ロクサーヌ(デート後編)
続けて2つ、上げています。こちら、後編です。
そのあとアクセサリー店に行き、マティアス様から髪飾りを贈ってもらった。
お揃いの指輪も買い、幸せな気分がますます高まる。
お昼は、テラス席のあるカフェだ。
少し小高い丘の途中のカフェなので、テラス席からは街が見下ろせた。隣との席の間には観葉植物が置いてあって目隠しとなり、恋人たちには持ってこいのカフェではないだろうか。
ノエミ様はどうするのだろう?と心配になったけど、ぼっち飯で全然平気らしい。わたくしたちが見える席に座り、得意気に手を振っている。
街を見下ろす席は、横並びに座る席だった。
こういう席は初めて。少し戸惑ってしまう。そして座ってみれば、肘が触れ合うほど近く……うう、緊張する~。
だけど、向かい合わせに比べれば視線が気にならないので、こういう形も良いかも知れない。
さて、今回、わたくしにはヴァレリー様から授けられた秘策がある。
「あ~ん」が恥ずかしいとヴァレリー様に相談したら、
「そういうのは、先制攻撃をした方がいい」と言われたのだ。
「受け身ではいけない。相手に翻弄されるのではなく、貴女が向こうを翻弄させるんだ」
ヴァレリー様いわく、わたくしが先に「食べさせてください」と言って、上目遣いで可愛くねだるのが良いらしい。口はパカーンと大きく開けるのではなく、小さめに、やや突き出すような形が理想なんだとか。
ヴァレリー様指導のもと練習したが、これがなかなか難しい。ついでに、様は付けずに愛称で呼び掛けるように!と言われた。
だ、大丈夫かしら。
───料理がきて、わたくしは臨戦態勢になった。
ヴァレリー様。わたくし、ミッションをしっかりこなして見せますわ!
「あ、あの。食べさせてくださらない?……マティ」
指導通りに上目遣いであ~んとしたら……マティアス様は目を大きく開いたまま硬直してしまった。
あら?失敗かしら……??
ど、どうしましょう。失敗だった場合の対応は考えてないわ。
だけど、マティアス様はみるみる真っ赤になり、片手で顔を覆って俯いてしまった。
まあ!
こ、これはまさか成功?!
ヴァレリー様、ありがとうございます!わたくし、なんだか恋愛上級者になれた気分です!!
───ところが。
その後が大変だった。マティアス様がとっても、とっても、とっても甘くなってしまって。わたくしはずっと腰を抱かれたまま、べったりとくっついてランチを食べることになってしまったのだ。
ヴァレリー様……これ、逆効果じゃないですかぁぁぁ!
ということで、わたくしの精神力は大ダメージを受け、すっかり瀕死状態になったものの、午後は観劇へ。
今の精神状態でイチャラブな恋愛劇は耐えられないかも、と心配していたら……なんと見るのは冒険活劇だった。
「騎士団や侍従の皆に聞いて回ったら、この演目が一番人気だったんだ」
まあ!マティアス様ってば、ちゃんと事前リサーチしてくれたの?
では、とても楽しみだわ。
ちなみに後ろでは、それまでウッキウキだったノエミ様が「ええ?それ違う~」と言った顔をしているが、無視、無視。
恋愛初心者には、甘いのが続くと消化不良で腹痛が起きるんです。途中で、しょっぱいものを混ぜてもらわないと。
───冒険活劇は、涙あり笑いあり、手に汗握る展開あり、そして最後は感動の大団円で素晴らしいものだった。非常に惹き込まれる内容だったおかげで、二時間はあっという間だ。
「うっうっうっ……仲間がみんな助かって、無事に脱出できてよかったですぅぅぅ」
劇が終わり、わたくしが感動で咽び泣いていたら……隣のマティアス様は大きくへの字に結んでいた口を押さえ、突然、体を二つに折ってしまった。
「マ、マティアス様?!大丈夫ですか!!」
「ぶっ……ははっ!ロ、ロキシーの百面相が面白すぎて……劇中、何度も吹き出しそうになった……!ハ、ハハハッ!!」
「ええっ?!」
げ、劇ではなく。
わたくしをずっと見てらしたの?!しかも、面白すぎって何!!
「は、腹が痛い……よじれる……!」
ひっどーい。わたくしは見せ物じゃありません!
もう、もうもう!
わたくしは劇場を大急ぎで後にした。
わたくしがヘソを曲げたからだろう。大笑いしていたマティアス様はなんとか笑いを収めて、急いで追ってきた。そして、わたくしの肩を抱く。
「すまん。笑いすぎた」
「本当に反省してますか?」
「してる。申し訳ない!……もう、こんなことはしないから」
「こんなこととは?」
「真剣に劇を見ているロキシーを観察して……くっ……わ、笑ったり……笑ったりは……!」
はあ。
ぜーんぜん反省してないじゃないですか。
まあ、でも。形は違えど、マティアス様も楽しかったのならいいわ。特別に許してあげましょう。
とはいえ、これからはマティアス様とは劇は見に行かないんだから。
こうして、なんだか盛り沢山なデートは終わりを迎えた。
マティアス様と共に、満足そうなノエミ様を送り、それからゴティエ家のタウンハウスへ。
「今日は楽しかった。王都を出るまでに、もう1回くらいはデートに行こう。次はノエミ抜きで」
「……観劇は無しですからね?」
「ふ、ふふ。わかった」
本当に分かっているのかしら?
