ロクサーヌ(デート前編)
なんとか仕上げました!とはいえ、甘く書けているやら、どうやら……。
マティアスとロクサーヌの、うれしはずかしデート編です。長いので2つに分けています。
今日は、とうとうマティアス様とのデートの日だ。
ちなみに祖父や王妃様が密かに断罪されたあのあと、わたくしは王宮ではなくゴティエ家のタウンハウスの方に移っている。今まで父ときちんと話したことがなかったので、しばらくは父と交流する時間を持った方がいいとマティアス様が提案してくれたからだ。
まだ、ぎくしゃくはしているものの、不思議と父とは穏やかな時間を過ごしている。
はっきりとは言わなかったけれど、どうやら父は、私の存在が不幸の始まりだと祖父からずっと囁かれ続けていたようだ。心が弱っているときにそんなことを吹き込まれたので、酷い父親ではないかと内なる声が問うも、わたくしを避けてしまったらしい。
祖父は……どうして、そんなにわたくしを憎んだのだろう。今さら詳しく聞きたいとは思わないけれど、気になってしまうのは仕方がない。だって、血は繋がっているんだものね……。
街の噴水前で、マティアス様と待ち合わせだ。
今日はあの髪色の変わるピアスを着け、明るいオフホワイトのワンピースを着た。いつも地味なので、こうやって明るい色合いでまとめるとそれだけで気分が高揚してくる。
マティアス様は……似合わないなんて、思ったとしても絶対に言わないだろうけど、可愛いと少しでも思ってくれたら嬉しい。
ところが、やって来たマティアス様は憮然とした顔をしていた。
「……何故、ノエミがいる?」
「以前、ノエミ様のデートを観察させてもらったので、そのお礼です」
「は?」
意味が分からないとマティアス様はノエミ様を振り返った。
わたくしの少し後ろにいたノエミ様はニコニコと満面の笑顔で頷く。
「お気になさらず~。邪魔しませんから!」
「気にならない方がどうかしてる。ヒューゴはどうした?」
「ヒューは、殿下のデートに微塵も興味ないそうでっす!」
「そりゃ、そうだろうな」
眉を寄せたまま呟き、マティアス様はわたくしに視線を移した。
「で。ヒューゴとノエミのデートは参考になったのか?」
「はい!」
わたくしは両手を握りしめて即答した。
あれほど自然なデートは、まさに理想だ。
「お二人の会話は、主語が抜けててもすっと伝わるんですよ。すごかったです。それにどこへ行きたいとか何を食べたいとか、ヒューゴ様は言う前から分かっておられるし、いつもノエミ様から目を離されないし、愛が深いなあって感動しました。ノエミ様もヒューゴ様にだけ気を許した様子でお話されるし、ヒューゴ様なら当然受け入れてくれる!って疑わずにお願いされる姿とか、とっても可愛いですね!」
「ロ、ロクサーヌ様!」
ノエミ様が真っ赤になってわたくしの口を塞いだ。
あら?
「ふぅん、なるほど」
にやっとマティアス様が笑う。
ノエミ様はブンブンと両手を振った。
「それ、全部ロクサーヌ様の勝手な想像ですからね!私とヒューの間には、甘酸っぱい空気とか、ありませんから!!」
「はい。熟年夫婦のように信頼に基づく温かな愛ですよね。分かっております。わたくしが目指す理想形です!」
「……や、止めてロクサーヌ様。ヒューとは、ホント、そういうんじゃないから」
必死で止められてしまって、わたくしは首を捻るばかりだ。
ノエミ様はもっと胸を張って自慢しても良いのに。
「まあ、分かった。ロキシーには二人のデートがいい勉強になったんだな。……じゃ、ノエミ。あまり邪魔するなよ?」
まだ赤い顔のまま、ノエミ様は「しませんよーだ」と口を尖らせながら返答した。
マティアス様は頷き、わたくしの腕を取る。そしてさっさと歩き始め、ノエミ様から少し距離を置いたところで、すっと身を屈めた。
耳元で低く囁く。
「では、ノエミ達を参考に、良いデートになるよう成果を見せてくれ」
「せ、成果ですか?」
「ああ。甘えて、いろいろお願いしてくれて構わない」
フッと優しく目元を緩ませて微笑まれ、わたくしはパッと顔を赤くしてしまった。
ううっ。こうなりたくないから、ノエミ様が来られることを歓迎したのに……!
まずは、ショッピング。
実は、今日はわたくしには行きたい店がある。手芸用品店だ。
「紐?何に使うんだ?」
店に着き、早速わたくしが悩みながら選んでいたら、マティアス様は興味深そうに覗きこんできた。
わたくしは微笑んで、いくつかの紐を手に取る。
「これを編んで、先に宝石の珠を結んだ飾り紐を作ります。マティアス様、しばらく王都を離れますでしょう?御守代わりにと思いまして……。身に付けてくださいます?」
「もちろん!」
「良かった」
刺繍したハンカチも良いけれど、同じものを作ってわたくしも身に付けておきたいのだ。
うきうきしながら、紐と、マティアス様の瞳に似た翠の宝石の珠と、わたくしの瞳に似た薄い青の宝石の珠も買う。
「ロキシーが前に贈ってくれた刺繍入りのハンカチも、ちゃんと持っていくからな?」
「まあ。ありがとうございます」
そういえば。
少し気になっていたことがあったんだわ。
「マティアス様、以前、刺繍入りのハンカチを使っていらしたでしょう?どなたかに……いただいたものですか?」
初めてデートしたとき、わたくしの顔を拭いたハンカチ、あれには刺繍があった。
少し拙い刺繍だったので、誰かがマティアス様のために刺したものではないかと思う。あの頃はまだ、お互いの間に大きな溝があったときだから、嫉妬とか、そういうのではないけれど……でも……。
その途端、マティアス様が嬉しそうな表情になって、わたくしをぎゅっと抱き締めた。
「マ、ママママティアス様?!こ、こんなところで、や、止めてください!」
きゃー、店員さんが生温い目でこっちを見ているぅ!
「あれは、姉上たちの置き土産だ」
「姉上様ですか?」
必死に体を引き剥がしながら、わたくしはマティアス様を見上げた。
「俺の上には、3人も姉がいるだろう?姉たちは揃いも揃って刺繍が下手でな。婚約当時、それぞれ毎日必死に練習してたんだ」
「そうなのですね」
「普通の布で練習すればいいのに、わざわざ良い生地のハンカチで練習するからな。勿体なくて捨てられないし、雑巾にも出来ないし、どうすればいいかと侍女長が困っていたんだ。仕方ないから、俺が普段使いすることにした。まだ、数年分はあるぞ?おかげで、ロキシーのハンカチは大事に取っておけるが」
なるほど~。意外と王女様たちも可愛らしい努力をなさっていたのね。わたくし、てっきり侍女に代わりに刺繍させているかと……コホン!
「謎が解けて、納得しました。でも、わたくしのハンカチもぜひ普段使いしていただきたいので……これから、ずっとずっと、たくさん刺繍してお渡ししますね」
わたくしの我が儘をそっと伝えたら……マティアス様はまた、ぎゅっと抱き締めてくれた。
ああ~、店の外に出てから言えば良かった!顔から火が出そうなくらい恥ずかしいわ!
ところで、髪色を変える道具はピアスだったのに、2章では間違って眼鏡になってました……。
お恥ずかしい。





