えない。
「気になるようでしたら、対岸の連絡通路のある建物周辺にジャックを仕掛けてはどうでしょう? ゾンビはそちらに移動すると思うんですが」
「対岸の建物をドローンで破壊するよう依頼を出したよ。81mm迫撃砲弾が2発だから連絡通路が顔を出すかもしれない。ジャックはその後で仕掛けてみよう」
夜になるとゾンビが活性化するんだよなぁ。
空港内もそうなんだろうか?
聴音装置のヘッドホンを着けて、中央広場に設けた壁沿いに歩いてみた。
やはり昼間よりも声が多いな。どこからか移動してきたようにも思える。
統率型の声も聞こえるが、ラッシュ時特有に声ではないから少しは安心できる。
だが一瞬聞こえた戦士型の声に、思わず声の方向に目を向けた。
かなり近い。しかも複数だ。
急いでモニターに集まっている士官達に状況を説明すると、かなり驚いている。
「それほど近くにいるというのか?」
「少なくとも50m以内。3体もしくは4体です。その場で視認を試みたんですがどうやら巧妙に隠れているようですね」
「早速室内でグレネードランチャーを試すことになるとはなぁ。サミー大尉の指示する場所に撃ち込めば良いんだろう?」
そうするしかないんだろうけど、必ずしもし止められるとは限らない。
手負いにしたら襲ってきそうだな。
ここは慎重に対処しよう。
「それで、どこにいるんだ?」
レディさんの言葉に士官達が頷いてくる。早く探さないといけないようだ。
聴音装置を使用して戦士型ゾンビの声の周波数と帯域を確認する。デンバーの戦士型よりも周波数が低いようだな。とはいえ特徴的なセミの声だ。
音声位置を、バイザーを下ろして確認する。
先程よりも鮮明に聴音装置でも確認できるから、バイザーにははっきりと赤い光点が映し出された。
数は4体だ。位置は……。
「広場右手に見えるフードショップが見えますか? あの奥に2体います。次はその2つ隣のアイスクリームショップですね。1体がカウンタ―の直ぐ後ろです。最後は少し離れています。左手の奥にあるガイドセンター内に1体です」
「了解だ。さて、手早く進めよう。グレネードランチャーは6丁あるから、2人ずつ割り振ろう。残りは、万が一にも広場に出てきた戦士型を片付ける。頭、胸、腹だぞ!」
素早く、目標毎に兵士達をエルトンさんが割り振ってくれた。
さて後は炸裂後に再確認ということになるんだが、出てきたら俺も射撃に加わろう。
「ファイア!」
鋭い叫びの後に、気の抜ける発射音が続く。
グレネード弾の発射音は何とかならないのかなぁ。目標までは50mにも満たない距離だし、皆しっかりと訓練を受けているのだろう。全弾が目標へと飛び込んで炸裂する。
ヘッドホンで状況を確認すると、まだ声が小さく聞こえている。先ほどまでとは明らかに異なるから負傷したことは間違いない。
「もう1発ずつ撃ちこんでください。まだ声が聞こえてきます」
「一発と言わずに、同じだけ撃ち込むぞ!」
次のグレネード弾の炸裂後には、戦士の発する特徴的なセミの声が全くなくなった。どうやら倒せたという事かな。
だけど、問題が出てきてしまった。
通常型ゾンビが、あちこちのテナントブースから中央広場に出てきたんだよなぁ。あれだけ炸裂音が響いたんだから仕方のない事なんだろう。
拠点の壁にいくつか置かれたライトの明りを目指してくるようにも思える。
そうなると、外周通りの方にもゾンビが現れたに違いない。
「……そうか! こちらもだいぶ現れたぞ。射撃は軍曹の判断に任せるが全員サプレッサーを付けていることを再確認してくれ。支えきれないようなら再度連絡して欲しい。指揮所に増援を依頼する……」
「サミー大尉。外周通りにも表れたとのことです!」
ちょっと困った表情でエルトンさんが状況を教えてくれた。
いつものことだから、それほど深刻そうな顔をしないで欲しいな。
「これだけ派手に音を出しましたからね。でてきたゾンビを倒せば明日の作業が楽になりますよ。至近距離と後方の2つに射撃要員を分けて対処しましょう」
「それなら私達3人が至近距離を担当しよう。あの立派なテーブルを境にすれば良さそうだ」
レディさんが20m程先に転がったテーブルに腕を伸ばす。あの向こう側をSAS隊員が担当して俺達はテーブルを超えてきたゾンビということだな。目標を区分したところで後方の壁の中に入る。
マーリンを手にして、先ずは気分を落ち着かせよう。
タバコに火を点けながら、ヘッドホンで通常型以外にゾンビがいないことを再確認する。
すると、奥に2体の統率型がいることが分かった。
位置を音声映像装置で確認すると、左手奥に2体が揃っている。通常型に上手く紛れているから双眼鏡を取り出して数体のゾンビに特徴が無いかどうかを確認する。
3体を前にして、2歩下がった位置でこちらを見ているのがそうらしい……。特徴は、真黒な目と見事な逆三角形の上体だな。ぼろぼろのTシャツを着ているけど発達した棟ではちきれそうだ。
直ぐにエルトンさんに近寄って、統率型の2体の位置と特徴を説明する。
「なるほど、兵士にしたいほどの体格ですね。あれが一番厄介と言われる統率型ですか」
「早めに排除しておく必要があります。分隊狙撃手で対処できますか?」
「60mほどの距離で倒せないとなれば、SASから追い出さないといけないでしょう。任せてください。狙撃が必要なゾンビが現れたなら連絡下されば直ぐに対処しますよ」
後は任せられそうだ。
レディさん達のところに戻って、テーブルを越えてくるゾンビを待つことにしよう。
だけどあのテーブルを越えられるのかなぁ……。くぐもったライフル音が聞こえる度にこちらに近付いてくるゾンビが倒れていく。
レーヴァさん達レンジャー部隊と同じく、SASは精鋭揃いという事なんだろう。