でも、そうね、マティアス様とのデートは……何回だってやりたい。恥ずかしいことも多いけど、ずっと、幸せでふわふわした気分だもの。
マティアス様が、そっと額に口付けをくれる。額がほんのり熱を持ったよう。
名残惜しいけれど、そろそろお別れを言おうとして───マティアス様が躊躇いがちに言葉を紡いだ。
「最後に……どうしても気になって、ロキシーに聞いておきたいことがあるんだが」
「はい?なんでしょう?」
ノエミ様とヒューゴ様のような関係を目指すなら、隠しごとは厳禁ですよね。気になることは遠慮なく聞いていただかねば。
「まだ学院で寮生活だったとき。夜中に俺の部屋へ来たことがあっただろう?月に魅入れて……と言っていたが、本当か?ロキシーは、ときどき夜中に一人で散歩したりするのか?」
ッ?!!
な、なんでっ!?
わたくしが、もうすっかり忘れていた過去を、何故、今さら掘り出したの?!
「夜想宮や王宮にいる間、夜中に外出することはなかったようだが。俺がいなくなってから、夜中の散歩をするんじゃないかと心配になってな……」
「あ、あれは……」
マティアス様の鮮やかな翠の瞳が、不安そうに揺れている。
ううう。
隠しごとは厳禁……さっき、わたくしが自分でそう思ったのよね。そう、隠しごとはダメ……そうよね……。
「あの頃……わたくしは、マティアス様から婚約解消して欲しかったのです」
「うん。いつか、邪魔だと切り捨てられる未来がイヤだと言っていたな」
「よく覚えておられますね。……それでですね……よ、夜這いするはしたない女なら、即、解消になるかと…………」
あああ、消えてしまいたい!
まさか、この告白をする日が来るなんて!
真っ赤になって顔を両手で覆ったら、「夜這い……」と呟くマティアス様の声が聞こえた。
駄目だわ。
今。
今、婚約解消されるかも~。
……絶望感で倒れそうになったら、突然、がしっとマティアス様に抱き寄せられた。
「……今夜。俺の部屋に来るか?」
「は?……えっ?!」
「これから、3年も離れるだろう?その前に……ロキシーの身も心も、すべて俺のものにしておきたかった」
婚約解消どころか。
夜這い、大歓迎?!
「ダ、ダメです!!婚姻前に、そ、そういうことは……!」
「バレなければいいさ。いずれ結婚するんだから」
「ダメ、ダメですぅ!マ、マティアス様のスケベ!!」
あーん、正直に全部話すんじゃなかったぁぁぁ!
*** おまけ ***
初々しくも熱烈なマティアスとロクサーヌのデートを間近でたっぷり堪能したノエミは、ホクホクした気分で帰宅した。今夜は、興奮して眠れないかも知れない。
───家には、婚約者のヒューゴが訪れていた。ソファでのんびり寛いでいる。
「あら、ヒュー。どうしたの?」
「ん。他人のデート鑑賞なんていう趣味の悪い1日の成果は、どんなものだったか聞こうと思って」
趣味が悪いと言われ、ノエミは口を尖らせた。
先にロクサーヌが自分たちのデートを見ていたのだから、その言い方はないと思う。
「とぉっても良かったわよ?ヒューと違ってマティアス殿下は甘くてカッコ良くて、最高~。もう、ドキドキしちゃった!」
「そうか」
ヒューゴは低く呟き、立ち上がった。
無表情にノエミに近付き、すっと顔を寄せる。顎を掴まれ、真っ直ぐに見つめられる。
「ヒュー……なにを……」
「他の男を熱心に見てるんじゃないよ。見るんなら、僕だけにするんだ」
「え」
ドキン!と胸が鳴った。
自然と頬に血が上る。
するとヒューゴはすぐに手を離し、ニヤッと笑った。
「ビックリしたか?はは、恋愛小説みたいな台詞を吐いたら、ノエミはすぐ反応するな~。チョロすぎるだろ」
「なっ、ち、ちがうもん!……ビ、ビックリしただけだから!もう、やっぱヒューって最低~!」
バンバンと遠慮なくヒューゴの背中を叩き、ノエミは先ほどの甘酸っぱい衝撃を必死に打ち消した──―。
いつの間にかポイントが増えており、気が付けば、現在、私の作品の中で一番評価の高い作品になっています。
恋愛物は下手だなぁと未熟さをひしひし感じていますが、ブクマや評価をいただき、だいぶ励みになりました。ありがとうございます!
明日、もう1話、おまけ話を上げます。
こちらは全く甘くない話。マティアスとヒューゴの幼少期編です。
ヒューゴとノエミの出会い編も頭の中にはあるんですが、こっちは特に本編と関係ないし、どうしようかなぁ……。





