ロクサーヌ(11)
「王太子殿下に何か言われて、タウンハウスへ調べに来たのか?」
シモンが落ち着いた口調で問い返してきた。
わたくしは首を振る。
「いいえ。……王宮でお祖父様の良くない評判を聞いて──なんとなく気になって、ここへ来ただけよ。調べるとか、そんなこと何も考えてなかったわ」
「そうか……」
小さく頷いて、シモンは考えるように片手を顎に当てた。白く整った顔に、殴られた痕が痛々しい。
しばらく考え込んでいたが、やがて彼はわたくしに視線を向けた。苦悶の色がうっすら見える。
「オードリック様は……違法な麻薬成分を含む紅茶を秘密裏に輸入し、販売しているようなんだ」
「え?」
…………待って。
急にさらっと話してくれたけれど……想像以上に悪事のレベルが高くない?
呆然として、シモンを見つめる。シモンもわたくしを静かに見返した。
やがてじわじわと先ほどのシモンの言葉が頭に浸透してきて、わたくしは思わず仰け反った。
「えええっ?!お、お祖父様ってそんな悪いことしてるの?!」
「しっ!」
シモンがさっとわたくしの口を塞ぐ。
わたくしは何度も唾を飲み込んで、必死に頭を整理した。
麻薬成分を含む紅茶。それって……王妃様にいつも渡している紅茶?
この間、リゼットにも渡した、あれ?
え?
それ、もう完全にわたくしも加担していることにならない?
「シモン……貴方、知ってた……の……?」
「書類を見る限り、オードリック様があれを始めたのは2年ほど前だ。僕もロクサーヌと一緒でずっと学院で寮生活だったからね。全く知らなかったよ。つい最近、たまたま知ったばかりだ。……こんなヤバいこと、普通に考えて良しとする訳がないだろう」
「そ、そうよね。貴方がまともな感性で安心したわ」
というか、シモンもわたくしと一緒にこの部屋へ閉じ込められたんだから、加担しているはずないわよね。
「ロクサーヌ」
突然、シモンがわたくしの手を握った。
その力強さに思わず硬直する。
「オードリック様を僕らが止めることは難しいし、この件を国からずっと隠しておくことは無理だ。隙をみて逃げ出して───一緒に他国へ渡ろう」
「え?」
「知らない土地で生きていくのは大変だろうが、二人で力を合わせれば……なんとかなると思う」
ポカンとしてしまった。
話の展開に付いていけない。
シモンと二人で他国へ逃げる?二人で?!
「……わたくし、貴方から嫌われていると思っていたのだけど」
「まさか」
「だって……口もきいてくれなかったじゃない」
「……オードリック様の目があるところで、君と話すわけにはいかなかった。酷い目に合うだろう?」
気遣う優しい口調に、ハッとした。
シモンは、唇を噛み締めて視線を逸らす。
「ロクサーヌが辛い思いをしているのを分かっていながら、僕は何も出来なかった。ずっと……君のことは見ていたのに。ごめん…………」
「ううん。お祖父様は怖いもの。嫌われていたんじゃないなら……良かった。義理とはいえ、弟だし。でもあの……」
一緒に逃げるって。それはなんだか駆け落ちのお誘いみたいで、わたくしとしては戸惑いを隠せない。
口ごもって目を伏せたら、まだ握られたままの手が優しく撫でられた。
「ずっと君を見ていたと言っただろう?オードリック様の理不尽な叱責にも凛として耐えているロクサーヌに……僕はいつだって目が逸らせなかった……君のこと……その、僕は……好きになってしまったんだ」
「え?」
「君が王太子殿下の婚約者に選ばれ、それによって僕がゴティエ家に養子に入ったことは分かっている。だから、この想いは表に出してはいけないと思っていた……だけど…………」
熱っぽい眼差しが注がれる。
ますます強い力で手を握られた。わたくしは頬が熱くなるのを抑えることが出来なかった。
「ロクサーヌ。君は優しいし、争いを好まぬ人だ。王太子妃なんて……伏魔殿のような王宮で暮らすなんて、向いていない。全部のしがらみから逃げて、僕と一緒に生きていこう」
ああもう!お祖父様の悪事の話より、シモンの告白の方が予想外すぎて感情が付いていけない!
ほとんど話したことがなくて、嫌われてると思っていたのに───わたくしのことが好きですって?!
冗談にしてもタチが悪すぎるわ!
ああ、でも。
「駄目よ、シモン。いくらわたくし達が何も知らなかったとしても……それでもゴティエ公爵家の者としての責任から逃げてはいけないわ。お祖父様の犯罪を明らかにして、これ以上の罪を重ねるのを防ぎ、きちんと処罰も受けなければ」
「一生、修道院に閉じ込められてもいいと?下手をすれば処刑されるかも知れない」
ホントにね……せっかく婚約破棄からの断罪を回避したのに。
今度はお祖父様のせいで処刑されそうなんて。人生、分からないものだわ。
「ええ。処刑されるとしても」
シモンよりゴツゴツとして大きなマティアス様の手が思い出される。今、猛烈にあの手の温もりが恋しい。“ロキシー”と、あの蕩けそうな甘い声で囁いて欲しい。
一度知ってしまったあの幸せな温かさを手離さなければいけないなんて……身を切られるより辛いわ。
じわりと勝手に眼前が滲んでくる。
―――駄目、駄目よ。
マティアス様を愛しているからこそ、わたくしはここで逃げてはいけない。正しいことを、毅然と為さなければ。
2章、甘い展開が少なすぎ~…だったのが、ここにきて、何故かシモンと。
本当はノエミが横で観察しているマティアスとのデート回を入れたいんですけどね…話の展開上、入れれない…。





