体育祭終了
アイザック様の礼儀正しい態度に一つ頷いた陛下は当たり前のように私へ視線を移した。
「最後に、圧倒的実力で上級生をねじ伏せ、見事優勝を掴み取った新エースの話をするとしよう。まず、シャーロット嬢の強みは魔法の威力とレパートリーの多さだ。既に宮廷魔導師の実力は持っていると見て、いいだろう。だが、それ以上に驚いたのは────宮廷魔導師ですら使えない祈願術を使えたことだ」
案の定と言うべきか、祈願術の話を持ち出した皇帝陛下は興味深そうに私を観察した。
周囲の人々も簡単そうに祈願術を発動した私に、注目を集める。
こうなることは事前に分かっていたが、やはり数百人単位の人々にジロジロ見られると緊張してしまう。ちょっと……いや、かなり居心地が悪かった。
「しかも、祈願術で発動した魔法はどれもレベルの高いものだった。二十歳にも満たない少女がこれ程の実力を持っているとはな……世の中、何があるか分からないものだ」
感心しきりといった様子で顎を手で撫でる皇帝陛下に、私は深々と頭を下げた。
「身に余るお言葉でございます。帝国の太陽であらせられる陛下にご満足頂けるよう、これからも精進して参ります」
「ははっ。それは楽しみだ」
『意欲もあって大変よろしい』と満足そうに頷くオズワルド皇帝陛下は、スッと目を細める。
「さて────私からの話は、以上だ。式を続けてくれ」
皇帝陛下は司会者にヒラヒラと手を振り、再び椅子に腰掛けた。
長い足を組む陛下の前で、司会者は順調に式を進めていく。
────それから、学園長の挨拶や生徒代表の挨拶を終え、第四百二十六回フリューゲル学園体育祭は幕を閉じた。
なんだかんだ忙しかった体育祭を終え、一つ息を吐いた私はモイラドームの裏口から外へ出る。
さっさと帰って寝よう────と考える私だったが、その願いは見事打ち砕かれた。出入り口付近で出待ちしていた生徒や大人達によって……。
「あっ、居た!シャーロット嬢!」
「決勝戦、見てました!是非一言コメントをお願いします!新聞の見出しに使いたくて……!」
「どうやって、祈願術を使ったの!?私も使えるかしら!?」
「皇城へ招待されるなんて、凄いじゃないか!出世コースまっしぐらだな!」
あっという間に野次馬に取り囲まれた私は身動きが取れず、困ってしまう。
『人気者だぜ!やった!』という気持ちよりも、眠気が勝ってしまい、眉尻を下げた。
一瞬、野次馬を四方八方へ吹き飛ばそうか迷うものの……さすがに被害が大きいので断念する。
前後左右色んな方向から押される私は既に押し潰されそうになっていた。
帰りたい……切実に。
「それにしても、去年優勝者のスカーレット様に勝つなんて凄いわね!それも圧倒的実力差をつけて!」
「とてもじゃないけど、出来損ないの妹には見えなかったよなぁ。やっぱり、噂は当てにならないな」
「あれ?でも、あの噂って副会長が流したものじゃなかった?確か『私の妹は私が居ないと、何も出来ないの〜』とか言っていたような……?」
生徒の一人が噂の発生源を指摘すれば、彼らは顔を見合わせた。
「も、もしもの話だけど……スカーレット様が妹の才能に嫉妬して、あの噂を流したんじゃないか?ほら、あの人ってプライドが高いから」
「それは有り得そう!でも、だとしたら最低過ぎない?自分の妹を貶めるなんて、どうかしてるよ」
「シャーロット嬢の才能に嫉妬する気持ちは分かるけど、やっていい事と悪い事があるよね」
「妹思いのいい人だと思ったのに……凄く残念だわ。幻滅しちゃった」
姉に批判的な意見を寄せる彼らは私に同情的な眼差しを向け、『大変だったね』と労う。
あっという間に姉のイメージは優秀な副会長から、妹の才能に嫉妬した醜い女に変わった。
元々あまり人気がなかったこともあり、姉を擁護する者は居ない。
むしろ、『スカーレットを潰すチャンスだ』とでも言うように話は、どんどんエスカレートしていった。
────と、ここで当事者である姉が姿を現す。
ふんわりとした青髪を揺らす彼女に、周囲の人々は敵意を向けた。
「ねぇ、見て……スカーレット嬢よ。わざわざ人通りの多い場所に来るなんて、一体何を考えているのかしら?」
「さあ?でも、自分の行いを顧みれば、人前に出てくることなんて出来ないよな。俺だったら、恥ずかしくて引きこもる」
「ねぇ、もしかしたら妹を虐げた自覚がないんじゃない?ほら、あの人って神経が図太いから」
もはや言いたい放題の彼らは、姉の人間性を真っ向から否定する。
一応、声のトーンは落としているものの……会話は筒抜けだった。姉の耳に届く程度には……。
悔しそうに顔を歪め、ブルブル震える姉は今にも暴れ出しそうだ。
そんな姉の様子を知ってか、知らずか……周囲の人々は煽るような発言を繰り出す。
「全く……無自覚って、ある意味一番タチが悪いじゃない。あんな人が副会長でいいのかしら?」
「善悪の判断も出来ない人なんて、副会長の座に相応しくないわよ」
「確かに。今すぐ、解任するべきだよな。魔法以外に取り柄のない女には、過ぎた地位だったんだよ」
『元々、俺は反対だったんだ』と述べる一人の男子生徒に、周囲の人々は同調する。
ここぞとばかりに姉の失脚を狙う彼らの前で、姉は呆然と立ち尽くした。
生徒達にここまで疎まれているとは思っていなかったのか、目を丸くする。
周囲の反感を買いすぎた姉の末路に、私は『日頃の行いって、大事だな』と痛感した。
「私、レオナルド皇太子殿下にスカーレット嬢を解任するよう、進言してくるわ!だって、人を簡単に貶めるような女性を殿下の傍に置いておく訳にはいかないもの!」
一人の女子生徒が、『もう我慢できない!』と言わんばかりに名乗りを上げる。
『今こそ、立ち向かう時よ!』と主張する彼女に、周囲の人々は首を縦に振った。
徒党でも組むつもりなのか、賛同者の大多数が同行を申し出る。
『絶対に解任してやるんだから!』と奮い立つ彼らは、被害者の私も捨ておいて、歩き出した────が、しかし……行く手を阻むように立ち塞がった第三者により、止められる。
「────いや、その必要はないよ。スカーレットは、もう解任するつもりだから」
そう言って、ニッコリと微笑むのは────生徒会会長のレオナルド皇太子殿下だった。後ろには、アイザック様の姿もある。
二人とも、事情は大体把握しているのか、随分と落ち着いていた。
逆に周囲の人々は、動揺を隠せないようだが……。
困惑気味に瞬きを繰り返す彼らに、レオナルド皇太子殿下は言葉を紡ぐ。
「君達の言う通り、人を貶めたり、軽んじたりする人間に副会長は任せられない。よって────」
そこで一度言葉を切ると、レオナルド皇太子殿下は姉に目を向けた。
「────スカーレット・ローザ・メイヤーズを、本日付けで副会長の座から外す」
解任を宣言したレオナルド皇太子殿下に、迷いはなく……堂々としている。
恐らく、誰が何を言っても、発言を覆すことはないだろう。
威厳すら感じる凛とした眼差しを前に、周囲の人々は歓喜した。
────レオナルド皇太子殿下は英断をされた、と。
瞬く間に広がる笑顔と歓声を他所に、姉はレオナルド皇太子殿下の元へ駆け寄る。
「お、お待ちください!いきなり、解任なんて納得出来ません!」
副会長という座に執着していた姉は、必死に声を張り上げた。
どうしても、レオナルド皇太子殿下の傍に居られる地位を手放したくなかったのだろう。
今にも泣きそうな顔で詰め寄る彼女に、レオナルド皇太子殿下とアイザック様は困ったように笑った。
「悪いけど、これはもう決定事項だから。学園長にも、許可を頂いている」
「厳しいことを言うようだけど────これはスカーレットの日々の行いが招いた結果だよ。もっと周りの声に耳を傾けていたら……こうはならなかったかもしれない」
『君は敵を作り過ぎた』と遠回しに伝えるアイザック様は、やれやれと肩を竦める。
呆れの滲む表情からは、『もう少し上手く立ち回っていれば、庇えたのに』という本音が透けて見えた。
恐らく、彼らも姉を切り捨てたくはなかったのだろう。
だって、姉を解任すれば、彼女を副会長に任命したレオナルド皇太子殿下の判断が間違っていたということになるから。
いずれ帝国の采配を担う彼らにとって、『人を見る目がない』といった評判は致命的だった。
それでも、解任に踏み切ったのは周囲の反発が思ったより強かったからだろう。
要するにこれは彼らにとっても、『苦肉の策だった』という訳だ。
「とにかく、明日からはもう生徒会室に来なくていいから」
「一応、別の委員会に入れるよう、手配はしておいた。あとは担任の先生に聞いて」
このあと予定でもあるのか、レオナルド皇太子殿下とアイザック様はさっさと話を切り上げた。
『それじゃあ』と言って、校舎の方向へ歩き出す彼らを前に、姉は泣き崩れる。
心の底から好きだった相手に拒絶され、ショックを受けているようだ。
『こんなの嘘よ……』と呟く姉は、呆然とした様子で二人の後ろ姿を見つめる。
抜け殻とも言うべき姉の姿に、私はそっと眉尻を下げた。




